[特集]巻き込み力
-仲間を増やして社会課題に挑むOVたち-

「狩り部」の学生と挑む、農家の獣害問題
▼獣害対策 ▼東京都新宿区 × 千葉県、山梨県

岩井雪乃さん
岩井雪乃さん
タンザニア/理数科教師/1993年度1次隊・神奈川県出身

PROFILE

早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)准教授。専門は環境社会学、アフリカ地域研究。アフリカゾウによる農作物被害問題に取り組む「アフリカゾウと生きるプロジェクト」(NPO法人アフリック・アフリカ)他を主宰。著書に『ぼくの村がゾウに襲われるわけ。』他。

一歩踏み出したい人へのメッセージ:
受け入れ先に負担をかけないよう、仲間内で知識や技術を共有。自分たちでできることはする
岩井さんにとって巻き込み力とは?:
誰よりもまず自分が楽しみ、情熱をもって取り組むこと

地元猟師の指導を受けて活動

   早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(以下WAVOC)准教授の岩井雪乃さんは、2017年に獣害対策がテーマのボランティアサークル「狩り部」を創設した。コロナ禍以前は2カ月に一度、千葉県鴨川市などの受け入れ先農家に赴き、地元猟師らの指導のもと、学生たちと獣害対策に取り組んできた。「狩りといっても銃は使わず、わなを設置するためのお手伝いが中心です。なかでも草刈りは重要な対策作業です。獣が山から人里へと出てくるとき、身を隠す草がないと警戒して進みにくくなるからです」。農家で活動中の昼食はジビエ料理。イノシシやシカの肉料理を猟師や農家の人たちと囲む、楽しいひとときだ。

くくりわなの解説をする猟師

くくりわなの解説をする猟師。わなを踏んだ獣の脚をくくる仕組みだ

   実は近年、日本の農村ではイノシシやシカなどの野生動物による獣害が激化しており、19年度の農作物被害額は158億円にもなる。

「自然環境が悪化して動物が山にすめないからではと思われがちですが、むしろその逆で日本は動物天国です。昔と比べて人が山に入ることも減り、動物の暮らしやすい環境が増えています。集落の過疎化が進むことで山から動物が下りてきやすくなり、収穫直前の成熟した農作物を狙うのです」

   このような獣害は農村の生活環境を悪化させ、過疎化を進め、さらなる獣害…と負のスパイラルを呼び起こす。

   そもそも、岩井さんが狩り部を立ち上げたきっかけは16年の秋の出来事だった。岩井さんの夫が千葉県鴨川市で半年間丹精した田んぼが黄金色に実り、収穫目前だった。「うちも今週は稲刈りだね」と話したその翌朝、イノシシに踏み荒らされ、稲は全滅した。

   岩井さんは協力隊時代の派遣国タンザニアの村に恩返しをしたいと、1990年代からゾウによる農作物被害に苦しむ農民を支援するプロジェクトを運営していた。帰国後は大学院で動物と人間の共生を目指すアフリカ研究の道に進み、毎年のようにタンザニアを訪れていた。同国の北部では2000年代から個体数の増えたゾウが保護区を越えて村に侵入する被害が深刻化。数頭〜数百頭の群れで集落に押し寄せて畑を荒らし、興奮状態で人を殺すこともあった。しかし保護動物のため銃などは使えず、保護区へと追い払うにも口笛や笛、爆竹で脅かすくらいしかできない。

「『ゾウが憎い』という住民の切実な声を聞いてきましたが、自分の田んぼの残骸を目にして、初めて彼らの気持ちを真に理解できたと感じました」

   イノシシによる被害が「自分ごと」となり怒りも後押しとなって、猟師になろうと決意。狩猟免許の一つである「わな猟免許」を取得し、わなを設置できるようになった。そして自分以外にも猟師を増やそうと勤務先のWAVOCに「狩り部」を創設したのだ。

「一人で何かを成し遂げるのは無理だし社会問題を一人で解決することもできないので、仲間として学生を巻き込もうと思ったのです」

   設立から4年。狩り部の現在のメンバーは48人になった。学生たちの動機は獣害や狩猟への興味よりも「ジビエを食べたい」というものが多いものの、今、現役の部員有志による「獣害対策ロボット」試作機の制作も進んでいる。

   さらに国内・海外で別分野の社会問題に取り組む卒業生も増えてきた。

「学生時代に経験したことをもとに、社会に出て還元していく人材を育てられていることは嬉しいですね」。岩井さんは笑みをこぼした。


Text=村重真紀 写真(岩井さん)=ホシカワミナコ(本誌) 写真提供=岩井雪乃さん

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