[特集]巻き込み力
-仲間を増やして社会課題に挑むOVたち-

高齢者見守りアプリで安否情報を共有
▼高齢化社会 ▼長崎県五島市

黒須久美子さん
黒須久美子 さん(旧姓:伊藤)
ニカラグア/看護師/1996年度3次隊・愛知県出身

PROFILE

大学病院勤務、NGO参加を経て協力隊に参加。2003~06年グアテマラで在外健康管理員。元外務省勤務で医師である夫の赴任によりスリランカ、タンザニアに在住。16年、五島列島へ移住し、久賀島あおぞらマーケット店を営む傍ら、放送大学大学院にて高齢者の安否情報共有システムについて研究を行い、現在実践中。

一歩踏み出したい人へのメッセージ:協力隊だからこそ持てる視点が、新たな事業を生み出す一歩に
黒須さんにとって巻き込み力とは?:まずは自ら始めること。それが周囲を巻き込んでいく

見過ごさなかったから、見えた課題

   長崎県の五島列島の一つ、久賀島で「巻き込み力」を発揮しているのが、1996年にニカラグアで隊員活動を行っていた黒須久美子さんだ。

移動販売車「久賀島あおぞらマーケット」

地域唯一の商店がなくなることになり、黒須さんは移動販売車「久賀島あおぞらマーケット」をスタート

   人口約300人の高齢過疎化が進むこの島に、医師である夫の再就職を機に移住したのは16年のこと。「久賀島あおぞらマーケット」や「見守りアプリ」を立ち上げ、島に住む高齢者のサポートを積極的に行っている黒須さんに、まず、久賀島あおぞらマーケットを始めたきっかけからお話しいただいた。

「移住して3年目でした。この島で唯一の商店をしていたおばあちゃんが、高齢を理由に閉店を決めました。フェリーでしか物資が届かない離島で、高齢者の一人暮らしも多い地域ですから、店がなくなれば買い物難民ができてしまいます。もともと島のために何かしたいという思いがあったので、車を購入して移動販売のお店を始めました」

   最初は何が必要かわからなかったが、「お線香がほしい」「切る力がないから、お手洗いに置くのはトイレットペーパーよりチリ紙がいい」など、店に来る人たちからの要望を聞いていくうちに、地域の人たちが必要としている商品をそろえられるようになっていった。

   そして、約半年後に実店舗がオープン。
「移動しないでほしいという人が多くて(笑)。郵便局と診療所の間にある、わが家の倉庫を改装してお店にしましたが、立地がいいので、みなさんが立ち寄りやすいんですね。そこで移動販売は、週1回に切り替えました」

   店を運営しているうちに気づいたことがある。高齢者の見守りの必要性だ。

「この島は一人暮らしのお年寄りが多く、その人たちが店に来ないと気になったり、訪問販売で玄関をノックしても出てこないと心配になったり、そういうことが少しずつ重なりました。それでこの島では今、見守りが必要かもしれないと気づいたんです。ちょうど私自身、放送大学の大学院の修士課程に在籍して研究論文を書く時期でしたので、見守りシステムを考えて、それについて島で実証研究を行うことにしました」

実店舗

移動販売車をスタートしたが、実店舗のほうが集まりやすいという意見が増え、現在では移動販売は週1、実店舗営業がメインになった

   思いついたのは、島に根づく互助機能と情報端末のタブレットを結びつけること。五島市のふるさと納税型クラウドファンディングに選定されたことで、タブレット端末の購入費用は捻出できた。その仕組みはこうだ。

「高齢者がよく利用する村役場や農協、診療所など島内15カ所にタブレット端末を置いて、見守りが必要な人をその15カ所にいる人たちが見守ります。『お元気情報の共有』という形で、ある場所で誰かがその方のお元気な姿を見たら、アプリ内の表に〝○〟と入れると、それがみんなにわかる。気になる情報があるときは、コメント欄に得た情報を入力する。これによって、出歩いていないことや、誰とも会っていない高齢者、また早期に体調の異変に気づくこともできます。2日以上誰とも会っていない高齢者がいたら、電話したり、自宅に伺うなどして、体調を確認しています。各地域の民生委員さんに見守りが必要な人のリストを集めてもらい、今は高齢者や病気の人など16名を15カ所で見守っています」

   この取り組みについて島民のアンケートを取ったところ、ほぼ100%の人から「安心につながる」という回答を得ることができた。今後は、市の町づくり協議会の活動の一つとしても検討され、まさに行政を巻き込んだ活動となりつつある。


そこで必要なことなら、取り組もう

見守り登録されている方を見かけたら、見守り地点に指定された場所の担当者がチェック

見守り登録されている方を見かけたら、見守り地点に指定された場所の担当者がチェックして共有する

   黒須さんを知る人は、現在の黒須さんを見て「協力隊のような活動をしてるよね」と口をそろえるそうだが、黒須さん自身は、あまり褒められた隊員ではなかったと打ち明ける。

「私はニカラグアのカリブ海側の町にある公共病院に看護師の職種で入りましたが、初めて隊員が入る病院ということもあり、現地では隊員の存在を理解してもらえず、生活環境も厳しく、地域になじめませんでした。地元の人のためにと参加したのに、何も残せていないという焦りから、任期終盤には体調を崩してしまいました。今思い返すと孤児院や養老院など、病院以外でも活動はできたのに、自分の活動先にこだわりすぎて、ほかの場所で困っている人に対して何もしなかった。病院以外の場所にも活動の場を広げていけば、誰かしらの役に立てたかもしれないのに、見て見ぬふりをしてしまった、そんな苦い経験があります」

   あおぞらマーケットから見守りアプリにつながる島での活動は、そんな隊員時代の失敗経験が生かされていると話す。

見守りアプリ

見守りアプリは〇△×の簡易なものだが、気づいたことがあればコメントを書き込める

   活動を続ける原動力は「必要なことはやろう」という気持ち。自分にできることは、うやむやにしたくないと言う。

「お店の利益も笑ってしまうほどしかなく、ほとんどボランティアですが、それでも必要だからやっているし、やってくれてよかった、助かったと皆さんから言っていただくのは嬉しいことです。ボランティアで働くことの重要性やお金でないもので得られる価値というのは、やはり協力隊から学んだことですね」

   最後に、その第一歩を踏み出すアドバイスをくれた。

「海外でずっと生活して日本に戻ってくると、日本ってこんな国だっけ?って思うことがあります。わが家は子どもたちが小さいころはずっと海外生活でしたが、特にIT教育は、国によりますが途上国より日本のほうが遅れていると感じます。そういうことがわかるのも、やはり海外で生活してきたから。協力隊だからこそわかる新しい視点で、もっとこうしたらいいのにという気づきが持てたら、それが何かを立ち上げる第一歩になるんじゃないかなと思います」

Text=池田純子 写真提供=黒須久美子さん

知られざるストーリー