JOCV SPORTS NEWS

人づくりにつながる体育教育の普及を支援

西山直樹さん(パラグアイ・青少年活動・2005年度2次隊)
特定非営利活動法人ハート・オブ・ゴールド 東南アジア事務所長

1998年からカンボジアで「スポーツを通じた人づくり」の支援に取り組んできた特定非営利活動法人「ハート・オブ・ゴールド」。2012年から東南アジア事務所長として現場を統括してきたのは、協力隊経験者の西山さんだ。

カンボジアの中学校の体育授業

体育教員を対象とするワークショップで講習を行う教育省の担当官

中学校における体育授業の指導書の完成を祝う式典

 練習を重ねて設定した目標を1つ1つクリアしていく過程で、物事を成し遂げるために必要な「希望」と「勇気」が養われる——。こうした力を持つ「スポーツ」の機会を創造することで、途上国の子どもや障がい者、貧困層などと困難を乗り越える「希望」と「勇気」を共有することを目的とする団体がある。元女子マラソン選手の有森裕子さんが主宰する特定非営利活動法人「ハート・オブ・ゴールド」(以下、HG)だ。1998年の設立以来、主な活動場所としてきたのはカンボジア。同国での事業を現場で統括する東南アジア事務所長を2012年から務めているのは、協力隊経験者の西山直樹さんである。
 HG設立のきっかけとなったのは、内戦が集結してまもない1996年に同国で開かれたチャリティーマラソン「アンコールワット国際ハーフマラソン」(以下、「ハーフマラソン」)に、有森さんが招待選手として参加したことだ。内戦で残る地雷の廃絶運動を起こし、その被害者の支援のための資金集めをすることを目的とした、多くの日本人が協力したイベントだった。人づくり、国づくりを一から始めなければならなかった同国で、人々が「希望」と「勇気」を持つためにはスポーツの力を活用するのが有効だと考えた有森さんが、スポーツを通じた人づくりの支援を自立的・継続的に行うために設立したのがHGだった。
 HGは、毎年開かれるようになった「ハーフマラソン」の運営を担うことから活動をスタート。その後、カンボジアの教育行政を担う教育青年スポーツ省(以下、教育省)の要請を受け、小・中学校における体育授業の学習指導要領や指導書の作成、高等学校における体育授業の学習指導要領の作成、体育教員を指導するトレーナーの育成などに協力してきた。現在は、JICAの草の根技術協力のスキームを利用して、高等学校における体育授業の指導書の作成などを進めている。
「体育授業は、スポーツの技能だけでなく、目標達成を目指して努力や工夫を重ねる力、協調性などを身につけることができる教科です。HGが体育教育への支援を始めるまで、カンボジアの体育授業は伝統の徒手体操を10分間ほど行って終わることがほとんどでした。そこから国全体の体育教育を充実させていくためには、教育行政に携わる方々と信頼関係を築いたうえで、体育授業の意義に共感してもらうことが必要でした。そのため、人と人のつながりこそHGの活動の基盤であり、この点は協力隊活動に通じると感じています」

国際協力とスポーツ

 西山さんの人生は「国際協力」と「スポーツ」が両輪となってきた。テレビ番組がきっかけで国際協力に興味を持ったのは小学6年生のとき。国際協力の仕事に就きたいとの思いで中学時代から英語の勉強に力を入れ、米国の大学に進学した。協力隊に参加したのは大学を卒業した翌年だ。派遣されたのはパラグアイのNGO。貧困のために学校に通うことができない子どもたちを対象に各種教育プログラムを行っている団体で、西山さんはスポーツイベントの開催などに取り組んだ。任期を終えてからHGに入職するまでは、市民参加協力調整員などとしてJICAの国内での業務に従事した。
 一方、スポーツを始めたのも小学生のとき。地域の野球チームに入った。中学時代と高校時代は地域のサッカーチームでプレー。大学時代は学生チームに所属し、HGの職員としてカンボジアに赴任してからもフランス人のチームに所属している。高校時代にはマラソンも開始。国内外のフルマラソンや100キロマラソンの大会など、毎年のように何らかの大会に出場してきた。
「私はスポーツを通じてさまざまな人とつながり、さまざまなことを学んできました。『スポーツは人をつくる』というHGの活動の根底にある考えは、私自身がスポーツに取り組むなかで正しいと実感してきたものでした」

子どもの違いに立った授業

 HGへの入職を決めたのは、国際協力の現場の仕事に携わりたかったこと、およびHGの事業なら自身のそれまでのスポーツの経験を生かせるかもしれないと思ったことからだった。東南アジア事務所長に就いたのは入職の3カ月後。そのポストに就くことが前提の採用だった。
 西山さんがこれまで携わってきたのは、中学校における体育授業の学習指導要領や指導書の作成の支援など。現在は、高等学校における体育授業の指導書の作成支援が仕事の中心だ。コロナ禍を受け、日本からオンラインで教育省とのやりとりを進めている。指導書の作成支援で難しさを感じているのは、体育授業のあり方について教育省の担当者にいかに理解してもらうかだと言う。
「子どもの運動能力はそれぞれですが、体育の学習指導要領ではどうしても、『逆上がりは何年生でできるようになる』など、一律に技能の習得目標が設定されがちです。本来は、それぞれの子どもの運動能力にあった習得目標を設定することが必要だろうと思います。そのうえで、「それぞれの目標にどれだけ近づけたか」や「目標達成に向けてどのような努力や工夫をしたか」といった評価、さらには「授業態度」や「ほかの子どもへの協力姿勢」など技能を離れた点の評価もする。それによって、「目標達成を目指して努力や工夫を重ねる力」や「協調性」など、体育授業で育まれるさまざま力の獲得を促すことができるはずです。しかし、こうした評価を教員がこなすのは決して簡単ではないこともあり、作成している指導書にどれだけ盛り込むかについて、教育省の担当者との間でなかなか意見が一致しません。もちろん最終的に選択をするのは彼らですが、非常に重要な点だと思うので、今後もじっくり議論を重ねていきたいと考えています」

[プロフィール]




(C)ISHIKAWA MASAYORI

にしやま・なおき●1980年生まれ、神奈川県出身。2004年にサンディエゴ州立大学を卒業した後、05年11月、青年海外協力隊員としてパラグアイに赴任。貧困層の青少年を対象に教育プログラムを提供するNGOに配属され、スポーツイベントの開催などに取り組む。07年12月に帰国後、市民参加協力調整員などとしてJICAの国内での業務に従事。12年4月に特定非営利活動法人ハート・オブ・ゴールドに入職し、同年6月に東南アジア事務所長に就任。

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