[特集] 令和版   隊員活動のトラブル脱出法
活動期~開花期編

1996年10月号の丹羽さんの体験記より※部分抜粋

活動期(半年~1年半)

いよいよ活動は本格化

   着任から半年の間を無事乗り切り、自分の活動の全体像も見えてくれば、活動に余裕ができてきます。生活も軌道に乗り、インドネシアの素晴らしい文化にも目が行くようになってきます。日本にはない途上国の熱気に満ちた活気の中で、新しい価値観が芽生えてきます。

   (中略)

   活動のほうも一年を過ぎれば、後任の問題や自分の活動をどういう形で締めくくるか、考えなければいけなくなってきます。

   (中略)

   「終わり良ければすべて良し」という諺にもあるように、どんなに途中の活動がうまく行っている人でも、最後になって関係がまずくなってしまえば、「あんなのは、来てくれないほうが良かった」と思われてしまい、今までの良い思い出をすべて暗い思い出に変えて、帰国しなければいけなくなります。

   今、あなたが最悪の状態にあったとしても、あなたが帰国する時点で良い関係を残すことができれば、「もっと居てくれ」、「帰らないで欲しい」と、みんな思ってくれるでしょう。

   (以下略)


活動が本格的に展開するイメージを持とう

編集室:今回は着任から半年が過ぎてからを取り上げます。まずはご自身の活動が本格化していった頃の体験談をお話しいただけますか。

丸田:私の場合、現場を見たいと思い、カウンターパート(以下、CP)と共に首都の本部から地方の支部に任地替えをして、協同組合のトラックに乗せてもらって、地元の農家の状況を調査、分析、改善などをしました。すると、だんだんと地元の人と顔見知りになってくるので、そこの村のパーティなどに呼ばれるようになるんです。「ここでしか造れないワインができたから飲みに来い」と誘ってもらえたりして。地元の人たちの生活にじかに触れるようになると、語学も上達するので、日本の組織の運営の仕方や暮らしについても語れるようになりました。村の人たちから「うちにも来て話して」って言われるようになってから、活動が楽しくなってきました。

前原:丸田さんのように私も現場に出ました。ゴミ収集車に乗って、3カ月目ぐらいから分別回収の割合などのデータを取り始めました。前号でデータが大事といった話をしましたが、集めたデータは分析し、CPと改善策を話し合いました。最も働きかけたのは、予算策定時期です。分析した結果、ゴミ収集車が足りないことがわかったので、新しいゴミ収集車と、みんながデータを共有できるようにパソコンとプリンターを入れてほしいと、私からCPに要望を伝え、CPから上席に掛け合ってもらっていました。CPが正式な文書を書くのに必要な情報や資料は、私が用意しました。その後、CPが市のナンバー2の立場にあるコミッショナーに掛け合ったところ、その方が中央官庁に交渉してくれて、ゴミ収集車2台の導入に成功したという成果につながりました。

丸田:前原さんがデータを示して熱意を見せたことで、お互いにやろうという気になったのでしょう。

桑山:私は小学校教育に携わる先生を育てる教員養成学校で、PCの使い方を教えていました。教員経験がなかったこともあり、最初の頃は夜中の2時までかかって次の授業の準備をしていましたが、半年も過ぎれば、準備も指導もスムーズにできるようになりました。PCに興味を持ち、授業外に質問してきた生徒たちとのやりとりもすべて報告するなど、CPとは細かく意思疎通を図りました。こちらが見ている以上に、配属先もこちらをよく見ています。特に私の職場は、元小学校教員の先生が多かったので、皆さん小学校教育のプロ。一挙手一投足を見透かされる感じがして、緊張感を持って仕事をしていました。

下松:確かに、仕事ぶりは見られていますよね。私が配属された日系日本語学校も、同僚はベテランの女性教員でしたから、若手の男性教師がどのように教えるかは気にしていたと思います。先生方は伝統的に「継承日本語」という国語教育の方法にこだわりと誇りを持っていらっしゃったので、私が「外国語としての日本語教育」を実践しようとするのを、あまりよく思っていないと感じる場面が多々ありました。私としては生徒たちの世代はポルトガル語が日常語なので、日本語を国語としてではなく、外国語として学ばせないと定着しないという思いがありました。そこで先生方の信頼を勝ち得るために、いろいろな行事に積極的に出たり、私が得意とするものづくりの面で貢献したりしました。

丸田:そう。聞く耳を持ってもらえるように動くのは大事です。「彼の言うことなら聞いてもいいか」と、相手に思ってもらえたらしめたものですからね。

酒井:私はネパールの農業研究所のきのこ部門に配属されましたが、技術のあった先輩隊員のようにはできなかったため、職場の人たちと相談し、ネパールで手に入る素材と職場の機材を使って各種きのこの簡単な栽培試験をして結果をまとめました。また、農家向けの研修に使うスライド教材も作りました。ネパールは識字率が低く、農家は読み書きができない人も多かったので、文字の資料よりも視覚教材が必要だと思ったからです。とにかく自分にできることを探して、そこから糸口を見つけて、活動を広げていきました。

丸田隆弘さん
丸田隆弘さん
隊員活動は自分から働きかけないと始まらない!
大きく成長できるチャンスです。
                                                                                     
丸田隆弘さん

Text=池田純子 Photo=ホシカワミナコ(本誌)

知られざるストーリー