チームティーチングで
視覚教材と実験・観察の理科授業への導入を支援

猪股史子さん(カンボジア・小学校教育・2018年度1次隊)の事例

州レベルの教育行政機関に配属された猪股さん。教科書を読み上げるだけの理科授業が多かったなか、自作の視覚教材の活用や、廃材などを活用した器具で行う実験・観察の導入を支援した。

カンボジアの学校教育
【学校体系】
●就学前教育:3〜5歳児が対象
●初等教育(義務教育):6年間
●前期中等教育(義務教育):3年間
●後期中等教育:3年間
●高等教育:4〜8年間(学士課程)
【年度開始】
10月(2学期制)

猪股さん基礎情報





【PROFILE】
1982年生まれ、埼玉県出身。大学で小学校の教員免許状を取得。自然体験プログラムを提供する団体に1年半勤務した後、教員として小学校に10年間勤務。2018年7月、青年海外協力隊員としてカンボジアに赴任(現職参加)。20年3月に帰国し、復職。
※写真右が猪股さん。

【協力隊活動】
プレアシハヌーク州教育青年スポーツ局(シハヌークビル市)に配属され、理科教育に関する主に以下の活動に従事。
●視覚教材の活用促進
●実験・観察の導入促進


 猪股さんが配属されたのは、カンボジア教育青年スポーツ省の地方出先機関の1つであるプレアシハヌーク州教育青年スポーツ局。州の教育行政を所管する機関で、初等教育課の所属となった猪股さんに求められていたのは、小学校の理科授業の質向上を支援することだった。

授業を参加型にするための視覚教材

猪股さんが作成した「花の部位」を学ぶ視覚教材で授業を行う現地の教員

猪股さんが作成した視覚教材をまとめたファイル

 州にあった公立小学校は72校。カウンターパート(以下、CP)となった初等教育課の副課長のリクエストにより、そのうちの2校が任期を通じて猪股さんの活動場所となった。かつて協力隊員が体育授業や図工授業の支援をしたことがある学校だった。1校は町の中心部にある小学校。40人ほどのクラスが各学年に4、5クラスずつある大規模校だった。もう1校は、町の中心部から離れた場所にある小学校で、20人ほどのクラスが各学年に1つずつある小規模校だった。
 同国の小学校では各校が国定教科書を児童に貸し出す仕組みとなっている。理科の教科書では実験も扱われているが、CPとの話し合いにより、特にその量が多くなる4〜6年生の授業を猪股さんは支援することになった。
 猪股さんが着任したのは、2017年度の終わりまで残り1カ月となった時期。手始めに行ったのは、2校で授業を見学させてもらうことだ。学級担任制がとられ、すべての教員が理科授業を行っていたが、大半は教科書を読み上げ、そのまま板書することに終始。多くのクラスで教科書が全児童に行き渡っていなかったため、教科書の板書も必要ではあったが、それに加えて児童の理解を促すような視覚教材を活用している例はなかった。実験や観察を行っていた教員はただ1人。両校にはいずれも理科室がなく、実験や観察の器具や材料を教員が自前で用意しなければならないことが、そうした事態の要因の1つであると考えられたが、それ以前に大半の教員は理科の教え方の引き出し自体を持っていない様子だった。
 17年度が終わると、18年度が始まるまでの間に猪股さんは視覚教材の作成に取り組んだ。視覚教材の活用は実験の実施よりも難しくないため、まずは教員たちにその方法を紹介しようと考えたからだ。猪股さんは日本での教職経験を通じて、小学生相手の授業は「参加」の要素を充実させて「リズム」を生むことが重要だとの考えを持っていた。そのため、作成した視覚教材も、単に説明の補助とするだけのものではなく、アクティビティに使えるものにした。例えば、雄しべや雌しべなど花の部位を示す単語を書いたカードを、花の絵の適切な位置に貼っていく教材などである。
 18年度が始まると、猪股さんは2校の教員とチームティーチングを行いながら、作成した視覚教材の使い方を彼らに紹介。視覚教材はファイルにまとめて両校に提供した。すると、それを授業で活用する教員がすぐさま現れ、猪股さんの任期終了まで活用が途絶えることはなかった。

商店で購入した定規などを使って猪股さんが自作した天秤ばかり

育てているインゲン豆を観察する児童たち

「てこの原理」の実験を行う猪股さん

廃材を使った実験・観察

 その後猪股さんは、実験や観察のやり方の紹介に着手。視覚教材をつくる際、配属先に紙の提供をお願いしたが、「予算が足りない」と断られていた。そこで猪股さんは、無料で手に入る廃材や、商店などで安く手に入るものを実験・観察の器具や材料に活用することにした。例えば、商店で安く手に入れた木の棒に水を入れたペットボトルをぶら下げ、「てこの原理」を知る実験の器具をつくった。土に水分が含まれていることを知る実験では、土を入れた缶の上にガラスをかざし、教員が持っていたカセットコンロで熱してガラスに水蒸気が付くようにしたが、缶とガラスはいずれも外で拾ったものを使った。
 実験や観察のやり方もチームティーチングで教員たちに伝えていったが、視覚教材のときとは勝手が違った。器具や材料は猪股さんが準備し、彼らの負担を増やさないようにしたものの、授業で実験や観察をやる段になると猪股さんに任せきりなることが続いたのだ。そうした教員は苦手意識が強いのだろうと思われたが、それを払拭してもらうためには、チームティーチングを行う回数を増やし、こまめなフォローを重ねなければならないと猪股さんは考えた。そこで着任の約1年後に始まった19年度からは、同じ教員とチームティーチングを行う回数を増やすため、やるべき実験や観察の数が多い4、5年生に活動対象の学年を絞り込むことにした。
 対象の絞り込みに伴い、継続したフォローが必要な実験・観察を授業に取り入れるようにもなった。例えば、異なる水やりの量でインゲン豆を育てることを児童に実践させ、水やりには適量があることを学ばせる実験だ。この実験への児童の興味は強く、彼らは水やりをしっかりと継続。猪股さんの訪問日には「芽が出たよ」などと報告してくれた。すると、そうした光景を見たことで活動対象の教員たちの態度も変化した。「こうした経験をさせることは大事だと思う」などと言って、実験・観察を行うチームティーチングに主体的にかかわってくれるようになったのだ。任期の残りが3カ月ほどとなった時期である。

猪股さんの流儀

「授業のリズムを大切にする」
日本での教職経験から、小学生相手の授業で大切なのは「リズムがあって楽しいこと」だと私は考えています。そのリズムを生み出すためには、児童が「参加」する要素を豊富に取り入れることが必要です。協力隊時代、児童に「参加」する機会をつくる視覚教材や実験・観察を取り入れることで、彼らの授業への興味が増しました。そういう姿を見て、「リズム」の大切さは国を超えて当てはまることなのだと思いました。

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