[特集] 語学講師、VC、OVの知識と経験を集めました
活動言語を身につける

LESSON2 通訳経験者のOVが伝授 隊員時代にやってよかった学習法

最初から語学堪能だったわけではなく、訓練所と派遣国で語学力を鍛え、プロ野球のスペイン語通訳になったOVと、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会で通訳についたOVに取材した。

金子真輝さん
金子真輝さん
(コスタリカ/野球/2015年度2次隊・東京都出身)

6歳から高校まで野球を続け、大学でスポーツ心理学を学ぶ。野球界でスペイン語通訳になりたいと、卒業後に協力隊に参加。帰国後、2018年から2021年まで福岡ソフトバンクホークスのスペイン語通訳。2022年から留学。

目標設定し、少しずつレベルを上げていく

小学校などで野球を教えながら野球の普及に尽力

野球隊員としてコスタリカのサントドミンゴ野球協会に配属され、小学校などで野球を教えながら野球の普及に尽力した

   コスタリカで野球の普及に尽力した金子さんは、帰国後、日本のプロ野球界でスペイン語通訳として活躍した。短期間でどのように語学力を身につけたのか。

ポイントは事前の目標設定だと思います」。こう話す金子さんは、派遣前からプロ野球選手の通訳になるという目標を立てていた。球団に入るために必要な語学資格の要件は提示されていなかったが、指標として活用したのがDELE(スペイン語検定)だ。スペイン語圏への留学や就職などの際に語学レベルを保証するA1からC2レベルまでの試験で、100カ国以上で実施されている。金子さんがスペイン語を学んだのは訓練所からだったが、「2年後の目標を『B2取得』と定めて、赴任後数カ月でA1、半年でA2、1年でB1の過去問題を解きました。段階を踏んで少しずつ弱点を克服し、レベルを上げていくことで無理なく目標に近づけると思ったからです」。途中、伸び悩んだときは、現地で通っていた語学学校の先生に間違いを指摘してもらい、弱点を見つけて克服する学びに集中した。

小学校などで野球を教えながら野球の普及に尽力

   派遣当初はわからない言葉に囲まれて「しんどい時期もありました」と振り返る。金子さんは、単語量を増やそうと、いつも2種類のノートを使っていた。1冊は携帯できるサイズの小さなメモ帳、もう1冊は家でじっくり書き込む大学ノート。「活動中などでわからなかった単語はメモしてあとから調べました。コスタリカは時間の流れがゆっくりで、隙間時間を見つけてはポケットからメモを取り出して、直前の会話でわからなかった単語やフレーズを書き込んだり、読み返したりしていました。メモを取っていると配属先の同僚やホームステイ先の家族が教えてくれて、そのときの会話を思い出しながら覚えた単語もあります」。覚えにくい言葉は、何度もメモを取ることで苦手な単語として意識づけ、日常会話のなかで使った。

「スペイン語の習得にあたり、机に向かって〝語学づけ〟に追い込んだ感覚はありません。むしろ活動中や娯楽を共有できる人との会話のなかで盛り上がったり、『もっと伝えたい』と思ったりしたことがレベルアップにつながったと思います」。そう話す金子さんは、部屋にこもらずリビングで過ごす、食事会に誘われたら断らない、などを意識して行動していた。

「無口な人やシャイな人は、何か趣味や共通の話題で会話ができたら、恥ずかしさの壁を超えられるかもしれません。僕の場合、スポーツに助けられた2年間でした」

   金子さんはこの冬、アメリカに渡った。スポーツマネジメントを学び、アメリカの野球界との太いパイプをつくるためだ。「途上国や野球が栄えていない国でも才能ある選手が活躍できるように道をつくりたい」という金子さん。目標を定め、着実に実行していく姿は、語学の習得に悩む隊員たちのヒントになる。

岩佐尚子さん
岩佐尚子さん

大阪府出身。シニア隊員として3カ国で活動(カンボジア/食品検査/2007年度0次隊、ネパール/公衆衛生/2010年度4次隊、トルコ/農産物加工/2014年度4次隊)。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会では、言語チーム通訳ボランティアを務める。

