専門教育を受けていない同僚たちに
実践可能な技術を伝達

富田睦美さん(ウズベキスタン・理学療法士・2017年度3次隊)の事例

身体障害者への医療サービスの提供を専門とする医療機関に配属された富田さん。リハビリの十分な専門教育を受けていない看護師たちがそれを担当していたなか、「リスク管理」など優先して身につけるべき技術を伝達した。

富田さん基礎情報





【PROFILE】
1989年生まれ、福岡県出身。専門学校で理学療法士の資格を取得した後、理学療法士として病院に5年半勤務。2018年1月、青年海外協力隊員としてウズベキスタンに赴任。20年1月に帰国。

【協力隊活動】
国立障害者リハビリテーションセンター(タシケント市)に配属され、リハビリに関する主に以下の活動に従事。
●患者の治療
●同僚への技術指導
●運動療法のマニュアルの作成


 富田さんが配属された国立障害者リハビリテーションセンターは、身体障害者への医療サービスの提供を専門とする医療機関。首都に2つの施設を有しており、疾患の内容や重さによって対応する患者を分担していた。病床数は約200床と約100床。ウズベキスタンではリハビリ従事者の専門教育を行うシステムがなく、配属先では1〜3カ月の研修を受けただけの看護師がリハビリにあたっていた。そのため、彼らの技術の底上げが課題となっていたなか、富田さんは両方の施設でリハビリに従事する同僚たちへの技術支援に取り組んだ。

リスク管理の指導

関節の可動域を広げるリハビリを行う同僚

リハビリ用の器具を使って自主訓練に取り組む患者たち。配属先には援助によりさまざまな器具があった

 配属先では、リハビリが必要な患者かどうかの判断を医師が下し、リハビリ科にその実施を指示するシステムになっていた。この点は日本の医療現場と同じだ。しかし、日本では「おおまかにどのようなリハビリをするか」「その際にどのようなリスクに配慮するか」を含めて指示が出されるが、配属先で医師からリハビリ科に伝えられるのは、疾患の名称とリハビリの必要性だけだった。十分な専門教育を受けていない同僚たちにとって、個々の患者の症状に合ったリハビリの内容を考えることや、リハビリを実施する際に患者の患部を悪化させないためにどのようなリスクに配慮すべきかを判断することは難しい。そのため、富田さんの着任当時、疾患ごとのマニュアルに沿った治療が機能障害の違いなどにかかわらず行われており、そのやり方はリスクが高いものとなっていた。
 そうしたなかで富田さんは、「リスク管理」については主に関節の動かし方や筋のほぐし方に関する課題の解決に力を入れた。着任当時に同僚たちが行っていた治療は、「圧力」が過度にならないよう配慮されていないものだった。手の平で押すべきところを指で押したり、硬くなった関節を骨折のおそれを感じるほどの強さで曲げたりしていたのだ。そうした治療で患者が痛みを感じたら危険信号だが、同僚たちは患者が痛みを感じているかどうかには意識を向けていなかった。
 リスクに配慮した治療の要領を同僚たちにつかんでもらうために富田さんがとった方法は、富田さんが彼らに治療を行い、患者の立場を体験してもらうというもの。富田さんは、昼休みなどを利用して彼らに腰痛解消などの治療を提供。「この触り方は痛くない?」「この触り方とこの触り方だったらどちらが気持ち良い?」などとコミュニケーションをとりながら、患者が受ける感覚に応じて強さなどを加減していく治療を体感してもらった。
 効果は顕著だった。治療や筋力トレーニングをする際に、患者に「痛くない?」と声をかけたり、「私の治療のやり方が適切かどうかちょっと見てほしい」と依頼してきたりする同僚が現れたのだ。

脊髄損傷患者に対して歩行訓練を行う富田さん

運動療法で必要な器具が不足していたことから、富田さんは手づくりの器具を発案・紹介した。写真はいずれも、下肢麻痺の患者が歩行訓練をする際につま先が垂れて歩きづらくなるのを防ぐために施した装備

「患者の生活環境」への目配り

 個々の患者の機能障害に応じてアレンジするリハビリがなされていないという問題については、リハビリの十分な専門教育を受けない限りその実践は難しいと感じられたことから、富田さんは解決に向けたアプローチは断念。しかし、個々の患者の「生活」に応じたリハビリを行うことなら同僚たちにも可能だと考え、その実践に向けた働きかけを行った。
 配属先は、キャパシティの問題からリハビリの対象者を入院患者に限り、さらに入院期間は10日間までとしていた。そのわずかな期間のリハビリで、退院後の自宅での生活に不自由がないようにすることはきわめて難しい。そのため配属先のリハビリ科にとって重要だったのは、自宅の構造など退院後の患者の生活環境を踏まえたうえで、そこでの生活で必要となる身体能力の獲得を最優先の目標としてリハビリを行うこと、およびそうした身体能力の獲得に向けて退院後に家族のサポートを受けるなどしながら続けるべき自主トレの方法を患者に伝えることの2点だった。
 退院後の生活を視野に入れたリハビリの重要性について富田さんは当初、言葉で同僚たちに説明しようと試みた。しかしそれでは伝わりにくいと感じたことから、自らそうしたリハビリを実践し、その効果を見てもらおうと考えた。
 自分がリハビリを担当する患者に対し、自宅のつくりや生活スタイルなどについて質問し、「それならば、入院中はこうしたリハビリを行いましょう」と提案。実践する際は、極力周りにいる同僚たちに聞こえるような声で話すよう留意した。そのうえで、たとえば自宅では椅子ではなく床に座って生活しているという片麻痺の患者に対しては、床からの立ち座りの訓練を重点的に行い、さらにその能力を伸ばすために自宅でできる訓練のやり方をまとめた資料を家族に渡すなどした。すると、そうした対応をした患者がしばらく経って来院したときに、退院時よりも身体能力が上がっているケースが出てきた。
 それを横目で見てきた同僚たちが、富田さんが求めずとも患者にまずは退院後の生活環境について尋ねるようになったのは、任期終了まであと3カ月ほどとなった時期だった。

OPINION
「保健・医療」と「生活」の深い関係
〜協力隊員がとるべきアプローチとは?〜

患者の生活に目を向けるきっかけづくりを
体のある部位の機能が失われている場合、その回復に長い時間がかかったり、回復がそもそも不可能であったりすることも少なくありません。そのためリハビリでは、障害がある部位の機能回復ばかりを目指すのではなく、ほかの部位の機能強化を図り、患者さんがそれぞれの置かれた環境で不自由なく生活できることを目指すべきですが、協力隊員が派遣される国々ではまだそうした考えが医療現場に浸透していないことも多いかと思います。現地の患者さんたちの生活環境は、協力隊員よりも配属先の人たちのほうがよく知っているはずです。協力隊員の立場でできるのは、患者さんの生活に目を向けるきっかけづくりではないかと思いました。

知られざるストーリー