[特集] 令和版   隊員活動のトラブル脱出法
着任期 〜 適応期編

1996年10月号の丹羽さんの体験記より※部分抜粋

適応期(3カ月~半年)

(1)オフィシャルな場では、文書とレターが、日本と同様必需品

   (中略)すべての仕事は書類で動いています。そして権限を持っている人間のサインが人を動かしています。(中略)

(2)文書を書くためには

   道が見えなくなったら覚悟を決めて、まず活動計画表を作り、カウンターパート、所属長のサインをもらって協力を要請しましょう。(中略)

1.紙は職場名入りのものを使い、職場の書類の様式に従って書く。

2.カウンターパートがはっきりしていない場合やいない場合は、今作製しようとしている「計画書」にはっきりさせてくれるよう盛り込んで要請する。(中略)

3.活動計画がうまく立てられない人は、①「現状調査」、②「問題点の把握」、③「解決案の立案」、④「解決案の実行」、⑤「成果・反省」、⑥「再対策の実施」という基本的な形に沿って計画書を作成する。

4.以上の点で注意すること

   あなたが作った書類は、正式な文書として職場の中の流れに乗らなければいけません。そのためには文書番号が必要になります。(中略)

(3)口約束はあてにしないこと

   提案や問題点、頼み事等がある場合は必ず書類を使うようにして下さい。口約束はしていないのと同じです。(中略)

(4)問題点の指摘などは慎重に。まずは職場のデータを取る。

   日本でもよくいわれることですが、公務員はお役所仕事で効率の悪いことをやっています。特に活動の切り口が見えてこない場合は、ここから攻めることが最も効果的で、入りやすいといえます。

   問題点はよく見えるので指摘は簡単ですが、持って行き方が悪いために、トラブルを起こしやすいので注意が必要です。誰でも自分の仕事のやり方にケチを付けられるのは、いい気はしません。ましてやそれを上司に報告されるとあってはたまりません。きっとあなたの妨害をしてくることでしょう。

   上司としても、部下の悪いところばかり外国人に指摘されることは好ましく思いません。問題点をうまく持っていくポイントは、「どうしたら今よりもいい仕事ができるか」、あるいは「どうしたら今よりも効率化が図れるか」を、主眼にすることです。

   (中略)

その際の大きな味方は、現場の生のデータです。あなたが問題だと思っていることを何らかの形に変え、数値にしてみて下さい。そしてそれを毎日取ってみて重ねて見てください。1カ月もすると明らかに問題が数値の形として見えてきます。グラフに表わせば、よりはっきりします。これがあなたの武器になるのです。

   数値はあなたが何も言わなくても、相手に問題点を物語ってくれます。

   (以下略)


適応期:流れをつかもう
文書やレター、データを活用

前原:日本の役所もそうですが、文書やレターは大事です。任期中、沖縄の高校生がスリランカに来て、現地の子どもたちと一緒に海岸を清掃するという青年海外協力協会(JOCA)のプロジェクトを担当しました。プロジェクト開催にあたっては、学校や教育局、海岸の管轄部など、いろいろなところにサインをもらいに行きました。サインがないと動かないことがあるので、レターは大事だと痛感しました。活動計画表などのレターの作成は、私の場合はCPにやってもらいました。

酒井:丹羽さんの記事で特にうなずけるのが「公務員はお役所仕事」の部分です。派遣前は民間企業に勤めていたので、職場ではいかに経費を削減して、もうけを出すかが重視されていました。一方、ネパールの農業研究所は公的機関なので、考え方が違いました。たとえば種を作って農家に売るとき、「買いたい農家がたくさんいるから作れば売れる」は民間の発想ですが、研究所では「予算がないから作れない」と言われる。当時は納得できませんでしたが、これはネパールに限らず、公的機関では当前の発想です。帰国して公務員の人たちと仕事をするようになり、こうした民間企業とは異なる考え方を理解しなければ、うまく仕事が進まないと気づきました。

