JICA Volunteers’ before ⇒ after

石川 洸さん(セネガル・村落開発普及員・2013年度1次隊)

before:複合機メーカーの社員
after:吉本興業所属の芸人

人を笑わせる技術は、教職に就いたときに役立つかもしれない——。そんな理由で学生時代から「笑い」の修行をしたいと考えていた石川さんは、協力隊に参加した後、それを実行。吉本興業所属の芸人となった。

経験を広げるために

協力隊時代に改良かまどの製作を手伝った任地の住民と

 英語科教員になるために関西外国語大学に進学した石川さんが、「教員になる人間はさまざまな経験を積んでおくべき」と考えて米国に留学したのは、3年生のとき。異文化に触れる楽しさを知った石川さんは、次は途上国での暮らしを経験したいと、協力隊参加を考えるようになった。
 卒業時、いずれは教員になろうと考えていたが、その前にもっと経験の幅を広げておきたいと、教員以外の進路を検討した。その1つは企業への就職。専門技術を持っていなかったため、協力隊参加に向けて3年間くらいは社会人経験を積んでおいたほうが良いだろうとの考えがあった。検討したもう1つの進路は、吉本総合芸能学院(NSC)への入学だ。吉本興業が運営するタレント養成機関である。新潟で生まれ育った石川さんが大阪の大学に進学して驚いたのは、大阪では日常のコミュニケーションがボケとツッコミに溢れ、「笑い」が人々の重要な潤滑油となっていることだった。石川さんはそれをなかなか真似ることができなかった。NSCへの入学を検討したのは、コミュニケーションに「笑い」を取り入れる力を得れば、教員となったときに教え子たちとの関係づくりに役立つだろうと考えたからだ。
 新卒のタイミングを外すと難しくなると思い、最終的には企業への就職を選択。就職先は複合機メーカーで、英語力があったことから、日系企業の海外進出を支援する業務などを任された。
 協力隊に参加したのは、社会人となって5年目のこと。英語以外の言語を身につけたかったことから、フランス語圏への派遣を志望。セネガルに派遣されることとなった。配属先は、砂漠化の防止が課題となっていたルーガ州リンゲール県の森林局。植林活動の支援や、消費する薪が少なくて済む改良かまどの普及などに取り組んだ。
 任期を終えた後、日本の食品メーカーの誘いを受け、セネガルの駐在員として現地法人の立ち上げに参画した。その任務がひと段落したことから退職し、日本に帰国したのは2019年3月。33歳になっていた。

「漫才で学ぶ日本語」

NSC時代に漫才コンビ「ふらんこ」として舞台に立つ石川さん

 次の進路に選んだのはNSCへの入学だ。カリキュラムは1年間。漫才などの技術を学びつつ、ライブで舞台経験を踏ませてもらえる。石川さんは同期の受講生と漫才コンビを組んだ。ギシャール・シルバーさんというフランス人で、コンビ名は「ふらんこ」。SNSで日本のお笑いにはまり、芸人になるために日本に来たという人だった。ネタの路線は、日本で暮らし始めたフランス人と日本人の異文化衝突。入学の3カ月後、プロを含め5000人以上が参加する漫才のコンテスト「M‐1グランプリ」で、1、2割しか残らない1次予選を突破することもできた。
 20年5月にNSCを修了すると、2人は吉本興業所属のプロの芸人となることができた。石川さんの芸名は「Ko」。「ふらんこ」としての活動を続けるつもりだったが、コロナ禍の影響で頓挫。ライブがストップし、シルバーさんは副業が見つからないため、帰国せざるを得なくなったからだ。
 転機が訪れたのは、20年の後半に入ってから。「漫才づくり」を通して外国人に日本語を学んでもらう「お笑い輸出課プロジェクト」と称した取り組みに参加することになった。吉本興業所属の漫才コンビが始めたもので、現在はそのコンビと石川さんのほかにもう1人、吉本興業所属の芸人が参加している。みな、何らかの外国語が得意な芸人たちだ。
 プロジェクトの中身は、大学などで留学生を対象に1時間ほどのワークショップを開くこと。石川さんたちが漫才のネタのつくり方を解説した後、受講者同士でコンビを組み、日本語の短い漫才をつくってもらう。現在はすべてオンラインで実施。受講者に日本語を教える教員たちからは、「通常の会話練習以上の効果がある」と好評で、日本各地の大学や専門学校などから、さらには海外の日本語教育機関からも実施の依頼がある。
 ワークショップで石川さんが感じているのは、「笑いのポイント」は国によって違うが、「ボケとツッコミが掛け合いをする」という漫才の基本形は、どの国の笑いをも表現できる「受け皿」になるということだ。おいしい料理が人と人をつなぐのと同様、漫才という皿があれば「笑い」が伝わり、人と人をつなぐ。それは世界平和の実現の一端を担っていることにほかならないと、石川さんは考えている。
 いずれ教職に就くのかどうかはまだ決めていないが、石川さんは「笑い」が持つ可能性の大きさを感じていることから、しばらくは芸人としての修行を積み、「笑い」を通じた社会貢献に取り組んでいきたいと考えている。






石川さんのプロフィール

【before】
[1985]
新潟県出身
[2009]
3月、関西外国語大学外国語学部英米語学科を卒業
4月、複合機メーカーに入社

【JICA Volunteer】
[2013]
7月、青年海外協力隊員としてセネガルに赴任(教職に就いたときに幅広い経験が役立つだろうと考え、協力隊に参加)
[2015]
7月、帰国

【after】
[2017]
4月、日本の食品メーカーにセネガルの駐在員として就職
[2019]
4月、吉本総合芸能学院に入学(芸人の道に進むなら年齢的にも今が最後のチャンスだと考え、入学を決意)
[2020]
5月、芸人「Ko」として吉本興業に所属

【お笑い輸出課プロジェクト】
開始:2019年
参加メンバー:フランポネ(コンビ)、藤田ゆみ、Ko(石川さん) ※いずれも吉本興業所属
活動内容:以下のようなワークショップを学校などで実施
「漫才で学ぶ日本語」
「漫才で学ぶ英語」
「漫才で学ぶフランス語」
「漫才で学ぶスペイン語」
「漫才で学ぶ防災」
「漫才で学ぶSDGs」

知られざるストーリー