「話す」「聞く」「書く」「読む」の優先順位をつける

本屋で見つけたトルコ語の辞書

本屋で見つけたトルコ語の辞書

   臨床検査技師の岩佐尚子さんは、長年、日本の検査センターや製薬会社などで治験薬や微生物の検査などの仕事を続けてきた。その経験を生かして、40代でシニア海外ボランティアとしてカンボジアに渡り、農業大学の教壇に立った。以降、ネパールやトルコでも活動した。3つの国で3言語を習得した岩佐さんは、「短期間で語学を習得するには配属先の要請内容に応じて、話す・聞く・書く・読む、のどれを強化したいか優先順位をつけるのが大切だと思います」と話す。

   カンボジアでは食品検査の方法などについて複数の生徒を相手に授業を行った。そのため、まず板書に使う「書く」に狙いを定め、授業前に入念に備えた。しかし、教室で授業をしていても反応がない。「途中でちゃんと伝わっていないことに気づいたのです」。

   クメール語には、喉に力を入れてはっきり発する音や、ため息を漏らすように発音する音など39種類もの母音があり、正確に伝えることは簡単ではない。岩佐さんは書く練習と並行して、週2回語学学校に通い、発音を直してもらいながら〝伝わるクメール語〟の習得に力を入れた。「語学学校の先生は厳しくて涙が出るほど悔しい思いもしました。でも話せると、伝えたいことが伝わるようになり、生徒から話しかけられる機会が増えました」。

   国外で技術を伝えるやりがいを感じた岩佐さんは、カンボジアから帰国した1年後、次はネパールの保健省に派遣され、妊産婦検診や予防接種の推進など乳幼児支援プログラムに従事した。

   会話の相手は、妊産婦や乳幼児を連れた母親が多かったが、識字率の低いネパールでは、文字を書いても伝わらなかった。そのため、栄養バランスの良い食事や予防接種などについて書かれた現地語のテキストを使って「話す(伝える)」方法に力を入れた。クメール語に比べてネパール語は母音の数も少なく「習得しやすかった」と岩佐さん。サンスクリット語由来の両言語は、共通の単語があり、そのルーツを調べたりしながら、楽しんで学んだ。

   3カ国目のトルコでは、北東部にある食糧農業畜産局に派遣され、特産品を生み出すプロジェクトに携わった。どんな特産品を作りどう売るか、地域の人々の声を知るため、岩佐さんは「聞く」スキルを磨いた。協力隊の訓練所ではトルコ語の訓練はなかったため、まず自分に合った辞書を手に入れようと、本屋に通い詰めて、写真と例文が掲載されている子ども向けの参考書を購入した

   さらに、円滑な調査活動のためにフォーマルな言葉遣いも積極的に学んだ。「トルコに限らずどの国にも丁寧語や敬語があります。敬語の定型句を覚えて意識的に使うことで、責任ある立場の人とつながり活動がうまく進むこともありました」。

子ども向けのテレビ番組で発音をまねるトレーニングも繰り返した

子ども向けのテレビ番組で発音をまねるトレーニングも繰り返した

   2021年夏、岩佐さんは、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会のトルコ語通訳として、トルコとアゼルバイジャンの選手をサポートした。「帰国後もトルコの知人とSNSでやりとりしたり辞書を読んだり、細々と学び続けていましたが、競技関連の単語は使ったことがなく少し緊張しました。お世話になったトルコの選手のために少しでもお役に立てればと思って通訳をしました」。

   現在、岩佐さんは検査技師の仕事を続けながら、外国人向けの旅行ガイドや園児の送迎ボランティアなど多彩な活動をして日々を楽しんでいる。「コロナ禍が落ち着いたら、また海外ボランティアに挑戦したい。次の言語も言葉から文化や歴史のつながりを知り、推理小説を読むように学びたい」と、飽くなき挑戦は続く。

Text=新海美保 Photo=大竹幸乃(本誌 岩佐さん) 写真提供=金子真輝さん

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