アンケート調査により
現場の状況を客観的に把握

馬場千穂さん(インド・日本語教育・2018年度1次隊)の事例

工科系大学に配属され、日本語授業の支援に取り組んだ馬場さん。赴任前に活動の具体的なイメージが湧かなかったなか、着任早々に同僚教員と学生へのアンケート調査を実施。そこで得た情報が後の活動のベースとなった。

馬場さん基礎情報





【PROFILE】
1994年生まれ、兵庫県出身。大学在学中、国際交流基金アジアセンターの日本語パートナーズ派遣事業により、インドネシアで現地日本語教師のアシスタントを務める。大学卒業後の2018年7月、青年海外協力隊員としてインドに赴任。20年3月に一時帰国し、同年7月に任期を終了。

【協力隊活動】
スリ・ラマスワミー・メモリアル大学(タミル・ナドゥ州)の外国語学部に配属され、主に以下の活動に従事。
●日本語授業の実施
●インド人日本語教師の日本語能力・日本語指導力向上の支援


 馬場さんが配属されたのは、工科系大学の外国語学部。メインの活動となったのは、選択必修外国語の1つとなっていた日本語の授業を行うことと、同僚のインド人教員の日本語能力や日本語指導力の向上を支援することだった。着任当時、日本語を選択していたのは約1500人。約70人ずつのクラスに分かれて受ける必修の授業が各クラスに週2コマずつあり、それらを日本語教育の経験が豊富な6人の同僚教員と馬場さんで分担した。

同僚教員と学生へのアンケート調査

担当していたクラスで授業を行う馬場さん

学生対象のアンケート調査の回答用紙

 2018年度の始業と同時に着任した馬場さんは、直後から3クラスの授業を担当することとなった。馬場さんが同僚教員と学生を対象とする以下のような内容のアンケート調査を行ったのは、その約1カ月後だ。
【教員対象アンケートの主な質問項目】
■日本語能力のレベル
■日本語の学習歴
■担当している日本語授業の課題
■日本語教師としての今後のプラン
■家庭の状況
【学生対象アンケートの主な質問項目】
■日本語能力のレベル
■日本語の学習歴
■日本語を勉強する目的
■受けている日本語授業の満足度
■予定している進路
「アンケート調査を実施する」というアイデアは赴任前から持っていた。新卒での協力隊参加であり、どのように活動を進めるべきかについて具体的なイメージが湧かなかったため、その手がかりとなるような情報が欲しかったというのが、着想した理由の1つだ。
 もう1つの理由は、大学時代の経験にある。国際交流基金の日本語パートナーズ派遣事業により約半年間、インドネシアの中等教育機関で現地日本語教師のアシスタントを務めた。その後、インドネシアの現地日本語教師を対象に、彼らがそれまで受けてきた教育が、彼らの授業のやり方にどのように影響しているかを明らかにする研究を行い、大学の卒業論文にまとめた。現地日本語教師へのインタビュー調査を含む研究だったが、それを通じて、「彼らのバックグラウンドを事前に把握していれば、アシスタントとしてもっと彼らに寄り添ったフォローができていたかもしれない」と感じていたのだ。
 アンケート調査の実施にあたっては、作成した質問用紙を事前に同僚教員たちに見せ、意見を求めた。アンケートの目的は現状を把握することだったが、「自分の力量が評価される」と嫌がる同僚教員もいるだろうという懸念もあったからだ。学生対象のアンケートでは「受けている日本語授業の満足度」を尋ねる項目を設けていたが、同僚教員たちからは、「授業の満足度については『漢字』『文法』など単元ごとに細かく聞いてほしい」という意見があった一方、やはり「聞かないでほしい」という意見も出た。結局、「授業の満足度」については5段階評価の選択式と自由記述式の併用とし、集計時には5段階評価の結果は集計しないことにした。

配属先の教員による勉強会

タミル・ナドゥ州の教員を対象に開催した研修会

アンケート調査で「日本や日本文化を知る機会も欲しい」と回答した学生が多かったことから、馬場さんは日本や日本文化について紹介する「日本通信」を毎月発行するようになった

アンケート結果をフィードバック

 アンケート調査でわかったことは、日本への留学や日系企業への就職などを目指して日本語を選択したという学生が多く、そうした学生は学習意欲が高いことや、教員たちも指導力向上への意欲が高いことだ。
 一方で、配属先で行われている日本語授業には課題があると認識している教員もいることがわかった。配属先の日本語授業で行われているのは、文法を覚えて母語に翻訳していく「文法訳読法」という教授法。それを前提とした教科書が採用されており、定期テストも文法や語句をどれだけ暗記しているかを確かめるものとなっていた。この教授法は、実際のコミュニケーション能力の向上にはつながりづらい。日本への留学や日系企業への就職を視野に日本語を学ぶ学生は、その点に物足りなさを感じており、教員のなかには、大学の方針で文法訳読法に終始せざるを得ないことに忸怩たる思いを持つ人もいた。
 馬場さんはアンケート調査のこうした結果を、その後、さまざまな形で活動にフィードバックしていった。コミュニケーション能力を上げるために教科書から外れた授業を行えば、学生たちの定期テストの成績を下げることにつながってしまう。そこで馬場さんは、自分が行う授業では毎回導入部分を使い、その授業で学ぶことが日本で研究や仕事をする際にどのような場面で活用できるのかを説明して、日本語を使ったコミュニケーションの具体的なイメージを持ってもらうようにした。導入部分のそうした活用方法については、アンケート調査の直後から始めた教員たちとの週2回の勉強会でも提案した。
 馬場さんはさらに、アンケート調査の結果を盛り込んだ企画書をつくり、日本語による実際のコミュニケーションで必要なスキルの獲得を目的とする講座の新設を上司に提案。国際交流基金がつくった教科書を使うもので、着任の半年後には国際交流基金との共催講座という形でそれが実現した。当初は馬場さんが講師を担当したが、任期の半ばに年度が変わってからは同僚教員とのチームティーチングに移行。受講した学生がスピーチコンテストで優秀な成績を収めるなどしたことから、大学側にもその意義が徐々に認められるようになったのだった。

馬場さんのひとことアドバイス

アンケート調査は同僚たちと
現地の人たちへのアンケート調査は、現地の状況や課題を把握し、活動計画策定につなげることができます。同僚たちと協力して行えば、より充実した内容になると思います。また、重ねて行えば、活動計画の見直しにもつなげられます。

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