JICA Volunteers’ before ⇒ after

穂積翔太さん(ドミニカ共和国・コミュニティ開発・2017年度1次隊)

before:商社の社員
after:企業組合の職員

商社に7年間勤務してビジネスのノウハウを身につけた後、協力隊に参加した穂積さん。カカオを使った農産加工品の商品開発に携わったことが転機となり、帰国後は、地域の農産物の魅力を発信する団体に就職した。

「ゼロ」からつくる楽しさ

女性生産者グループとミーティングを行う協力隊時代の穂積さん

 実家が兼業農家だったため、子どものころから「農」には馴染みが深かった。同時に、地元にオーストラリア人の家族が住んでいたため、子どものころから「海外」への興味も持っていた。「農」と「海外」に関する研究ができることから進学先に選んだのは、明治大学農学部。国際開発経済論を専攻した。ゼミの研究の一環で中華人民共和国福建省を訪れ、日本に輸出される生姜が生産されている現場を見たことで、生産と消費が遠く離れた地で行われるビジネスのダイナミズムに興味を抱いた。
 卒業後に就職したのは商社。ビジネスのノウハウを勉強したいという思いから選んだ就職先である。担当したのは、エネルギーや自動車に関する商材の営業。入社する時点で、20代はビジネスのノウハウを身につけ、30歳までには海外でのビジネスに就くというビジョンを持っており、海外でのビジネスに就くステップにしようと考えたのが協力隊だ。応募は29歳のとき。商社を退職し、ドミニカ共和国に派遣された。
 配属されたのは、環境保護に取り組むNGO。要請内容は、森林保護のために植えられたカカオを活用して住民の収入を向上させる策を考え、実践することだった。穂積さんが着目したのは、従来現地で行われていたカカオの販売方法。生のカカオをバケツに入れ、重量によって決まる金額で売っていたが、利益率は低かった。穂積さんは、カカオを発酵・乾燥させた後に焙煎してパウダーに加工し、販売することを提案。女性の生産者グループが設立され、高速道路の休憩所など「道の駅」のような場所で製品を販売するようになった。その後、グループは法人格を取得するまでに成長。このように「ゼロ」からビジネスを生み出し、地域の様相に変化をもたらすことは、日本の商社での仕事では経験できなかったことであり、やりがいを強く感じた。

協力隊経験で体得した関係づくり

とちぎ農業ネットワーク企業組合の事務所にて

 穂積さんが協力隊活動を通じて感じたのは、食は人間にとって不可欠であるため、「農」は決してなくならない産業であり、どの地域、どの時代にも重要な産業であり続けるはずだということだ。日本でも「農」は重要な産業だが、担い手不足という課題がある。協力隊時代に「農」にかかわり、それによって地域の様相が変わるというダイナミズムを体験した穂積さんは、その体験で学んだことを日本で生かすことができるのではないかと考えた。
 そうして帰国後の再就職先に選んだのは、栃木県の農産物の魅力をPRしたり、それを使った農産加工品を開発・販売したりする「とちぎ農業ネットワーク企業組合」(以下、「組合」)だ。主な事業は、栃木県産の果物を使ったオリジナルの加工商品の開発・販売、栃木県の農家と農産物の仕入れが必要なホテルやレストランなどをつなぐコンサルティング、栃木県産の農産物のプロモーションなど。栃木県の農業に関心があるさまざまな業種の人がサポーターとなり、日々議論を重ね、栃木県の農業を盛り上げるための取り組みを行っている。
 穂積さんが現在担っている役割は、農家とその農産物の顧客の間に入り、顧客のニーズに合った商品が提供されるよう促すことだ。たとえば、栃木県内の観光地の高級ホテルから「地産地消」のメニューを設けるために使う食材の注文がある場合、顧客から「品質や規格」など納める商品の要望を聞き、生産する農家に伝えるなどしている。
 現在担当している仕事は、協力隊活動の延長にほかならないと穂積さんは感じている。「組合」は農家と農産物の消費者をつなぐ立場。両者のニーズを探り、両者にとって有益な自分の役割を見つけ出さなければならない。協力隊時代に穂積さんが取り組んだ活動も、カカオの生産者とその潜在的な消費者の両者のニーズを探り、つなぐことだ。隊員として赴任した当初は、現地の農家から「きみはいったい何者だ?」という目で見られたが、じっくりと時間を共有することを重ねていくうちに、「悪いやつではない」と信頼してもらえるようになった。そうした経験があるからこそ、現在の仕事でも、当初は邪険に対応されていた農家とも、持久戦で信頼関係を築くことができているという。
 そうしたスタンスは、農家だけでなく、発注する企業の信頼の獲得にもつながっている。農産物の品質については、生産時の農薬の使い方などは買い手が探るのが難しい点も多い。そのため、農産物のビジネスで重要なのは、買い手と売り手の信頼関係だ。そんな信頼関係をスムーズに構築できるのは、協力隊経験があったからこそだと、穂積さんは感じている。






穂積さんのプロフィール

【before】
[1987]
福島県出身
[2010]
3月、明治大学農学部を卒業
4月、商社に入社

【JICA Volunteer】
[2017]
7月、青年海外協力隊員としてドミニカ共和国に赴任(30歳までに海外で仕事をするというビジョン叶えるため、協力隊に参加した。)
[2019]
7月、帰国

【after】
[2020]
4月、とちぎ農業ネットワーク企業組合に入職(「食と農」で地域活性化につなげたいとの思いで選んだ就職先だった。)

とちぎ農業ネットワーク企業組合
設立:2015年
事業内容:栃木県産農産物の販路開拓、販売促進、加工商品開発

知られざるストーリー