派遣から始まる未来~進学、非営利団体入職や起業の道を選んだ先輩隊員

WATATU株式会社を起業

同じ夢を持つ仲間とともに農家の貧困の連鎖を断ち切る

岡本龍太さん
岡本龍太さん/タンザニア・コミュニティ開発・2017年度4次隊・広島県出身

人口約2000人。電気も水道もないタンザニアの村に赴任し、女性の家事労働改善に努めたいと、改良かまどの普及に尽力した岡本龍太さん。もともと人と接するのが好きで、日本でも仲間の輪をつなげていくタイプだったが、楽観的で人に対して寛容な任地の人々の懐の深さに魅了されたという。

かまどを作成した岡本さん

隊員時代は、ルブマ州ソンゲア県で改良かまどの普及に尽力。2年間で70以上の家庭がかまどを作った

「協力隊の経験を生かせるような仕事に就き、タンザニアにもう一度住む」。

任期を終えた2020年3月、そう誓って帰国した岡本さんだったが、新型コロナウイルスの感染拡大により、社会情勢は一変した。自分の経験を生かせるキャリアを模索するもなかなかうまくいかない。思うように動けず、タンザニアへの思いばかりが募っていた岡本さんに一筋の光が差したのは、緊急事態宣言解除の合間を縫ってタンザニア隊員仲間の井﨑奨さんと三戸勇輝さんと再会したときだった。

思い出話に花が咲き、2人もタンザニアとかかわり続けるために模索してきたと知った。日本企業で働く井﨑さんはタンザニアに太陽光発電設備を設置する計画を立て、三戸さんはタンザニアで日本食レストランを開こうと動いていた時期があった。いずれも実現には至らなかったが、タンザニアへの思いを強く持ち続けていた。

2人との再会から約半年後の20年12月、岡本さんはWATATU株式会社を設立した。取締役には、井﨑さんと三戸さんも名を連ねている。WATATUとはタンザニア語で「3人」の意で、「タンザニアの人と日本の人、両者をつなぐ3人目になる」との思いを込めた。

事業内容は、タンザニアの小規模農家へ「農業パッケージ」を提供する課題解決型ビジネス。WATATUは種苗や農機具などの物資、生産管理方法や栽培技術などの知識、販売先ルートの開拓までを「農業パッケージ」として農家に提供し、農家からは土地に根付いた農業のノウハウと労働力を提供してもらう。高く売れる作物を育てられるよう継続的にサポートすることで、収穫量の増大と収入増につなげる。

事業のもとになったのは、三戸さんの経験にある。かつて三戸さんは、稲作で収入を増やしたいというタンザニアの友人を応援するため、数万円を提供した。その友人は受けた資金を元手に土地や資材を買い、肥料や草刈りなどの手入れに力を入れた。そして2年後、米の収穫量と収益の大幅アップが実現した。友人は、将来は村に診療所や農業資材の店を造り、地域の人々を支えたいと考えるまでになった。

オンラインミーティングの様子

日本とタンザニアをつないだオンラインミーティング。下段左が岡本さん、上段真ん中が三戸勇輝さん(コミュニティ開発/ 2016年度4次隊)、上段左が井﨑 奨さん(体育/ 2016年度3次隊)

タンザニアの方々と岡本さん

WATATUで農業パッケージを提供する農家は、タンザニアの仲間から情報を集めて決めている

彼を信じて託して良かった、と振り返る三戸さんの話をヒントに「事業として発展させれば、もっと多くの人が豊かになれるはず」と考えた岡本さんは、東京大学の起業支援プログラムに参加し、事業化に向けた策を練った。
こうして始動したWATATU。まずはタンザニアの農家約15人に資金を提供し、プロジェクトをスタートさせた。一部の農家は栽培技術の不足でうまく作物を育てられなかったり、資金を別の用途に使ってしまったりしたが、多くの農家は収穫量や収益が増加した。「管理体制の甘さや仕組みの改善策も見つかったので、一歩踏み出した意味は大きかったと思います」。

21年5月にはクラウドファンディングを実施し、支援者から約400万円を集めることができた。これを活動資金に充て、本格的に事業を開始した。
岡本さんは、隊員時代に農家の人々から聞いた声を今も忘れられないでいる。「働いても働いても、生活は苦しい。どうしたら良くなるのか」。
タンザニアでは労働者の約7割が農業を営んでいるが、その多くは家族の食べる分を作り余った分を売るという小規模農家だ。銀行から融資が受けられないためにまともな農業ができず、収穫量や収益は上がらない。収益が上がらなければ、質量ともに十分な資材を買うことができず、また収穫量が下がるという貧困のスパイラルに陥る。

「農業を軸に、ビジネスとして、負の連鎖を断つ。それを目指しています。批判的な意見や厳しい声もありますが、成功を信じています」

協力隊で培った現場経験を生かし、一丸となってタンザニアの小規模農家の課題に応える。WATATUのチャレンジは、タンザニアの農業に新風を吹き込む可能性を秘めている。

岡本さんの歩み

2012年 東京大学文学部を卒業後、大手生命保険会社に就職。営業や人事を担当。

【岡本さん】みんなでワイワイするのが好きで、週末は「大人の運動会」といった交流イベントを企画していました。休暇中に旅した途上国の人々のエネルギーに圧倒され、海外に住んでみたくなりました。

2018年3月、協力隊員としてタンザニアへ。隊員の間で「タンザニア人を引き連れている日本人がいる」と話題になるほど、任地の人気者になった。

【岡本さん】村を観察すると、森の奥の方まで薪を拾いに行き炊事をする女性の家事負担が大きいことに気づきました。薪の消費量が少なく安全性も高い改良かまどは、2年で70以上の家庭に広がりました。

2020年3月帰国。世界中の人がコロナ禍でも一体感を感じられるよう、協力隊OVと動画(※)を制作。

協力隊経験を生かしてタンザニアで仕事をしたいと考えるも、コロナ禍で就職活動に苦戦。井﨑さん、三戸さんと再会し、起業を模索。9月から東京大学の起業支援プログラムに参加。

【岡本さん】隊員活動を通じて、もっと人に力を与えられる生き方をしたいと考えるようになったことがきっかけです。

2020年12月、WATATU株式会社設立。タンザニアの農業事業のほか、日本の中小企業の海外進出支援や協力隊隊員の就職支援などを展開。

岡本さんと井崎さんと三戸さん

【岡本さん】2022年中に奥さんと子どもと一緒にアフリカへ移住する予定です。

※「世界に届け-Reach the world!! Project」は、「世界を元気づけよう」と岡本さんが声をかけ、76人の帰国隊員が18カ国語の言語で参加し、「STAND BY ME」などのミュージックビデオを作成したプロジェクト。ユーチューブチャンネルで公開中。

Text=新海美保 写真提供=WATATU

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