JICA海外協力隊に参加する人はどんな人?

【CASE5】民間連携で参加し、IT分野の専門性を生かした環境教育活動を展開
活動先の若いスタッフとも刺激し合えた

JICA海外協力隊(民間連携)で参加した渡邊雄一郎さんの場合
► JICA海外協力隊環境教育隊員としてマレーシアへ ► 帰国後:復職

渡邊雄一郎さん
渡邊雄一郎さん
マレーシア/環境教育/2016年度4次隊・鹿児島県出身

大学卒業後に世界50カ国以上を放浪。その後、中華人民共和国・上海で邦人向け情報誌のデザイン・編集に携わる。帰国後、IT業界に転職。ITエンジニアとして金融からゲーム業界まで多数の案件に従事。2017年3月から19年3月まで青年海外協力隊として活動後、復職。

   JICA海外協力隊には民間連携という制度があり、渡邊雄一郎さんはその制度を導入した企業の社内公募に39歳のときに手を挙げた。

来園者に湿地やマングローブについて紹介する渡邊さん

隊員時代:来園者に湿地やマングローブについて紹介する渡邊さん

   配属先は、マレーシアのボルネオ島のコタキナバル・ウェットランド・センター(以下、KKWC)。東京ドーム約5.5個分という広大な湿地に園内見学のための2㎞のボードウォークが整備された、環境保全を啓発する施設だ。州都コタキナバル市内からアクセスしやすく、国内外の観光客、地元の小中高生が環境を学びに来るほか、日本からも学生や企業が研修で訪れる。

   NGOによる運営で、職員はマネージャーを含め5名と慢性的に資金と人員が不足している。この湿地は2016年末にラムサール条約の登録湿地に認定されたものの知名度が低く、積極的に広報を行って来園者を増やすことが課題になっている。

   渡邊さんは、30代初めにIT業界に転職し、システムの設計やプログラミングなどひととおりの工程を経験し、かつ金融からゲームまで幅広い業界の案件に携わってきた。在籍企業(株式会社Freewill)が環境問題や社会課題の解決に取り組んでいるため、ITを自然環境保全に生かすチャレンジをしたいとKKWCでの活動を選んだ。

QRコードを読み取るとそこに生息している鳥の声が聞けるカード

隊員時代:QRコードを読み取るとそこに生息している鳥の声が聞けるカード。イラストや音声はフリー素材を活用した

施設の受付でQRコードを読み取ると園内マップをダウンロードできるアプリ

隊員時代:施設の受付でQRコードを読み取ると園内マップをダウンロードできるアプリ。英・日・中の3カ国語対応

   派遣前に環境教育の技術補完研修を受けた渡邊さんだが、着任してみると、同僚たちは20代前半と若いながらも大学で環境を学んだ専門家ばかりで、環境教育の内容改善に容易には踏み込めないと感じた。「まずは自分にできることから確実にやろう」と、渡邊さんはウェブサイト整備を中心に行った。ウェブサイトのアクセス解析をしてサイト(英語・日本語)を見やすくアクセスしやすいものにリニューアルしたほか、来園者数が増えていた中国人向けに中国語版も制作した。

   新ウェブサイトは、同湿地のラムサール条約登録をサバ州で公式報告するイベントで公開され、理事は招いた関係者に対し「日本人が作ってくれた」と誇らしげに紹介してくれた。渡邊さんが配属先の信頼を得られたことを感じた瞬間だった。

   その後、渡邊さんは活動計画を「環境教育プログラムの改善」、「コタキナバル・ウェットランドの宣伝」、「新たな収入源の確立」、「施設内マングローブのクリーンアップ」の4分野にして進めた。

「環境教育プログラムの改善」では、来園者の環境教育が一度限りで終わらないよう、既存の施設内の素材を活用したEラーニングサイトを構築した。友人にドローンで空撮してもらった湿地の映像資料も制作した。その映像は施設内での使用にとどまらず、それまで文書資料中心に行われていた資金調達にも貢献した。

   そして、渡邊さんは来園者に対するプログラムを行うなかで気づいた課題にもITを活用して対応していく。受付で来園者に配付していた紙のガイドマップをスマホでQRコードを読み込めばPDFでダウンロードできるようにしたほか、園内散策中に鳥の鳴き声や特徴などをスマホで見聞きできる動植物カードも作成した。カードは時間帯によっては野鳥に遭遇できない来園者に少しでも楽しんでもらおうという配慮だ。

   これらの制作物は、渡邊さんの任期終了後の継続性を考え、身近なソフトやフリー素材を使って、同僚に協力してもらいながら作った。「同僚たちは皆若くてスマホを使いこなしている世代です。こちらからの新しい発想や提案を柔軟に受け止めて、いいと思ったことはどんどん真似して覚えていきました」。

   ほかにも、地元の著名なアーティストとコラボして作ったTシャツの販売、コンポスト、ヤシ殻を使った炭の商品化など活動は多岐にわたった。「失敗を恐れずやりたいことをやらせてもらった2年間でした」と渡邊さんは振り返る。

帰国後に協力隊OB・OGと共に共同運営を始めた「Cyclefor」

帰国後:帰国後に協力隊OB・OGと共に共同運営を始めた「Cyclefor」は、現役隊員へ向けて活動の参考となる資料を提供するサイトだ。

   渡邊さんは復職後、Freewill社の社会課題解決のためのクラウドファンディングのプラットフォーム「SPIN」の企画などに携わったのち、現在は金融分野のベンチャー企業の案件に携わっている。

「IT業界は技術革新が早く、目的に向かってモチベーション高く仕事をすることが求められます。マレーシアでは知り合いもいないなかで課題を探り、数多くある解決方法から自分でできるものを選択し、実行しました。協力隊でゼロからイチをつくる経験ができたことは大きな自信になりましたし、今、仕事で新たな提案をする際の原動力になっています」

   2年間の活動で、ボルネオの豊かな自然に感動し、それをITを活用して発信していく面白さを知った渡邊さん。環境協力隊員向けの技術補完研修で自身の経験を伝えているほか、隊員が活動中に参考にできる資料を提供するサイト「Cyclefor」もほかのOVと共同運営し、後輩たちの活動を支えている。


渡邊さんから応募者へのMESSAGE

人間が変わるには、時間配分、住む場所、つき合う人の3つを変えることだという言葉があります。協力隊はそのうちの2つを用意してくれていて、時間については自分次第。私は参加してとてもよかったと思っています。

職種ガイド : 環境教育

身の回りや地球全体の環境に関する教育や取り組みを行う環境教育隊員は、「ゴミ問題」「自然保全」「環境理解」をテーマに、任地の課題改善に向けての活動を展開する。渡邊さんの場合は、サバ州の湿地の環境保全とマングローブの重要性を啓発するコタキナバル・ウェットランド・センターで、来園者の増加に向けてのウェブサイトの整備や、来園者に対する環境教育プログラムの作成、マングローブの植林活動などを実施した。

JICA海外協力隊(民間連携)とは?

JICAが企業と連携し、社員を青年海外協力隊、シニア海外協力隊などとして派遣し、グローバル人材の育成に貢献するプログラム。各企業のニーズに合わせ、受け入れ国や要請内容、職種、派遣期間などをカスタマイズできる。

Text&Photo=工藤美和 写真提供(活動時)=渡邊雄一郎さん

知られざるストーリー