[特集]JICA健康管理室が監修
派遣国の病気・ケガ対策

在外健康管理員アンケートをもとに考える
「活動中に気をつけたい病気・ケガ」

在外健康管理員(以下、HA)の方々(経験者を含む)から、各地域で多い病気やケガとその予防法についてアンケートに答えてもらった。  ※本企画で使用している写真はイメージです。

皮膚から

デング熱

「今年は特に世界的に流行すると言われていて、注意が必要です」と前出の日髙さん。蚊が媒介する感染症のなかで、アフリカ、アジア、大洋州、中南米と広範囲にわたった地域のHAの方々から声があがった。

▶どんな病気?

   ネッタイシマカなどの蚊によって媒介されるデングウイルスの感染症。4種の血清型が存在し、比較的軽症のデング熱と、重症型のデング出血熱とがある。

「高熱、頭痛・関節痛、目の奥が痛い感じ、熱が下がり始めるときに手足や胸部・体幹に出現するじんましんのような発疹(時にかゆみを伴う)です。重症化すると出血傾向(鼻血や歯肉から出血したりする)、胸水、腹水がたまったり急に血圧が下がったりといったショック症状が現れ、死に至ることもあります」(大洋州HA)

「地方に派遣されていた隊員が地元の医療機関を受診した際、軽い風邪であると診断されて様子を見ていたところ、徐々に強い倦怠感を感じるようになり、緊急で首都まで移送したら、デング熱と診断され、入院して慎重に経過観察をしなければならない重症型のデング出血熱であったケースがありました」(中南米HA)

「帰国直前に発症してしまい、最後の総仕上げの活動ができず、数日任期を延長したケースがありました。忙しい時期こそ注意が必要です」(アフリカHA)

   「軽症のデング熱の症状は発熱や関節の痛みなど、一般的な風邪症状とあまり変わりませんが、たいていの場合は40度近い高熱が出て、呼吸器症状は出ないことがほとんどです」(大洋州HA)

   などの回答があった。

▶予防策・治療法は?

「一度かかったら免疫によって生涯かからないという感染症ではありません。輸血が必要になるようなケースでは、国外移送が必要となる場合もあります。この病気に有効なウイルス薬はなく、対症療法(ウイルスそのものではなく、病気により起こっている症状を緩和させる治療法)と安静が主な治療方法です。解熱剤はアスピリンは出血傾向を助長するため避け、アセトアミノフェン(パナドール、タイレノールなど)を使用します。この蚊は日中に活動しますので、防蚊対策の徹底をお薦めします」(アジアHA)

「蚊に刺されないよう、長袖、長ズボン、靴下、靴の着用で肌を露出しない。虫よけスプレーなどを使用することです(昆虫忌避剤のディート配合虫よけが有効。ただし使用可能な年齢制限があります)」(アフリカHA)

「肌の露出は避けたいものの、高温多湿でずっと長ズボンをはくのも難しい地域もあります。しっかり虫よけを塗る、汗は拭いて皮膚をべとべとさせず清潔を保つ、就寝時は蚊取り線香をたいて蚊帳を張ること。空き缶や鉢植えにたまっている水でもボウフラが発生するため蚊の発生を防ぐ環境整備も重要です」(大洋州HA)

CHECK!
蚊が好むのは? 黒っぽい服 or 白っぽい服

答え:黒っぽい服。蚊は色の濃いものに近づく傾向があるといわれています。ほかに体温が高い人や汗や足の臭いにも寄ってきます。靴下を履き替えたり、靴を乾燥させたりしてから履くことも気をつけましょう。

CHECK!
蚊帳はちゃんと張れていますか?

