“失敗”から学ぶ

協力隊員の持ち物を盗んだ児童に対し、とっさに手を上げてしまった

話=楠本 薫さん(南アフリカ共和国・小学校教育・2018年度1次隊)

楠本さんが担当した小学5年生のクラスの算数授業

 各学年に約30人のクラスが1つずつある7年制の小学校に配属され、4〜7年生の算数授業を担当した。4年生以上の学年は教科担任制がとられていた。
 着任当時、5年生でも指を使わなければ1桁の足し算ができないなど、児童の学力の低さは驚くばかりだった。私は毎日補講を行い、児童の学力向上のために懸命に活動した。一方、遅刻や喧嘩、窃盗など素行の悪さも問題だった。南アフリカ共和国では、教育現場での体罰が法律で禁止されている。しかし現地の教員は、「素手はまずいが、木の枝を使えば問題にならない」と言い、実際に彼らはその方法で児童をしつけていた。過去に協力隊員が児童に体罰をし、問題になったことがあるという話を赴任直後に聞いていたことから、私は木の枝を使う体罰でさえ行わないと決めていた。授業や補講を重ねて児童たちとの関係が出来てくると、大きな声で叱るようになったが、それで児童に反発されるということはなく、彼らの素行は徐々に良くなっていった。
 着任して1年ほど経ったころ、素行が際立って悪い5年生の男子児童(以下、A君)が配属先に転校してきた。他の児童との喧嘩が絶えず、私を含めて教員たちはA君に手を焼いた。
 転校の1カ月後、私が用意していたご褒美のシールをA君が盗んだ。教え子に私物を盗まれるのは、それが初めてだった。ほかの児童から事情を知らされ、実際にA君のポケットからシールが出てきたため、「謝りなさい」と言った。しかしA君が無言で睨みつけてきたことから、私は思わず平手で顔をはたいてしまった。A君は驚き、走って下校。私は我に帰り、すぐにその件を校長に報告した。
 その翌日、A君の母親が学校にやって来て、校長に「訴える」と告げた。校長は、私が毎日補講をするなど、児童の学力向上のために熱心に活動しているのを理解してくれていたため、「君にはここで活動を続けてほしい。だからこそ、こういう問題を起こすのはやめてほしい」と言ってくれた。任地変更せざるを得なくなることも覚悟したが、結局、訴えられることのないまま、A君はまた転校していった。
 任期終盤になり、算数を教えてきた児童たちがようやく四則計算をこなせるまでになった。そのような変化をもたらせた活動だっただけに、志半ばで任地変更にもなりかねなかったA君の一件は、大きな失敗だったと思う。

隊員自身の振り返り

協力隊員が過去に児童に体罰をし、問題になったことがあるという話を聞いていたにもかかわらず、それをしてしまったA君の件は、さまざまな要因が重なったからだと思います。最大の要因だと思うのは、私の教員としての力不足です。教職の経験がないまま協力隊に参加したため、子どもたちへの接し方の引き出しが少なかったと思います。「教師の自分に悪さをする」「教師の自分を睨みつける」といった行動をとる子どもはA君が初めてであり、こちらも混乱してとっさの行動に出てしまいました。「ひと呼吸置いて冷静になり、相手の話を聞く」などの対応が適切だったのではないかと思います。

他隊員の分析

児童の幸せのために何ができるかを考える

 児童の学力向上のために毎日補講を行うなど、熱心に活動されたことはわかりました。私は日本で教職を経験してから協力隊に参加しましたが、教育の現場で大切なことは、児童のバックグラウンドを見つめ、児童の幸せのために何ができるのかを考えて接することであり、これは国や言語、文化に関係なく大切にすべきことだと、私自身の経験から実感しています。絶えず児童たちの幸せのために何ができるかを考えようと心がけていれば、本事例のように児童が意表を突く行動をとったときでも、ひと呼吸置いて「この子の幸せのために、自分はどういう対応をすべきか」を考えることができるのではないかと思います。
文=協力隊経験者
●大洋州・理科教育・2017年度派遣
●活動概要:中等学校に配属され、理科と数学の授業を実施。

行動を起こした背景に目を向ける

 私の配属先は病院でした。病院の栄養補助食品を何度も不正に持ち出そうとする同僚がおり、それを止めようとする私を彼女が罵ってきたときに、思わず手を出してしまったことがあります。思い返して反省したのは、「なぜ同僚がそのような行動を起こすのか?」をまずは考えるべきだったということです。後にほかの同僚から、生活が苦しい家庭なのだと聞きました。感情的になることは必ずしも悪いことではなく、物事に一生懸命に取り組んでいれば仕方のないことだとも思います。本事例では、A君ともう少し向き合い、彼の行動の背景を理解してあげることができれば良かったのではないでしょうか。
文=協力隊経験者
●アフリカ・栄養士・2016年度派遣
●活動概要:県病院に配属され、栄養失調児の母親への栄養講習や地域住民を対象とした料理教室を実施

楠本さん基礎情報





【PROFILE】
1995年生まれ、埼玉県出身。早稲田大学教育学部を卒業後、2018年7月に青年海外協力隊員として南アフリカ共和国に赴任。20年7月に帰国。

【活動概要】
地方農村部の小学校に配属され、主に以下の活動に従事。
●小学校4〜7年生の算数・英語・生活科の授業の実施
●日本の小学校との間のビデオ交流の開催

知られざるストーリー