派遣から始まる未来
~進学、非営利団体入職や起業の道を選んだ先輩隊員

moja house起業

北山歩美さん
北山歩美さん(旧姓:川野)
(バングラデシュ/コミュニティ開発/2013年度2次隊・千葉県出身)





おいしい、楽しい
体験型ゲストハウスmoja house

村の人たちと一緒にミミズ堆肥作りを行った

隊員時代、村の人たちと一緒にミミズ堆肥作りを行った

   四国・徳島県。市街から車で40分ほど走った先に、人口約5000人の神山町がある。高齢化率約54%(※)、山々に囲まれた限界集落だが、近年、企業のサテライトオフィス開設や移住者の増加で注目を集め、地方創生の聖地と称される。この町でゲストハウス「moja house」を運営する北山歩美さんは、町の人に〝モジャ〟と呼ばれている。

   モジャとは、おいしい、楽しいを意味するベンガル語だ。「神山町移住のきっかけは協力隊の2年間。バングラデシュにいたときのようにわいわい言いながら、山と川のある町で地域に根差した暮らしがしたかったのです」。

   さかのぼること十数年前、北山さんは大学で国際文化学を学び、上海留学も経験した。「海外で働きたい」との思いを抱き、国際貨物輸送代理店に就職した。しかし、海外赴任の機会はなかなか訪れず、3年後、協力隊の中吊り広告を見て応募。合格と同時に仕事を辞め、バングラデシュへ渡った。

ゲストハウスから眺める山々

ゲストハウスから眺める山々

   少数民族の生活改善を支援する現地NGOに配属され、地域の女性グループに手工芸品や農作物の生産・販売を提案した。なかでも、土のう袋に手作りの肥料を入れて野菜を育てる「マイクロガーデニング」は手応えがあった。洪水被害を受けた地域でヒントを得たこの農法は、土地なし農民でも実践できるとして村人も興味を示し、北山さんは村々でワークショップを実施した。

「定着すればと奮闘しましたが、一過性のイベントで終わってしまい空回りの時期もありました」と北山さん。他方、積極的なリーダーなどがいたグループでは、伝えた方法を実践し、上手に野菜を作っていた。地域活性化の取り組みに正解はないが、コツがあるとすれば、人々と同じ目線で自分自身も心から楽しむこと。そう気づいた北山さんは、帰国後も地域に根を張り、地域を元気にする活動をしようと、「地域おこし協力隊」を選んだ。

   数ある自治体のなかから神山町に決めたのはなぜか。「縁もゆかりもない町ですが、友人から神山が面白いと聞いたのがきっかけ。神の山ってすごい名前だと思って調べたら、ちょうど地域おこし協力隊を募集していました」。

moja houseの田植え体験を楽しむ外国人宿泊客と北山さん(手前)

moja houseの田植え体験を楽しむ外国人宿泊客。手前が北山さん

   地域おこし協力隊で配属されたのは、神山特産のすだちや梅をはじめ、町の魅力を発信するNPO法人里山みらい。町役場や農家、デザイン会社、商工会議所などが集まって2014年に発足し、北山さんは飲食店と農家をつなぐ「東京すだち遍路」や『里山みらい新聞』の発行などに携わった。

   地域の魅力を発信するなか、気軽に泊まれる宿がないと気づき、「ないならつくろう!」と物件探しを始めた。そして、たどり着いたのが築150年の古民家だ。改修にあたっては漆喰の壁塗りや床張りのワークショップを実施するなど地域内外の人に関わってもらい、開業前にはお披露目会を開いた。

   19年にオープンしたゲストハウスは、最大8人が宿泊でき、田畑での野菜や果物の収穫、梅シロップ作りなど季節に合わせた体験を楽しめる。「昔から脈々と続く暮らしや文化を、旅人と地域の人が分かち合えるような空間にしたい」という北山さん。初年の宿泊客は国内外から100組を超えた。翌年、新型コロナウイルスの影響で一時休業を余儀なくされたが、遠方からの宿泊客が減った分、町内の家族連れなどが利用してくれて、新しい出会いもあった。最近では、23年開校予定の「神山まるごと高専(仮称)」の視察に訪れる人の宿泊も多い。

神山特産のすだち

神山特産のすだち。手作りドレッシングもよく作る

   宿を営む傍ら、神山に伝わる伝統芸能「小野さくら野舞台」や阿波おどりの「桜花連」に参加し、地域の歴史や文化に触れる時間も楽しんでいる。また、仲間と共に米作りに挑戦したり、冬の閑散期にはオーストラリアで農薬を使わない循環型農法を学んだり、〝サスティナブルな宿のオーナー〟としての知名度も上がってきた。

「自然の恵みを受けながらの暮らしに満足しています」。そう話す北山さんは昨夏、神山町の男性と結婚した。町の人は二人の結婚を実の娘や息子のように喜んでくれて、北山さんは改めて町の温かさを実感している。今春、伝統芸能襖からくりや阿波おどりなど神山の文化を盛り込んだ式を挙げる。地域の一員として、これからは二人三脚で町を盛り上げていく。

北山さんの歩み

2010年大学在学中、上海に留学。卒業後、国際貨物輸送代理店に入社。

大学のゼミで、フィリピンのバナナ農園の児童労働の問題を知りました。何げなく口にしているものが誰かの犠牲のうえに成り立っていると気づき、ショックでした。

2013年、会社を退職し、協力隊員としてバングラデシュへ。ディナジプール県ショドール郡で活動。

農業を専門的に学んだ経験はありませんでしたが、現地の農業大学で日本に留学していた先生に出会うことができ、村の人に役立つ農法を一緒に考えてくれました。バングラデシュでは、助け合いながら生きる楽しさを学びました。

2015年10月、地域おこし協力隊として徳島県神山町に赴任。

地元のおじいちゃんやおばあちゃんのパワーに魅了されました。自然のなかに溶け込んだ日常が宝物のようでした。

野菜をたっぷり使ったスパイスカレー

野菜をたっぷり使ったスパイスカレー

2019年、神山くらしの宿moja houseをオープン。

テーマはおいしい、楽しい。神山の旬の野菜を使ったバングラデシュカレー作りも体験できます。

2021年、結婚

夫婦で狩猟免許を取りました。一人ではできなかったトラクターやチェーンソーを活用した農作業ができるようになり、移住相談にも地元目線で応えられるようになってきました。

Text=新海美保 写真提供=北山歩美さん ※徳島県市町村別指標2020による

知られざるストーリー