派遣から始まる未来~進学、非営利団体入職や起業の道を選んだ先輩隊員

豪州の大学院へ進学

同じ釜の飯を食べて重ねた交流  みんなの笑顔を守りたい

前田大志さん
前田大志さん/トンガ・珠算・2018年度3次隊・愛知県出身

「将来の目標は、実務家として『太平洋の安定と平和』の構築に携わることです」と話すのは、2018年度3次隊の一員としてトンガに赴任し、当地教育省のオフィサーとして、小学校での珠算指導などに従事した前田大志さんだ。目標の達成に向けて経済学と小規模島嶼国の開発政策を学ぶため、22年1月には、オーストラリア国立大学の大学院へ進むことが決まっている。

教会で交流を深めた仲間たちと前田さん

教会で交流を深めた仲間たち。「日曜日は安息日で、住民たちは大きな音を出さないように過ごします。私はキリスト教徒ではありませんが、トンガの人たちの考え方を知りたいと思い、日曜日は教会に行っていました」(前田さん)

前田さんが国際協力に関心を持ったのは中学生のとき。きっかけはモンゴルのストリート・チルドレンを追ったドキュメンタリー番組だった。寒さをしのぐために温水用パイプに身を寄せて暮らす同年代の子どもたちの姿を見て、「こうした状況がなくなればという漠然とした思いから、貧困や格差の問題に関心を持ちました」と振り返る。大学に進学する頃には、その「漠然とした思い」ははっきりとした目標に変わっていた。「途上国支援なのか、国内で社会課題の解決に取り組むのか、まだ模索中でしたが、大学時代に一度は途上国での経験を積もうと考えていました」。

そこで大学3年の夏に行ったのがJICA海外協力隊の短期派遣だ。活動内容はトンガでの珠算指導。小学2年生から高校1年生まで珠算を続けていた前田さんは、暗算9段の腕前で、そろばん大会でも小学生時代から活躍していた。「自分の経験を生かせる募集の派遣先がトンガだっただけで、他の国で募集があったらその国に行っていた」と話す前田さんだが、2カ月の派遣ですっかり「トンガの虜」になっていた。「ホームステイ先の家族や教育省の同僚、教員、それに同じ教会に通う人々など、誰もが垣根なく受け入れてくれて、今まで感じたことのない人の温かさを感じました」。

再訪を心に誓って帰国した前田さんは、大学を休学して、19年1月から長期派遣でトンガに再赴任。トンガ最大の島トンガタプ島西部のヒヒフォ地区の小学校13校を巡回しての授業指導や、教員の指導力向上のためのワークショップの実施に取り組んだ。年7回開催されるそろばん地方・全国大会の企画・運営も重要な活動だった。

大空とトンガの海

トンガの海

エウア島で開催されたそろばん大会の様子

エウア島で開催されたそろばん大会の様子

さらにこれらの本来業務だけでなく、日曜日にキリスト教会の礼拝に参加するなど、前田さんは現地の人々との交流を積極的に行い、派遣国の文化や慣習と向き合い続けることにも努めた。

「トンガ人の多くは敬けんなキリスト教徒です。人々の生活の中心にある教会に行くことで、トンガ人を一層理解できるようになりましたし、いろいろな人と知り合って話をするのが楽しかったです。また、トンガには食べ物をシェアする文化があって、職場でも食事を分け合うのが当たり前でした。同僚が魚の揚げ物や主食であるイモを頻繁に持ってきてくれたので、私も鍋いっぱいのカレーやおにぎりを持っていきました。同じ釜の飯を食べることによって、お互いに悩みを打ち明けたり、驚いたことを話したりと、貴重な時間を持つことができました」

等身大の交流を重ねるなかで、前田さんはトンガをはじめとする太平洋島嶼国の「安定と平和」に寄与するという思いを強くしたという。

「幸せそうに暮らす人が多い印象を持ちましたが、トンガ全体としては、気候変動・災害に対する脆弱性や対外債務などの課題も抱えています。町中には18年のサイクロン被害の爪痕も生々しく、国内での雇用機会の少なさに悩む若者の声も聞きました。何かのきっかけで、自分が大好きなトンガの人々の〝当たり前の日常〟が脅威にさらされ、そこにある笑顔が失われるかもしれません。オーストラリア国立大学大学院卒業後の進路ははっきり決めていませんが、協力隊で培った他者を理解する姿勢を大事にしながら、現地の人々の「当たり前の日常」を支え、共により良い未来を構築する活動に取り組んでいきたいです」

前田さんの歩み

小学校2年生のとき、母親の勧めで珠算を習い始める。教室には高校1年生の夏まで通い、9段になった。

【前田さん】最初は大会でもらったトロフィーがうれしくて(笑)。練習を重ねるうちに、計算力だけでなく、忍耐力も身についたと思います。

2017年、名古屋大学3年の夏休みを利用し、JICA海外協力隊(短期派遣)でトンガに珠算職種で派遣。

【前田さん】珠算関連のニュースレターで、協力隊のなかに珠算という職種があることを知り、興味を持っていました。

2017年秋の帰国後、トンガや太平洋島嶼国について調べるようになり、大学在学中の協力隊長期派遣を決意。

【前田さん】両親や友人も応援してくれました。

2018年度3次隊として、再びトンガへ

2020年4月、新型コロナウィルス感染症拡大の影響で、一時帰国、大学に復学。一時帰国者向けの「特別登録制度」に登録し、再赴任を待つ。

【前田さん】2020年8月初旬でJICAとの派遣合意書は契約解除になりましたが、再派遣が可能になった場合に優先的に再赴任できる『特別登録制度』に登録しました。

2021年3月に名古屋大学卒業後、外務省に任期付職員として入省。アジア大洋州局大洋州課で、第9回太平洋・島サミットの運営などに従事する。8月にオーストラリア国立大学大学院に合格。

知られざるストーリー