派遣国の横顔~知っていますか? 派遣地域の歴史とこれから[マラウイ]

楽しく歌って学力向上を目指す

ここでは近年話題になったOBの活躍をピックアップ。算数の学力向上のため作った「かけ算ソング」を普及させるため奮闘した田仲さんの活動をご紹介します。

田仲永和さん
田仲永和さん/小学校教育・2017年度1次隊・千葉県出身

千葉大学教育学部で小学校教員養成課程を卒業したのち2005年から2年間、外務省在外公館派遣員として在中国日本大使館に勤務。08年から千葉県の公立小学校に教諭として勤務するなか、現職参加で協力隊に。現在は千葉県の教育委員会にて学校教育課指導主事として勤務。

2021年の夏、東京2020オリンピックに5名のマラウイ代表選手が出場した。彼らに向けたアスリート応援ソング「The Time Has Come(※1)」を同国オリンピック委員会と共同制作したのは、協力隊OBの田仲永和さんだ。

「この応援ソングは、派遣中に歌作りに取り組んでいたときにつながった現地の仲間にもリモートで協力してもらいながら制作しました」と話す田仲さんは、9年間の小学校教諭経験を経て、2017年、現職参加でマラウイに赴任。首都リロングウェの小学校教員養成校(TTC)で教員を目指す学生向けに算数科・表現芸術科の指導に携わった。TTCでは週15コマ程度の授業や教育実習の授業評価などを担当。授業の空き時間には、付属小学校へ足を運んで子どもたちに教えることもあった。こうした活動から生まれたのが「かけ算ソング」(※2)だ。

※1 東京2020オリンピック・パラリンピック出場アスリート応援ソング『The Time Has Come』-TANAKA feat. AYAKO- with MALAWI

※2 同じく2017年度1次隊・小学校教育隊員の平松祐衣さん、栗田優さんと制作した「マラウイ かけ算ソング TANAKA,MALAWI-Tidziwe Multiplication-」

「かけ算ソング」で感じた熱い信頼

学生に算数を教える田仲さん

活動先の教員養成学校で学生に算数を教える田仲さん(右奥)

マラウイでは過去に、協力隊員が制作したHIV/AIDS予防啓発キャンペーンソング「ディマクコンダ(愛している)」がヒットした事例もあったが、「音楽経験もない自分には、活動に音楽を生かす発想はなかった」という田仲さん。だが、付属小学校の放課後を利用して有志の学生と「縄跳びクラブ」の活動を行うなか、縄跳び啓発ソング「Jump Rope」(※3)を制作することになる。そのほかにも「生活習慣病予防啓発ソング」(※4)や、日本とマラウイの子どもたちの合作でできた「ONE WORLD」(※5)など、振り返るといくつもの歌を手掛けていた。

「学生の発案をきっかけに、学生や地元の音楽好きの青年たちと一緒に音源やMV(ミュージックビデオ)も作りました。私もチェワ語で下手な歌を歌わされましたが、思い出づくりにいいかな、くらいの軽い気持ちで参加しました」と笑う。そして、こうした経験が「かけ算ソング」につながった。

「マラウイの子どもたちの算数の力が伸びない原因の一つに、かけ算が満足にできないことがありました。プリント作りの紙にも不足する状況下、一クラス250人もの子どもたちに効果的にかけ算を教えるにはどうすればいいのか? その答えの一つが『かけ算ソング』でした」

1の段から12の段までをリズミカルに歌う「かけ算ソング」は、同期隊員や学生と協力して作詞・作曲。教育省と連携して実験校を設定し、各校の子どもたちが出演するMVを制作したり実践授業を行って事前事後テストの点数の伸びをデータ化したりするなどして教育現場への導入を図った。

田仲さん自身も教室でフラッシュカードを持ってノリノリで踊ったり歌ったりしながら普及促進に努めたことで、TTCの教え子のなかにも熱心に実践する学生が増えていったという。

こうした活動を通して、田仲さんは協力隊に対する「熱い信頼」を感じることも多かったと振り返る。

「『かけ算ソング』のMVを国営テレビ局に持ち込んだところ、局の幹部が即決で放送を快諾してくれたのには驚きました。彼は過去にも協力隊とかかわった経験があったそうで、歴代隊員の活動により信頼の土壌が育まれていることを実感しました」

※3 JUMP ROPE -TANAKA- in MALAWI (マラウイ縄跳び啓発ソング)

※4 マラウイ 生活習慣病予防ソング TANAKA, MALAWI -Samala Moyo-

※5 ONE WORLD ワンワールド -日本 & マラウイ コラボソング- (chorus by students in JAPAN & MALAWI)

つながり続けるマラウイとの絆

「縄跳びクラブ」に参加していた子どもたちの集合写真

「縄跳びクラブ」を発足し小学校でも活動していた(後列左から2番目)

TTCで小学校教員を目指す学生との出会いは、ラーニングセンター(ムチンジ県)の建設にもつながった。

「派遣中はTTCの学生寮に住んでいたのですが、そこで『地元に学校をつくりたい』と熱く語る学生ジョナサンと出会いました。教育実習で地元に戻った彼のもとを何度も訪問し、その真剣さをあらためて知ったことで『小さなハートプロジェクト』(※6)を利用させていただきました」

結果、田仲さんの派遣中に2ブロック(教室)が完成。現在は4ブロックに拡張され、4学年が通う正規の小学校になっているという。

派遣終了後、小学校教諭に復職し、現在は教育委員会に勤務する田仲さんは、最後にこう話してくれた。

「前勤務校ではマラウイでの協力隊経験を活かし、マラウイと日本の子どもたちとの交流活動の一環で、楽曲を制作しました。これからもマラウイとのつながりを持ち続け、二国間の交流を通して、次世代を担う子どもたちには視野を広げていってほしい。そんな願いを持って、教育活動に取り組んでいきたいと思います」

※6 『小さなハートプロジェクト』-(一社)協力隊を育てる会による、活動中の協力隊員と日本の支援者の方々をつなぎ、協力隊員の「地域貢献」を支援する募集型支援金プロジェクト

活動の舞台裏

波乱の寮生活
水を運ぶ田仲さん

毎日汗だくで水くみ

水道から出てきた泥水がたまったバケツ

部屋の水道から出てきたのは泥水だった

田仲さんが派遣中の2018年5月、TTCでは大きな学生デモが発生した。その原因の一つになったのが「トイレ問題」だ。教室棟の近くにトイレがなく、歩いて5、6分かかる付属小学校まで行くか、教室棟裏の竹林で用を足すような状態で「こうした生活環境の悪さが学生たちの不満のもとにありました」。デモの際、「学生たちに『タナカはオレたちの仲間だ』と妙な連帯感を持たれたのが面白かった」と振り返る。

理由は日々の暮らしぶりにあった。派遣中は学生寮で暮らした田仲さん。入居早々、水道が出なくなり、1年間、生活用水を近所の教員宅にもらいに行く生活が続いた。「両手に25 リットルずつ、背中のバックパックに20リットル背負って、汗まみれで水を運ぶ姿が、学生たちの『共感』につながったのだと思います」

知られざるストーリー