JICA Volunteers’ before ⇒ after

石森和麿さん(日系社会青年ボランティア/ブラジル・日系日本語学校教師・2015年度派遣)

before:ベンチャー企業の社員
after:オンライン学習塾の代表

生き生きと暮らすためには、「自分らしくあり続ける力」を持つことが必要ではないだろうか。協力隊経験を通じてそうした問題意識を持つようになった石森さんは、帰国後、この力を育てる学習塾を立ち上げた。

「好奇心」が原動力に

協力隊時代の配属先の教員や教え子たちと

 高校時代から石森さんの行動の原動力となってきたのは「好奇心」だ。原因不明の病に罹った経験から「命」に興味を持ち、一度は医者になることを考えた。しかしそれでは飽き足らず、「命」について幅広く学べる東邦大学理学部に進学。入学後は解剖学、病理学、生態学、遺伝子工学など「命」に関して学べる授業は何でも受けた。大学4年生のときには、来日した米国の生態学の研究者と話をしたことで米国の大学に興味が湧き、西海岸にある大学を巡る旅をした。初めての海外経験だった。物のサイズ1つとっても日本とは違う社会は見る物すべてが刺激的で、海外で暮らしたいという思いが芽生えた。
 卒業後に就職したのは、イベントの企画・運営や商品開発などを手がけるベンチャー企業。新しい事業を生み出すことへの好奇心から選んだ進路である。担当したのは営業やイベントの運営など。仕事は楽しかったが、やがて「海外で暮らしたい」という思いがよみがえってきた。その手段になると考えたのが、日本語教師の専門性だ。退職して日本語教師養成講座を受講し始めたのは、大学を卒業して2年後のこと。その翌年、「日系社会」という未知だった世界への好奇心から日系社会青年ボランティアに応募し、ブラジルに派遣されることとなった。
 配属されたのは、日系団体が運営する小中一貫校。課外授業の1つとなっていた日本語の授業の教員を務めた。ブラジルは人種のるつぼと言われるが、配属先に通う子どもたちのルーツも、ポルトガル、イタリア、ドイツ、日本とさまざまだった。そんなルーツの違いを超えて子どもたちに共通していると感じたのは、「日本の子どもたちより生き生きとしている」ということだ。その要因は、自分らしさを保ちながら生きることができているからだろうと石森さんは考えた。子どもたちは臆せずに自分の考えを口にし、しかも彼らが口にする考えには多様性があったからである。

「否定」や「導き」をしない教育

「戦国時代にタイムスリップしたら?」をテーマにした授業を行う石森さん

 帰国して石森さんが真っ先に感じたのは、やはりブラジル人に比べると日本人は生き生きとしているようには見えないということだった。そしてその要因は「自分らしさ」を保つのが難しい社会であるからだとの確信も強まっていった。帰国直後から学校で協力隊経験について語る出前講座を積極的に引き受けたが、受講した子どもたちに講座の感想を聞くと、「人種が違っても仲良くしないといけないと思った」など、大人の顔色を伺うような似通った回答ばかりが返ってきたからだ。
「自分らしくあり続ける力」を育てる教育に取り組みたい——。そんな思いが強まった石森さんは、大手学習塾の英語講師として働きながら、受講者である日本の小学生の様子を把握した後、2020年5月に独立してオンラインの学び舎「アリストテレスの窓」を立ち上げた。「自分の頭で考える力」と「自分の言葉で伝える力」を育むような授業を行い、それによって子どもたちの「自分らしくあり続ける力」を培うというコンセプトの事業だ。
「授業」を行う点で学習塾の一種とも言えるが、学力向上を直接の目的とはしておらず、中身は独創的である。対象は小学4〜6年生と中学生。小学生は最大6人で集団授業を行う。「戦国時代にタイムスリップしたら?」「生き物によって『命の重さ』に違いはあるのか?」など、毎回さまざまな分野のテーマを設定し、石森さんが問いかけをしながら、子どもたちに議論させる。自身の行動の原動力となってきた「好奇心」をくすぐることで、「自分の頭で考える姿勢」を引き出そうと、テーマの選択には知恵を絞る。一方、中学生は他者との関係性がデリケートな思春期であることを踏まえ、石森さんとのマンツーマンの授業を実施。子どもから勉強についての考えや悩みを聞き出しながら、彼ら自身に学習プランを考えさせ、それに沿った授業を進めていく。
 授業で石森さんが心がけているのは、子どもたちの発言について「否定も誘導もしない」ことだ。協力隊時代のブラジル人の同僚教員は、子どもたちの発言を否定したり誘導したりはせず、ことあるごとに子どもたちをハグし、存在を認める意思表示をしていた。それをヒントにした手法である。「間違っていても構わない。きみのアイデアが聞きたいのだ」。そんな言葉で発言を促すと、次第に子どもたちの警戒心が解け、自分で考え、それを発信することに慣れていくと言う。
「アリストテレスの窓」の趣旨について、幼稚園や小学校、学習塾などで教職に就いている人たちのなかに賛同者が増えてきている。今後は賛同者と協働しながら、「自分らしくあり続ける力」を育てる教育を国内で広めていくことを石森さんは目指している。






石森さんのプロフィール

【before】
[1987]
東京都出身
[2012]
3月、東邦大学理学部を卒業
4月、ベンチャー企業に入社
[2014]
4月、日本語教師養成講座の受講を開始

【JICA Volunteer】
[2015]
6月、日系社会青年ボランティアとしてブラジルに赴任(「海外で暮らすこと」「日系社会」に興味を持ち、参加を決意。)
[2017]
6月、帰国

【after】
[2018]
4月、スタートアップ企業に入社
[2019]
5月、大手学習塾に入社
[2020]
5月、「アリストテレスの窓」を開校(「自分らしくあり続ける力」を育てる教育を志し、起業による実現を決意。)

アリストテレスの窓
開校:2020年5月
事業内容:小・中学生向けのオンライン学習塾を運営

知られざるストーリー