リハビリの中枢施設で
重症度に応じた訓練やリスク管理の方法を紹介

古川雅一さん(キルギス・理学療法士・2017年度1次隊)の事例

キルギスにおけるリハビリの中枢施設となっている病院に配属された古川さん。十分な専門教育を受けていないリハビリ部門の同僚たちに、セミナーなどを通じて基礎的な技術を紹介していった。

古川さん基礎情報





【PROFILE】
1986年生まれ、大阪府出身。専門学校で理学療法士の免許を取得した後、病院の理学療法士、理学療法士養成校の教員を経て、2017年7月に青年海外協力隊員としてキルギスに赴任。19年7月に帰国。

【活動概要】
キルギス国立リハビリテーションセンター(チュイ州アラムディン県タシュドボ村)に配属され、リハビリに関する主に以下の活動に従事。
●患者へのリハビリの実施
●同僚を対象とするセミナーの開催


 古川さんが配属されたのは、首都ビシュケクの郊外にある国立の総合病院。キルギスにおけるリハビリの中枢施設になっており、他の医療施設でリハビリを処方された患者の入院・通院も受け入れている。病床数は510床。求められていたのは、リハビリ部門の技術の向上を支援することだった。

リスクの高い訓練

患者に自ら訓練を行う古川さん

 同国には「理学療法士」や「作業療法士」の国家資格がない。理学療法は療法ごとに異なる担当者が存在していた。物理療法は専任の看護師が担当。運動療法と治療マッサージは、数週間の研修を受けた「運動指導員」と「マッサージ師」がそれぞれ担当していた。一方、上肢の訓練は同じく数週間の研修を受けた「トゥルドテラペフト(ロシア語で作業療法士を意味する)」と呼ばれる人々が担当していた。
 養成校や国家資格などでリハビリ従事者を養成する仕組みがまだ整っていないことから、古川さんの配属先もリハビリの中枢施設でありながら、サービスの質には課題が多かった。例えば運動指導員やトゥルドテラペフトは、患者の重症度を評価し、それに合った訓練の方法を選択するのではなく、「脳卒中の患者にはこういう訓練をする」といった疾患ごとに決められたマニュアルに従って業務を行っていた。そのため、効果が得られにくいと感じるケースも少なくなかった。また、運動指導員が患者の体にリスクがあるような訓練を行っているケースもあった。例えば、脊髄損傷者などは寝ている状態から座っている状態、座っている状態から立った状態になるときは、血圧が下がってめまいや失神が起きる「起立性低血圧症」のリスクがあるが、それに配慮せず、ベッドから車椅子に移る訓練などを行っていた。
 配属先でリハビリを受ける患者の疾患で多かったのは脳卒中後遺症、脊髄損傷後遺症、小児脳性麻痺など。古川さんは、これらの疾患に対する動作訓練の中心となる運動指導員とトゥルドテラペフトへの技術支援をメインに行うことにした。

古川さん(右端)が運動指導員とトゥルドテラペフトを対象に開いたセミナーの様子

トゥルドテラペフトが実践するようになった物品操作の訓練

同僚たちを対象とするセミナーでは、事前に時間をかけてつくったロシア語の教材を活用

自主訓練の指導を徹底

 古川さんの着任当時、配属先には5人の運動指導員と2人のトゥルドテラペフトが配置されていた。彼らへの技術支援は2本柱で進めた。1つは、共に患者へのリハビリにあたりながら、適宜有益だと思われる訓練内容を共有していくこと。午前中はトゥルドテラペフトたちと共に、午後は運動指導員たちと共にリハビリを行うというルーチンをつくった。
 共にリハビリにあたりながらの訓練内容の伝達には当初、「語学力」の壁があった。キルギスの医療現場で使われる専門用語はロシア語。一方、古川さんが派遣前訓練で学んだのはキルギス語だ。そのため、勧めたい訓練方法があっても、その医学的根拠をその場で説明することができなかった。運動指導員のなかにはキルギス語を話すことができないロシア人スタッフも2人おり、彼らとのコミュニケーションはとりわけ難しかった。そうしたことから、当初は共にリハビリにあたる際、勧めたい訓練の方法を自らなるべく多く実践し、見て知ってもらうよう努めた。
 技術支援のもう1つの柱は、セミナーの開催だ。共にリハビリにあたるなかで把握した同僚たちの課題の解決に資するようなテーマを選びながら、数カ月に1度のペースで開いていった。語学力不足によってその場では説明することができなかった「医学的根拠」については、現地のロシア語教師の協力を得ながら、事前に時間をかけてロシア語の教材を作成し、それを使いながら説明した。セミナーでは、実際に患者の訓練を行っている様子を記録した写真や動画も活用。扱った題材は、疾患ごとのリハビリについての総論、人体構造、重症度に応じた訓練の仕方などさまざまだったが、特に重点を置いたのは、前述の起立性低血圧症の例に見られるような「リスク」の管理の仕方を伝えることだ。
 セミナーで伝えたことは、その後、同僚たちによってリハビリに取り入れられ、さらに新人スタッフや研修生への指導でも言及してもらえるようになった。特に変化が顕著だったのはトゥルドテラペフトの1人。脳卒中後遺症により手指に麻痺がある患者に対し、以前はすべての患者に同じ方法で関節を動かして拘縮を予防する訓練だけを実施していたが、重症度に合わせた物品操作の訓練などを取り入れるようになった。
 配属先では、病床数に限りがあることから、リハビリを受ける患者の入院期間は16日間までと決められていた。その期間のリハビリで、脳卒中後遺症者や脊髄損傷後遺症者の運動機能が大きく改善することは難しい場合が多い。そのため、患者やその家族に退院後の自主訓練を促すことが重要だったが、当初はその認識が同僚たちにはなかった。そこで古川さんは、退院前に自宅の環境を患者に確認し、そのなかでできる自主訓練を紹介するよう、セミナーなどで伝えるようにした。
 自主訓練を促すことがキルギスでは特に有効であると古川さん自身が知ったのは、任期が後半に入ったころだ。脊髄損傷で当初は座ることもできなかった患者が、数カ月ごとに配属先を訪れるたびに症状が良くなっていったことがあった。尋ねると、自宅に毎日友人たちが入れ替わりやってきて、古川さんが指導した自主訓練のサポートをしてくれたとのことだった。古川さんは派遣前に訪問リハビリに携わった経験もあったが、そうした家族を超えた「助け合い」の例には出合ったことがなかった。その患者の変化に驚いた配属先のリハビリ医は、運動指導員やトゥルドテラペフトに自主訓練を促すよう指示。以後、自主訓練について患者に伝達される機会は増加した。

任地ひと口メモ 〈チュイ州アラムディン県タシュドボ村〉

タシュドボ村は、首都ビシュケクからバスで30分ほどの郊外にある村




キルギスの食事は多くの料理が並べられ、取り分けて食べていくスタイルだ




キルギスの伝統楽器「コムズ」を手にする古川さん(左)








知られざるストーリー