[特集] 再派遣から任期終了まで
コロナ禍のハンデを乗り越えた先輩隊員

CASE3    待機期間中に「相手がやりたいこと」をサポートする重要性を実感

小池木之美さん
小池木之美さん(ガーナ/学校保健/2019年度2次隊・滋賀県出身)

PROFILE
こいけ・このみ ●看護学部生時代は、バックパッカーやスタディツアーで、アフリカやアジアへ。そのなかには大学の教授から紹介してもらい、協力隊員を訪ねた旅も。卒業後は、国立国際医療研究センター病院(東京)に勤務。3年後、協力隊を志願。

 

待機中のコロナ医療従事
「支援される側」になった

   現在は大阪府内の医療系ベンチャー企業で働く看護師の小池木之美さん。JICA海外協力隊の赴任地はガーナ共和国。子どもたちが通う学校の保健衛生状況を改善するのが任務だった。

学校を巡回し、児童たちに月経衛生などの保健指導を行った。

学校を巡回し、児童たちに月経衛生などの保健指導を行った。「現地教員が教えたほうが子どもたちは内容を理解しやすいうえ、教員にとっても学びになるので、私はフォローに回りました」

「災害や紛争が起きたときに医療支援に行く国際援助団体はたくさんあります。でも、単発のプロジェクトを短期的に実施することがほとんどです。私はもう少し長期的に、現地の人たちと一緒に生活をしながら予防医療をやりたいと思っていました。協力隊の2年間がちょうどよかったのです」

   ガーナに着任したのは2020年1月。小池さんの場合、語学研修をしつつ、3週間のホームステイを経験した。ステイ先はカウンターパートであるヒルダさんの自宅だった。

   ガーナでは、政府が各援助機関と連携して「SHEP(※1)」と略される学校保健教育プログラムを実施している。各学校の教員1名はSHEPコーディネーターを兼務。若い女性に必要な栄養素である葉酸を児童に飲ませるプロジェクトなど、援助団体のプロジェクトの担当窓口や学校内の衛生管理などを務めている。

ヒルダさんが行いたいと言ったSHEP担当教員の研修を実現

ヒルダさんが行いたいと言ったSHEP担当教員の研修を実現

「日本の学校のように保健室の先生はいません。SHEPコーディネーターは普通の先生たちなので、学校保健の知識や意欲にはバラつきがあります。教育委員会のヒルダさんはSHEPコーディネーターを束ねる立場でした」

   各学校には保健室どころか救急箱もなく、水道が通っていない所も多いので手洗い場もない。トイレは囲いや溝があるだけ。衛生状況を改善するためにはどこから手をつけたらいいのか。小池さんは悩むよりも行動に移した。

「先輩隊員が活動する場所にモデルとなる学校がありました。そこを見学させてもらい、ティッピータップ(※2)ならすぐにできると気づいたんです。大きな収穫でした」

   小池さんはヒルダさんに活動計画を興奮気味に提案、賛同を得た。しかし、直後に帰国することになった。

「忘れもしない3月21日。2年間は日本に戻らないつもりだったのでショックでした」

   ただし、現地の生活環境が急速に悪化していたのは事実だ。小池さんは当時を振り返る。

「私が住んでいた地域にはアジア人女性は私一人。街中では『コロナウイルス!ゴーホーム』と言われたり、バスの乗車拒否をされたりしました。2カ月間では人間関係も築けていません。そんな状況でアジアヘイトの雰囲気が高まっていました。もちろん、私を守ってくれるガーナ人たちもいましたが、あのまま居続けていたらガーナを嫌いになっていたかもしれません」

    しかし、日本での待機期間には、嫌な体験を思い出す間もない日々が待っていた。滋賀県が設置した新型コロナ軽症者宿泊療養施設での勤務が始まったのだ。「元々、災害援助にも興味があって看護師になったので、何か手伝えることがあるのが嬉しかったです」

   小池さんは施設に住み込んで働き始めた。療養者の状態チェック、ストレス解消のための散歩コースの設置、お弁当などを届ける職員の感染症対策と、すべきことはいくらでもあった。医療者が足りなかったため、短期交代で病院から医療チームが派遣されてくる。このとき小池さんは「支援される側」を体験した。

日本での活動から。新型コロナ軽症者宿泊療養施設で準備していた医療機器類

日本での活動から。新型コロナ軽症者宿泊療養施設で準備していた医療機器類

「多くの医療チームが来てくれました。現場にとってありがたいチームもあれば、緊急性の低い仕事を増やしていったチームもあった。現場は確かにあらだらけです。でも、まずは私たちが何に困っているかを聞いて、手助けしてくれるチームがいいと感じました」

   支援される側の本音とニーズを聞き出すことの大切さ。小池さんはガーナのヒルダさんに「やりたいこと」ばかりを言っていた自分を思い出した。そうじゃない。母親のような年齢の彼女が困っていること、こちらにやってほしいことを聞くべきだったのだ。

   ガーナに再赴任した小池さん。ヒルダさんの要望をすべて書き出してもらって、それをもとにSHEPコーディネーターに聞き取りを行った。そして彼らを集めた研修の開催にたどり着いた。

「今までは管轄の158校を巡回していました。そもそものSHEPとしての役割を理解していないSHEPコーディネーターもたくさんいて、研修が必要だと考え、それがヒルダさんの希望でもありました。研修を開催することで、先生同士のつながり、保健センター職員と先生のつながりをつくる場にできるかもしれないと思いました」

   小池さんによれば、ガーナ人はディスカッション好き。研修のグループワークでは活発な意見交換が行われた。

   地域によっては葉酸サプリを飲むと不妊になるという迷信もある。児童の親に説明しても、「あなたは学校の先生。医者じゃないでしょう」と言われてしまう。SHEPコーディネーターが窮状を明かすと、「いつでもオレたちを呼んでくれ」と保健センターの職員が応えた。学校と保健センターが現場レベルでつながったのだ。

「私は場を設けただけです。でも、いい場になったと思います」

   失意でしかなかった一時帰国。しかし、その期間に得た学びがあったからこそ、活動先にとっての「いい場」を小池さんは設けられた。

※1 SHEP…School Health Education Program

※2 ティッピータップ…大きめのプラスチック容器に水を入れて設置し、足で踏んで傾けると水が出る、簡易水洗い装置。

小池さんの活動期間と気持ちの変化

2019年1月。ガーナ共和国のセントラル州アゴナ・ウエストに着任。
「ガーナは英語が通じるので、現地のファンティ語を主に学びました」

2020年3月21日。日本に一時帰国。
「活動計画をプレゼンした直後でした」

健康観察期間。「何の役にも立っていない。私は何をしているんだ」と落ち込む

地元の新型コロナ軽症者宿泊療養施設で勤務。
「看護師が足りないと声がかかり、『何かしら手伝えるならば行きます!』と即答しました」

2021年4月。再赴任。「コロナ対策で、ガーナ政府がティッピータップよりも高価な簡易手洗い装置を配っていて、私が計画していたことはすでに実現されていたんです」
カウンターパートの要望を聞き取ることからやり直し、SHEPコーディネーターの合同研修を開催。

2022年1月帰国。

後輩隊員へのメッセージ

新型コロナ軽症者宿泊療養施設の仕事もガーナの活動も、楽しいことばかりというわけではなく、大変なこと、つらいこともありました。でも、目の前のことに集中して、大変な状況も楽しみながら頑張ることで、何事も良い方向に転換するのだと知りました。

Text=大宮冬洋    写真提供=小池木之美さん

知られざるストーリー