社会人で参加した薬師川智子さんの場合
► JICA海外協力隊マーケティング隊員としてケニアへ ► 帰国後:ケニアで「アルファジリ・リミテッド」を起業。ボーダレス・ジャパンに加入
米国の大学を卒業後、農林中央金庫に入庫し長崎県内のJAバンクの業務支援などを担当。同庫退職後、2014年からJICA海外協力隊員としてミゴリ郡の大豆農家組合で大豆栽培と加工品の普及に従事。16年の任期終了直後、ケニアに戻り「アルファジリ・リミテッド」を起業。
「大豆農家が安定した収入を継続して得られる仕組みをつくる。それを世界に広め、すべての人が公平にチャンスをつかめる社会づくりに貢献したい」
ケニアで作物の買い取り保証をはじめとする貧困小規模農家へのサービスから、その卸売・小売・加工などを行う「アルファジリ・リミテッド」の代表を務める薬師川智子さん。JICA海外協力隊の活動を通じて、人生をかけて取り組むテーマを見つけた一人だ。
薬師川さんは「貧困をなくすため国連で働きたい」とアメリカに留学するが、大学卒業時には具体的な目標が定まらず帰国して農林中央金庫に就職。しかし、貧困をなくすために海外で活動したいという思いは消えず、JICA海外協力隊に応募を決めた。日本とは異なる文化に魅力を感じていたアフリカのなかから、農林中央金庫での2年間の経験を生かせそうな、ケニア・ミゴリ郡の大豆農家組合で加工品の普及、市場開発を行うマーケティング職に合格した。
大豆は、主食であるメイズ(トウモロコシ)などに比べ少ない肥料でよく育ち、収穫までの期間も短いため換金作物として農家の収入向上につながるほか、土壌改善やケニアの人々の栄養改善にも役立つと栽培が促進されている。
配属先は、組合長とスタッフ5人ほどの家族経営のような小さな組合だった。組合は契約農家に対して種子や肥料を無利子ローンで提供し、大豆栽培を指導する。生産された大豆を買い取る際にその額からローンを差し引き、買い取った大豆は家畜飼料やきな粉などの加工品にして販売していた。
大豆栽培の普及にも携わるなかで、薬師川さんは農家や組合にさまざまな課題があることを知る。例えば、契約農家は小規模で技術や設備がないため、干ばつや豪雨などの影響を受け生産が安定しないこと。組合がそのリスクも含めて計画的に生産を支援していく必要があるもののスタッフの能力や経験が足りないこと。農家が大豆を作っても、保存する倉庫や集荷する手段が少ないこと。組合以外に販路はなく、組合も安定した買い手を確保できていないこと。これらは途上国の農業に共通する課題だった。
薬師川さんはきな粉普及のためにケニアでおなじみの揚げパン「マンダジ」にきな粉を使ってもらうことを考え、マンダジの歩き売りをしたことがある。農家の女性について早朝からマンダジを作り、バケツに入れて街中に行き夕方までかけて売った。材料費などを差し引くと手元に残るのはわずかな金額。マンダジ売りは農家の女性にとって子どもの世話や炊事、洗濯などをこなしながらの仕事で、薬師川さんは「毎日ヘトヘトになって稼いでも、何かをする元手がたまらない」現実にがくぜんとした。
一方で、日の出とともに起きて畑を耕し自然と共に生きる農村の人々や風景に、「人の幸せな生き方の原点に近い」と大きく心を揺さぶられた。ここで人々が安定して文化的な生活を送るためにはやはり収入向上が欠かせない。薬師川さんは「こんなに素晴らしいところにある貧困問題をなんとかしたい」と思いを募らせていった。
そんななか突然、組合長が亡くなり、小さな組合は事業を進められなくなった。「自分が継ぐしかない」。薬師川さんは、組合関係者と相談して、任期の残り10カ月で新たな会社を立ち上げ、大豆の生産から販売まで精力的に取り組んだ。種子の配布に始まり、農家が収穫した大豆を詰める袋や輸送用トラックの手配、買い手との交渉も行った。
そのなかで、大豆を購入する加工メーカー側には、品質のいい大豆を欲しいときに欲しい量を安定して得たいというニーズがあることを知った。日本では当たり前のようなことだが、ケニアではそれができていないのだった。
奮闘した薬師川さんだったが、なんと買い手に代金を踏み倒されるという形で任期が終了してしまう事態に陥ってしまった。「このままでは終われない」。薬師川さんは覚悟を決め、日本で貯金をかき集め、2週間後にはケニアで、大豆農家と加工メーカー双方の課題を解決する調整役となる会社「アルファジリ」を起業した。社名はスワヒリ語で「日の出」。農家の貧困をなくすという初心を忘れないよう、思いを込めた。
同社は、小規模農家の自助グループ「アルファチャマ」をつくり、作物の買い取り保証、栽培指導、貯蓄指導、農業資材のローン提供などを行う。買い取った大豆は自社倉庫に貯蔵して管理し、家畜飼料や豆腐メーカーが必要とするタイミングで卸す。現在、39グループ、600軒以上の農家が契約し、収入を向上させている。大豆以外の作物を買い取り、ナイロビの青果店で販売する事業も始めた。事業を任せられるケニア人スタッフも育ってきている。
「ケニアは外国人でも企業の規模を問わず相手にしてくれ、ビジネスを広げる可能性と醍醐味を感じられるところが魅力です。そして私は困難とされるものに燃えるタイプ。たくさんの失敗がすべて糧になっています」と薬師川さん。
2017年にはソーシャルビジネスで社会課題の解決を目指すボーダレス・ジャパンのグループ企業となり、世界を変えていく仲間を得た。ケニアからアフリカ、さらに世界へとその先を見据えている。
活動は要請内容にとらわれずに自分でつくる心構えで行ってほしいと思います。また、その国の人と信頼関係をつくるには時間がかかります。うまくいかないときは、自分の鍛錬だと思って謙虚に学ぶ姿勢を大切にしたいですね。
市場の販売率活性化、市場分析、商品開発等に対してマーケティング分析を行い、助言や、販路拡大に向けたネットワーク構築、製品向上のための情報収集・提案などの支援を行う。薬師川さんの場合は、土壌改善と農家の生計向上、ケニアの人々の栄養改善を目的に大豆生産と大豆加工品の流通を行っている大豆農家組合で、大豆を使用した付加価値の高い製品開発のアイデアと販売戦略・方法を考え、市場開拓を支援した。
Text=工藤美和 写真提供=薬師川智子さん