失敗に学ぶ
~専門家に聞きました!現地で役立つ人間関係のコツ

今月のテーマ:「怒り」はどう表現するべきか?

今月のお悩み

▶配属先に半年間こなかったカウンターパートから活動を否定され、怒鳴り合いの大げんかに発展してしまいました。(コミュニティ開発/男性)

上司であるカウンターパート(以下、CP)に会えないまま、適切な役割も与えられず,放っておかれました。仕方なく一人で任地の人たちを訪ね、困っていることを聞き取りし、課題を解決する目的でセミナーを計画しました。その間、何度もCPに電話をかけ、留守番電話にメッセージを残しましたが、折り返しはありませんでした。ところが、セミナー開催間近になってやっと配属先に現れたCPは、「聞いていない。勝手にやるな」と一言。半年間も職場に顔を出さず、電話も折り返してこなかったCPに対して、今まで我慢してきたものが爆発。怒鳴り合いになってしまいました。

今月の教える人

 白川千尋さん
白川千尋さん
バヌアツ/マラリア風土病(感染症対策)/1990年度3次隊・東京都出身

文化人類学者。大阪大学大学院人間科学研究科教授。総合研究大学院大学文化科学研究科博士課程修了「博士(文学)」。国立民族学博物館助教授などを経て、2016年より現職。JICA海外協力隊コミュニティ開発の派遣前訓練の技術専門委員も務める。

白川先生からのアドバイス

▶慎重さは必要ですが、国によっては信頼関係を生むケースもあります。

    コミュニティ開発(旧・村落開発普及員)の技術専門委員として、派遣前に訓練生に技術補完研修(※)をしてきました。

   10年ほど前になりますが、自分が関わった隊員30~40人の任地に赴き、派遣前の研修が活動に役立っているかを聞いて回ったことがあります。その際に任地での人間関係の悩み事を打ち明けてくれた隊員が複数いました。今回のテーマが怒りと聞き、思い出したのが先に挙げた一件です。

   言葉、文化、習慣の違う国で、相手とわかり合いたいのであれば、自分の感情をできるだけ相手にわかりやすく伝えること。それがコミュニケーションの第一歩です。言葉の壁があるなら、ボディランゲージを交えてもいいでしょう。しかし、喜怒哀楽の「怒」の表現に関してだけは、慎重にしたほうがいいかもしれません。

   例えば東南アジアの国々では、怒りの感情を社会的に嫌悪する傾向があります。隊員たちからも、「公衆の面前で相手に強く怒りの感情をぶつけるのは、相手のメンツをつぶす行為とみなされる。結果的に自分をおとしめることもあるので注意している」といった声を少なからず聞きました。

   私の肌感覚では、オセアニアでもすぐに怒る人に対して、「この人は人格的に問題がある」と烙印を押す傾向があるように思います。「パブリックな場で感情を抑えられることは美徳」とされている国では、幼少期から人前での振る舞い方を注意されて育ちますから、特に負の感情である怒りに対しては敏感に反応されてしまうのかもしれません。

   ところが、同じアジアでも南アジアは、怒りの感情も含めてストレートに表したほうがいいこともあるようです。実は冒頭の隊員の事例がそれで、CPに抗議した隊員に対して「何も事情を知らないおまえが勝手なことを言うな」と、CPも怒りだし、周囲に人垣ができるほどの怒鳴り合いにまで発展してしまったそうです。

   しかし、数十分間言い合っているうちに、実はこのCPには別に本業があり、隊員の配属先には無償で来ていたため、もともとほとんど顔を出していなかったこと、また本業が一年で一番忙しい時期で、ほかのことに対応できなかったことなどがわかりました。お互いに胸の内を話した結果、CPとの間に信頼関係が生まれ、以降はこのCPが一番の相談相手になったそうです。つまり、怒りを爆発させて失敗したと思いきや、成功だったのです。雨降って地固まる、テレビの熱血ドラマのような話ですね。ほかの南アジアの国の隊員からも、「同僚が思ったことをはっきり口に出すので驚いたが、言ってもらって良かった」という話を聞きました。

   その隊員が活動先の同僚たちと食事に出かけたときの話です。いつものように隊員から仕事の話題を振ったところ、同僚の一人が怒りだし、「なぜおまえはいつも仕事の話しかしないんだ。俺たちのことが嫌いなのか」と責められたそうです。隊員は食事の場だからこそ、ざっくばらんに仕事の話ができると考えたわけですが、同僚たちからは『自分たちに心を開かない日本人』と思われていた、それが分かったので、以降は自分のことを話すように心がけたそうです。

   割合的には少ないでしょうが、このように怒りの感情も含めて自分を出し、素直に気持ちを伝えたほうが「腹を割ったつき合い」になる国もあります。事前に同じ派遣国の先輩隊員らからその国の文化や慣習について聞いておくと、多少トラブルが避けられるかもしれません。

※現在は「課題別派遣前訓練」になりました。 

Text=ホシカワミナコ(本誌) 写真提供=白川千尋さん

知られざるストーリー