桑山:確かに、ボツワナの学校の先生方もまずリスクの可能性を考えて慎重に動いていたかもしれません。

編集室:「郷に入れば郷に従え」ではないですが、早いうちに配属先の人たちの考え方ややり方を理解したうえで行動することは大切ということですね。

下松:記事に「問題点の指摘は慎重に」とありますが、本当にそうだと思います。ブラジルの日系社会では日本で日本語を学ぶように、「継承日本語」という国語教育が行われていました。でも今は日常的にポルトガル語を話す世代なので、日本語を外国語として学ばないと定着しないことに早い段階で気づきました。ただ校長先生もほかの先生方も誇りを持って継承日本語に取り組んでいらっしゃるので、私のやり方を押し出すと、それを全否定することにもつながりかねない。少しずつ説得し、最後の半年でようやく週1回は私なりの授業をさせてもらえるようになりました。

前原:私は「データを取る重要性」という部分に共感しました。先ほど言ったように、私は着任1カ月目からゴミ収集車に乗って現場を見ていましたが、3カ月目ぐらいに記録を取っていないことに気づきました。そこからどのゴミ収集車がどれぐらいゴミを運んだのか記録をつけ始めました。そして、そのデータを分析して、ゴミを減らすための対策を立てていきました。やはり数字でものを言うほうがわかりやすい。データ管理は現地の人の弱いところだったので僕が担当しました。

酒井:研究所できのこを栽培する際にも、農家の方々にきのこ栽培を普及させる際にも、データは必要でした。

編集室:ところで、赴任3カ月~半年はどのように過ごしていましたか?

桑山:最初の3カ月は授業をしつつ、周りの様子も観察して、現状把握に努めました。私の場合、PCに詳しくても教員経験はなかったので、訓練所で同じ職種の隊員同士で行った授業の組み立てや、生徒役と先生役に分かれて模擬授業をしたことが、配属先でも役立ちました。15、16コマ分の授業をシミュレーションして、それを基に、自分の授業を計画しました。また、先代隊員が作った教材が今も使われているかを確認し、今回用に作り変えたりもしました。決まっている任期を有効的に使うために、真剣に準備した記憶があります。

酒井:私は農学部出身でしたが、きのこを専門的に学んだわけではなく、実務経験もなかったので、とにかく自分にできることを探してやり始めました。例えば、きのこ栽培の普及のためのスライド作りや、教材作りです。最初に「自分は前任者のようにはできません。いろいろ教えてください」と周囲に伝えて、教わったり自分で調べたりしながら慣れていきました。

前原:私の場合は、実は活動よりも生活に慣れるまでが大変でした。洗濯機やエアコンがなく、毎食辛いカレーでしたから。夜の暑さをしのぐために、水を入れたペットボトルを凍らせて体につけて寝たり、たまの休みに外食でリフレッシュしたり、ホステルに泊まって一気に洗濯をしてクーラーのある部屋で休んだりして、体を慣らしていきました。

丸田:私からは、VC(企画調査員[ボランティア事業])の経験も踏まえて、皆さんにアドバイスがあります。早いうちに、自分のスマホなどに記録している画像の整理をしてください。日本の地元の文化、日本の習慣、家族写真、季節をカテゴリー別にしておくと、自己紹介や配属先着任プレゼンテーションで有効に活用できます。また着任したてのこの頃に、派遣国の習俗、宗教、風景、食べ物の写真を撮ったり、記録したりしておくこと。慣れて日常になってしまう前に、最初の驚きを記録してカテゴリー別に整理しておくと、帰国後の報告会や学校などでの講演会でも役立ちますよ。

桑山昌洋さん
桑山昌洋さん
訓練所で同職種の同期と行った模擬授業がボツワナで役立ちました
                                                                                     
丸田隆弘さん
丸田隆弘さん
任地の生活に慣れる前に体験した驚きを記録しておきましょう
                                                                                     

Text=池田純子 Photo=ホシカワミナコ

知られざるストーリー