失敗に学ぶ~専門家に聞きました! 現地で役立つ人間関係のコツ

今月のお悩み

▶関係者全員が出席した会議で了承されたプロジェクトが、なんの協力も得られないまま1年たちました。
やる気のない同僚にがっかりしています。
(タイ/コンピュータ技術/男性)

 任地に着任してすぐ、プロジェクトを立案して会議で提案しました。会議には関係する同僚全員が出席していて異論を唱える人はいなかったので、全員の賛同が得られたと思い、幸先が良いとほっとしていました。

 ところが、その後プロジェクトは進む気配がありません。同僚をせっついてみても、「今は忙しいのでしばらく待ってほしい」などと理由をつけてやろうとしません。

 進行が遅れているというよりも、そもそも手をつけない同僚たち。自分が若いからばかにされているのか、彼らにやる気がないのか……。要請があって派遣されてきたはずなのに、何のために日本から来たのかと、裏切られた気分になりました。

今月の教える人

 奥井利幸さん
奥井利幸さん
タイ/コンピュータ技術/ 1987年度1次隊・大阪府出身

野毛坂グローカル代表。ITエンジニアなどを経て、協力隊に参加。帰国後はJICA専門家などとしてアジア諸国で社会的弱者支援やコミュニティ開発プロジェクトに従事している。また、2016年11月に野毛坂グローカルを設立し、神奈川県横浜市をベースに、多文化共生の実践活動を行っている。

奥井先生からのアドバイス

▶「約束の意味」「人と人との関係性」「納得感」に、相手と意識差があるのかもしれません。

 「約束したのにやってくれない」「期日が守られない」。こうしたことが重なってやる気を失っている協力隊員は少なくないかもしれません。

 しかし、私の協力隊員時代の経験や、多くの国際協力プロジェクトでの経験からすれば、「途上国の人が約束を守らない」と感じることはあまりありません。もちろん、信用のできる人、あまり信用のできない人がいるのは事実です。でも、それは日本人でも一緒ですよね。ではなぜ多くの協力隊員が「約束を守ってもらえない」と感じるのかといえば、「約束の意味」が違うと私は考えています。

 日本では自分が納得いかないことでも、会議で決まったり、上司から指示があれば、自分の気持ちにかかわらずやらねばなりません。一方で多くのアジアの国では、「自分が納得しているか」が、「やる、やらない」の基準になることが多い気がします。会議で決定していても納得していなければ意図的にやりませんし、上司といえども本人の意思に反した無理強いはできないと考える人が多いと思います。また、アジア圏の多くの国では、面と向かって異を唱えることはあまりしません。つまり、反対しないことと、納得していることは同じではないのです。

 では、守ってもらえる約束はどうしたらできるのでしょう。多くのアジア諸国では、「個人と個人の信頼関係」はとても重要です。また、一人ひとりに意見を聞いて納得してもらうこともとても大切です。「こういうことを提案したいと考えている。あなたはどう思いますか?」と。

「そんなの面倒」「非効率的」と思う方もいるかもしれません。でも実はこれ、日本でも同じです。「何を提案したか」よりも「誰が提案したか」によって判断が変わった経験はありませんか?

 ところで「今月のお悩み」ですが、実は隊員時代の私からの相談です。いつまでたってもプロジェクトを始めない同僚らにしびれを切らし、「やる気がないなら、私は日本に帰ります」と、活動先を飛び出しました。

 荷造りをしているところに、「二人で食事に行こう」と上司が誘いに来ました。仕方なくついて行くと、「私が至らなかった」と謝罪の言葉があり、「もう一度一緒に頑張ってみないか」と引き留めてくれました。組織の状況も理解せず、みんなの前でたんかを切った私が戻りやすいよう、上司から謝ってくれたのです。

 この上司から、人と人との付き合いの重要性を学びました。
その後、私がやり方を変えていくと、「私は反対だけど、協力するよ」という同僚も出てきて、活動は徐々に進み始めました。

 今、私が代表を務める野毛坂グローカルでは、多くの若者がさまざまな活動をボランティアで行ってくれています。そこに契約関係はないので、強制はできません。たとえ契約関係があったとしても、いつでもやめる権利は誰にでもあります。だからこそ、納得感を得られているかと、人と人との関係性が一番大切だと思っています。そしてこれは前述したタイでの経験から学んだものなのです。

POINT

  • ▶一人ひとりに意見を聞いて納得してもらう
  • ▶「 個人」と「個人」で接して信頼関係を築く

Text=ホシカワミナコ(本誌)

知られざるストーリー