JICA海外協力隊に参加する人はどんな人?

【CASE1】協力隊への参加がプロ野球界で働く足がかりに
中南米の選手をプロの世界へ送り出したい

新卒で参加した金子真輝さんの場合
► JICA海外協力隊野球隊員としてコスタリカへ ► 帰国後:福岡ソフトバンクホークスへ入団、2022年から留学

金子真輝さん
金子真輝さん
コスタリカ/野球/2015年度2次隊・東京都出身

6歳から高校まで野球を続け、大学でスポーツ心理学を学ぶ。大学4年生の秋に協力隊に応募。卒業後2015年9月からコスタリカへ派遣。帰国後、福岡ソフトバンクホークスに入団し、21年までスペイン語通訳を務める。22年に語学とスポーツマネジメントを学ぶため渡米。


   2019年11月、日本一のプロ野球チームを決める日本選手権シリーズで、福岡ソフトバンクホークスが優勝した。MVPに選ばれたキューバ出身のジュリスベル・グラシアル選手は「皆さんの応援のおかげ。嬉しいです」とスペイン語で話した。そのとき、隣で通訳を務めたのが、金子真輝さんだ。

活動終了時、教え子たちと金子さん

隊員時代:活動終了時、教え子たちと。着用しているのはプレゼントされた「GRACIAS HIKARU」のTシャツ

   金子さんは6歳から野球を始め、高校まで選手として活躍した。大学ではスポーツ心理学者として著名な東海大学体育学部の高妻容一教授のもと、スポーツメンタルトレーニングを学んだ。ジャイアンツアカデミーの指導者講習会に参加するなど、児童や生徒たちを育てる野球の指導員を目指した時期もあるが、野球界で活躍する多様な人と出会うなか、プロ野球に関わりたいと考えるようになる。また、海外、特に中南米で野球の普及に携わる日本人コーチの話を聞き、興味を持った。

「日本のプロ野球で活躍する外国人選手の多くは英語やスペイン語を話しますが、日本のプロ野球界にはスペイン語を話せる人は多くありません。野球の経験を生かしつつ、スペイン語通訳としてプロ野球に関わっていきたいと思いました」

   通訳になることを目的にJICA海外協力隊を選ぶ、という人は多くはない。しかし金子さんは「現地の生活にどっぷり漬かれる協力隊員は、語学留学をするより野球を通じて現地の人たちのことを知ることができ、生のスペイン語にも触れられる」と考えた。そこで大学4年の時に秋募集に応募、SNSなどで中南米で野球指導をした先輩隊員らを探して情報を集めた。3月に合格が決まると、JICA駒ヶ根訓練所での派遣前訓練を経て、9月には野球隊員としてコスタリカに派遣となった。

コスタリカの子どもたちにルールの説明をする金子さん

隊員時代:コスタリカの子どもたちにルールの説明をする金子さん

   赴任したのは、野球の普及に力を入れるサントドミンゴ野球協会で、金子さんは小中学校で子どもたちやコーチ陣へ野球の指導を行った。また、コスタリカ代表チームの技術強化にも携わった。

   コスタリカでは歴代4人目の野球隊員として歓迎されたが、「最初は言いたいことをスペイン語で伝えられない。もどかしい思いをしました」。しかし、現地の人たちとコミュニケーションの機会を増やすことで、少しずつ意思疎通が図れるようになっていった。「とにかくたくさん会話をしました。食事やイベントなどの誘いは断らずに参加しましたし、言葉が間違っていたら指摘してほしいと周囲にも伝えていました」。わからない単語はメモして後で調べるなどしていくうちに、語学力がついていったという。

   現地のスペイン語検定も受け、正しいスペイン語の語学力を強化し続けた成果もあってか、金子さんの活動は順調に進み、赴任から1年半後には、在外研修として、コスタリカ、エクアドル、エルサルバドル、ベリーズ4カ国の野球隊員と共に「中南米ベースボール型授業促進セミナー」を開催するまでになった。

   ベースボール型授業とは、日本の小学校の必修科目で、捕る・投げる・打つ・走るなどの多様な動きを経験しながら、考える力や解決力、協調性などを養う教育手法だ。日本野球機構と国際協力機構が作成した指導用教材『みんなが輝くやさしいベースボール型授業』のスペイン語版も活用した。

   こうして野球隊員としての活動の場を広げながら自らの語学力を飛躍的に伸ばした金子さん。大学時代の夢をかなえるべく、帰国前にほとんどの日本のプロ野球球団に履歴書を送り、スペイン語通訳として自分を売り込んだ結果、福岡ソフトバンクホークスに入団が決まる。スペイン語通訳としてチーム所属の外国人選手やその家族を、公私両面からサポートすることになった。

ジュリスベル・グラシアル選手の横で通訳をする金子さん

帰国後:2019年の日本選手権シリーズで、MVPに選ばれたキューバ出身のジュリスベル・グラシアル選手の横で通訳をする金子さん

「振り返ると、コスタリカで身につけたのは語学力だけではありません。中南米の人たちの文化や習慣、考え方を体感できたことは、選手を総合的にサポートする役割も担うプロ野球通訳の仕事に、大いに生かされていると思います」

   選手からオフの時間にも電話がかかってくるほど頼りにされ、充実した日々を送っていた金子さんだったが、21年のシーズンをもって福岡ソフトバンクホークスを退団し、新たな夢に挑戦している。

「協力隊の経験を通じて、中南米やアフリカなど開発途上国の選手が活躍できるチャンスがいかに少ないかを実感しました。日本やアメリカのプロリーグでは、ドミニカやキューバなど野球が盛んな国の選手が多く活躍していますが、野球が栄んではない国では、スカウトマンと知り合う接点もなく、選手として頑張っても先がありません。才能のある選手がもっと活躍できるように道をつくり、子どもたちに夢を与えたいのです」

   その夢に向かって22年1月、金子さんは渡米した。次の目標はフロリダで語学を学んだあと、大学院でスポーツマネジメントを学ぶと共に、メジャーリーグとの太いパイプをつくることだ。「何事にもポジティブで、家族を大切にするコスタリカの人々。子どもたちが野球で活躍できるチャンスをつかめるよう、時間はかかりますが、必ず目標を達成したいと思っています」。


金子さんから応募者へのMessage

大学の恩師から「成長するスピードは自分で決めなさい」という言葉をもらいました。不安や心配もあるかもしれませんが、先輩隊員に話を聞くなどすれば解消できます。勇気をもって一歩踏み出してみてください。

職種ガイド:野球

野球人口の増加や技術向上、青少年の健全な育成を目指し、小中学校や地域のチームなどで野球教室を行ったり、コーチらへの指導などを行う。また野球大会の企画や運営に携わることも。金子さんの場合は、コスタリカの小中学生やコーチ陣へ向け「ベースボール型授業」を取り入れ、野球の普及活動を行った。また隣国も合わせた野球人口の増加や技術向上を目指し、在外研修「中南米ベースボール型授業促進セミナー」も開催した。

Text=新海美保 写真提供=福岡ソフトバンクホークス、金子真輝さん

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