PROFILE
いのうえ・けい ● 大学院でエネルギー分野を専攻し、卒業後は大手IT企業に入社し、スマートエネルギー事業に関するプロジェクトマネジメントに5年間従事。退職後、海外インターンシップ(ベトナム)とワーキング・ホリデー(ノルウェー)を経験し、JICA海外協力隊に応募。
一時帰国の連絡を受けたのは、2年間かけて取り組むべき課題を抽出するために、同僚にヒアリングをしていたときだった。
「そのヒアリングに行き詰まっていたので、一時帰国することにはホッとした気持ちも正直ありました」
赴任してわずか2カ月後の帰国。そのときの心情を率直に明かしてくれたのは栃木県在住の井上 敬さん。現在はスリランカ人の友人が経営する中古車販売会社で事務手続きなどのサポートを行っている。
井上さんは大学院卒業後に就職した大手IT企業に5年間勤務した。大規模プロジェクトで若手社員に求められるのは、細分化された役割の厳密な遂行だ。いろいろな問題に対応して人の役に立ちたい、外の世界も見てみたい、という思いが募った井上さんは勤務先の企業を退職。海外インターンシップとワーキング・ホリデーを経験したのち、JICA海外協力隊に応募した。
中小企業センターの経営コンサルタントの同僚たちと、職場で雑談
日本に興味のあるメンバーが多く、最初に赴任した2カ月間は関係構築と課題抽出のためのヒアリングで終わった
「ちょうどスペイン語を勉強していたのでドミニカ共和国を希望し、たまたま希望が通りました。私の配属先は中小企業センターという半官半学のコンサルティング組織です。地域の中小企業をさまざまな側面から支援するために、各地の大学に設置されています」
現地で働き始めて感じたのは、職場でも動画を見ながら歌うほど陽気な同僚たちの歓迎ムード。そして、自分への要求度の低さだった。
同僚のドミニカ人コンサルタントたちはMBAを持っている人もいるほど優秀で、中小企業からの相談案件はそれぞれが十分にこなしている。井上さんを待っていたのは、「具体的な活動成果にはこだわらず、何よりも日本人と時間を過ごすことで刺激を得たい」というありがたいような拍子抜けするような環境だった。
「私が前職で学んだようなハイレベルなITスキルを生かせる案件はありません。ホームページはなくてもいいのでインスタグラムやグーグルマップを活用したい、といった中小企業の要望に応えるのは、私より同僚たちのほうが慣れていました」
まじめかつマイペースな井上さんは「何かしらの課題は見つかるだろう」と思いながら同僚へのヒアリングを続けていた。そのうちに新型コロナウイルスが感染拡大。ドミニカ共和国内で外出禁止令が出て、5日後には日本に帰国することになった。
国内での待機中は同僚たちとはグループチャットでつながり、割り振ってもらった作業はリモートで行った。しかし、それだけでは時間を持て余してしまう。
再赴任後に作った予約受付ページと顧客データベース
「日本で仕事をしている海外出身の友人たちの買い物や役所への届け出をサポートしていました。役所の書類は漢字にふりがながないことも少なくありません。困っている外国人が多いことに気づきました」
ドミニカ共和国に再赴任できたのはちょうど1年後の2021年3月。任期終了まで9カ月間というタイミングでの再赴任だった。職場の状況は変化していて、井上さんが取り組むべき課題が浮上していた。
「コロナの影響でリモートワークが増え、以前みんながいたオフィスには常時1~2人しかいなくなりました。それまでは各自が管理していたコンサルティング予約でしたが、WEBページ上で受けつけて一元管理する必要性を感じました」
予約管理システムを作り始めた井上さん。さらに、講習会などの案内を送る際に使う顧客リストもデータベース化。リモートでのコンサルティング業務を効率化するため、動画で説明できる仕組みも構築した。その過程には利用者である同僚の協力が必要だ。
「制作スケジュールは同僚の合意を得ることを心がけました。『自分がOKしたんだからやらなきゃ』と思ってもらうためです」
ホテルでの滞在を余儀なくされ、オフィスには週に1回しか出勤できない期間もあった。孤独感は募らなかったのだろうか。「短期間で成果を出すことに集中したい時期だったのでむしろ良かったです。オフィスに行くと、出勤している同僚から日本について質問されたりして、おしゃべりで一日が終わってしまいますから(笑)」。きっちり仕事をするものの、友好的でもある井上さんは、同僚の質問に対してまじめに答えていたのだった。
深夜まで音楽が大音量でかかっている家が多いというドミニカ共和国流にも適応し、ひょうひょうとした人柄が同僚からも愛されていたのだろう。たまの出勤時は彼らとの親交を深め、そのほかの時間は課題解決の作業に集中するといった環境が、偶然にも整った。
「コロナがなかったらどんな成果を出せたのかはわかりません。でも、コロナで変わった社会状況に合わせて、自分なりの成果を残せたとは思います」
一時帰国中に在日外国人のサポートをした経験を現在に生かしている井上さん。今、語学だけでなくITスキルも活用してサポートする道を焦らずに模索している。想定外の事態に直面しても「何とかなるだろう」の精神で踏みとどまり、自分のできることを探して実践していくのだろう。
2019年12月派遣国到着。
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2020年1月。任地へ。「教会の敷地で神父さんたちと一緒に寝泊まりしていました。職場には乗り合いバスで通勤していたのですが、混雑しているので感染リスクが高いとされ、再赴任後は町中でホームステイになりました」
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2020年3月23日。日本に一時帰国。「5月ぐらいには戻るのかな、と思っていました」
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「待機」を選び、グループチャットで同僚とやりとり。日本国内で友人の外国人のサポートなどに従事。「数カ月で戻れると思って友人を手伝っていました」
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2021年3月21日。再赴任。「Zoomの使い方講習がすぐに開かれたりしていて、ITの世界は先進国と途上国の境がありません。誰もがどこからでも発信し受信できるのだと改めて知りました」
私はリモートワークがしやすい業務内容でしたし、配属先も歓迎してくれました。コロナ禍でもかなり恵まれていたほうです。ただし、状況が変わっても何かしらできることがある、と信じる気持ちは大事にしていました。「幸せの扉が一つ閉まると、もう一つの幸せの扉が開く」というヘレン・ケラーの言葉を、いま改めて思い出しています。
Text=大宮冬洋 写真提供=井上 敬さん