教科書の教員用指導書の活用促進を通じて、
算数授業の質向上を支援

市川あかねさん(グアテマラ・小学校教育・2018年度1次隊)の事例

教育行政機関の地方出先機関に配属された市川さん。現地教員の算数指導力にばらつきがあったなか、教員用指導書の活用を促すことで、教員の指導力の底上げを図った。

グアテマラの学校教育
【学校体系】
●就学前教育:4〜6歳児が対象
●初等教育(義務教育):6年間
●前期中等教育(義務教育):3年間(普通課程)
●後期中等教育:2〜3年間(普通課程)
●高等教育:4〜6年間(学士課程)
【年度開始】
1月(2学期制)

市川さん基礎情報





【PROFILE】
1991年生まれ、愛知県出身。大学で小学校の教員免許状を取得した後、一般企業に就職して4年間勤務。2018年6月、青年海外協力隊員としてグアテマラに赴任。20年3月に一時帰国し、同年6月に任期終了。

【協力隊活動】
キチェ県教育事務所に配属され、算数科の国定教科書『グアテマティカ』とその教員用指導書の配布や活用の促進に従事。


 市川さんの配属先は、グアテマラ教育省が地方出先機関としてキチェ県に置く県教育事務所。県の教育行政を担う機関だ。配属先の分所の1つ、同県ネバフ市の1学区を所管する学区長事務所が所属先となった。約30の公立小学校がある学区で、カウンターパート(以下、CP)となったのは学区長である。市川さんに求められていたのは、2007年に算数科の国定教科書となったものの、任地ではまだその活用が進んでいなかった『グアテマティカ』の活用促進を支援することだった。
『グアテマティカ』は日本の技術協力を受けて作成された教科書で、以前の国定教科書との大きな違いは、易しい内容から難しい内容へと系統立った構成となっている点と、教科書を使って授業を展開する方法などを解説する教員用指導書(以下、指導書)がつくられている点だ。市販はされておらず、年度ごとに新たに県教育事務所から各学区長事務所へと配布されることになっていた。しかし、県教育事務所は児童数を正確に把握しておらず、市川さんの着任時、任地の小学校では『グアテマティカ』もその指導書も不足しているケースが多く、CPもその点を問題視していた。

『グアテマティカ』(右)とその指導書のコピー版

現地教員を対象とする講習会で「図形」の指導方法を伝える市川さん

現地教員に指導書の使い方を直接伝える市川さん


指導書の配布を後押し

 市川さんは、所属する学区長事務所に初めて派遣された協力隊員。着任するとまずは任地の算数教育の現状を知るため、モデル校とされていた数校をCPと回り、授業を見学させてもらった。すると、いずれの学校でも『グアテマティカ』とその指導書は配布されておらず、以前の国定教科書を使うなどしながら授業が行われていた。顕著だったのは、教員間の指導力の差だ。子どもの理解度に合わせながら指導している教員がいる一方、冒頭に練習問題を板書し、それを解かせるだけの授業をしている教員もいた。学級担任制であり、算数が苦手な教員も授業をしなければならないために、そのような事態になっていることが推測された。
 市川さんは、『グアテマティカ』を各校に行き渡らせることこそ、「教員間の指導力に差がある」という問題を解決するために有効な手段だと考えた。指導書があれば、算数が苦手な教員も一定レベルの授業を展開することが可能になるはずだからだ。そこで市川さんは、モデル校の全教員にせめて指導書が配布されるよう手を打ってもらえないかとCPに打診。教科書が児童に行き渡らなくても、指導書さえあれば教員が教科書の内容に沿った授業を進めることができると考えたからである。市川さんの考えに賛同したCPと共にネバフ市役所に交渉したところ、指導書を白黒でコピーして綴じたものを必要な部数印刷する費用を負担してくれることになった。着任して半年ほど経った時期である。
 指導書のコピー版がモデル校の教員に行き渡ると、市川さんはその活用方法を伝える活動に着手。最初に行ったのは、各モデル校で全教員を対象とする指導書導入のための講習会を開くことだ。その後、各モデル校を日替わりで巡回しながら、授業観察とその場でのアドバイス、教員に見てもらいながら市川さん自身が授業を実践すること、その学校の全教員を対象にさらなるスキルアップのための講習会を実施することなどを重ね、『グアテマティカ』に対する教員たちの理解を促していった。各モデル校で講習会を開くペースはおおむね月に1度ずつ。教員たちの参加を義務づける文書をCPから校長宛てに発出してもらい、さらに参加した教員の記録を事後に提出するよう求めてもらったことで、毎回、ほぼすべての教員が参加してくれた。

「板書」に特化した指導

板書の要領を伝えるために使った講習会のプレゼン資料

『グアテマティカ』には、以前の国定教科書にないどのような長所があるのかをある程度理解してもらえたと感じた市川さんは、着任の約1年後、モデル校の巡回で「板書の方法」に重点を置いて教員たちへの指導を行うようになった。板書は、指導書で解説されている授業の内容を整理して伝える、言わば最後の「フィルター」。教員たちが板書の要領を身につければ、同時に彼らが指導書の内容を整理して把握することにつながるだろうと考えたからだ。
 市川さんは、どの単元でも使えるような板書の「ひな型」をつくり、講習会で伝えていった。黒板を左右2つに分け、左部分の上から下、さらに右部分の上から下へと、授業展開の時系列の順に項目を置くような構成だ。項目は、「日付」「復習」「単元名」「今回の授業の目的」「題材とする問題」「問題を解くための考え方」「まとめ」「練習問題」の8つ。指導書の内容もこうした授業展開の時系列の順に解説が書かれているため、それをコンパクトにまとめて記載していけば、おのずとわかりやすい板書に仕上がる。講習会では、指導書の内容をどのようにこのひな形に置き換えていくのか、その要領を指導した。
 以上のような取り組みの成果が見えはじめたのは、任期の終盤に入ったころだ。市川さんが着任した当時、練習問題を板書して解かせるだけの授業をしていた教員は、市川さんが紹介したひな型を使いながら板書をし、「導入」「展開」「まとめ」に分節化された授業をするまでに変化。彼女を含め、市川さんの任期終了時までに、モデル校の約8割の教員が指導書を活用した授業を行うようになっていた。

市川さんの流儀

「現地教員の『評価』は控える」
現地教員とかかわるなかで次第にわかってきたのは、協力隊員が「あなたの授業はここが課題です」と彼らの能力を評価するようなことをするのはタブーだということです。威圧的に感じられたり、彼らのプライドを傷つけてしまったりする可能性があるからです。あくまで対等な関係であることを示す必要があると思います。そのため私は、教員の能力も公になってしまう学力テストには一切関与せず、授業観察での個別の指導も「こういうやり方もある」などアイデアの提供でとどめるよう努めました。

知られざるストーリー