隙間がなく張れているか、肌に当たらない程度の空間があるかを確認しましょう。
「赴任当初は『蚊帳のなかでは暑くて寝られない』と言っていた隊員たちが、『蚊帳がないとむしろ落ち着かなくなった』と言うようになると、 すっかり現地の生活になじんだのだと嬉しくなります」(アジアHA)
写真:ウガンダの協力隊員の住まい(写真提供=佐藤浩治/JICA)


そのほかの蚊が媒介する感染症

   アフリカ地域のHAの方々から声があがったのが「マラリア」。

   「海岸沿岸部や湖沿岸地域では通年マラリアやデング熱などの熱帯感染症が蔓延しています。また雨期だけにマラリアが流行する地域もあります。マラリア汚染地域での予防薬内服および適切な防蚊対策をお薦めします」といった回答があった。予防薬の飲み忘れには十分注意したい。

   また、「チクングニア熱、ジカ熱も共に蚊を媒介して起こる病気(デング熱よりは軽いものの似た症状)で、ウイルスを持っている蚊に刺されることで感染します」(中南米HA)といった回答もあったため、前出した防蚊対策を今一度確認したい。

動物咬傷

   途上国ではペット、家畜、野生動物など、人と哺乳動物の距離が近い。

「新型コロナウイルス感染症で外出が制限される前までは、犬に咬まれるケースが多くありました。犬に限らず、動物はつながれたり、柵に入れられたりしていないため、注意したほうがいいでしょう」(アジアHA)

「動物咬傷の傷は咬まれた本人が思っているより深いことが多いです。犬に咬まれた傷の手当てが適切でなかったため、傷の深いところから雑菌が入って蜂窩織炎になり、高熱が出て点滴治療になった事例があります。治療が遅れると手足を切断しなくてはいけないこともあるので、動物には近づかない、咬まれない対策が必要です」(大洋州HA)

   日髙さんによると、動物咬傷のなかで最も危険なのは狂犬病だという。

「動物に咬まれたり、傷をなめられたりすると、さまざまな感染症のリスクがあります。特に狂犬病のおそれがある動物の場合は、適切な処置(下記)を行わなければ発症する可能性があります。発症後の治療はありませんので、ほぼ死に至ります」

   任地の住まいでペットを飼う場合にも、注意したい。

CHECK!
狂犬病のおそれのある動物に咬まれたら?

1.すぐ、傷口を流水とせっけんで洗う。できれば消毒もする
2.事務所(HAやVC)に連絡する
3.現地の病院へ行って、狂犬病の曝露後予防接種の相談をする
4.破傷風やその他の感染症の予防治療も相談する
写真:マダガスカルの農村風景(写真提供=久野真一/JICA)


そのほかの皮膚疾患

   蚊以外にも、皮膚のトラブルは多い。各国のHAの方々から注意喚起や予防法の回答が寄せられたものを紹介する。

▶サンダル履きの足元に注意

「大洋州では、完全に乾かしていないと洋服にもカビが生えるほどの高温多湿の地域が多いので、長袖長ズボンで生活はなかなか難しいと思います。虫が侵入しやすい隙間の多い住居が多いため、虫刺され(蚊、アリ、サンドフライ、ダニ、南京虫[ベッドバグ])などによる皮膚科系疾患が頻発します。サンダル履きでの小さな傷や虫食い痕から化膿したり、各所に連鎖的にアレルギー反応が出て重症化したり、原因不明の発疹も多くあります。対処が遅れて長期の療養を要することになった事例は少なくありません。清潔を保ち、早めの処置・対応が重要です」(大洋州HA)

▶かきむしりに注意

「虫刺され、ダニなどの害虫被害、また、その後かきむしって化膿させてしまったり、皮膚炎を起こしたりといった症状の訴えは多いです。日本人の皮膚が柔らかく、弱い傾向にあることが考えられます」(アフリカHA)

▶外干し後に注意

「外干しした洋服にハエが産卵し、孵化した幼虫が衣類から皮膚に侵入し、皮疹を起こす蠅蛆症(ハエウジ症)もあります。洗濯物を外干しした際は、必ずアイロンをかけて死滅させることが重要です」(アフリカHA)

▶ベッドの木枠も注意

「ベッドの木枠の裏などに生息しており、寝具などに卵を産みつける南京虫。寝ている間に刺されることが多いので、ベッドの裏などは丹念に確認を。寝具などに卵を産みつけられてしまった場合は、熱湯で消毒する必要があります。刺されると非常にかゆく、痛いうえに、刺された痕が残るので、事前に対策しましょう」(アフリカHA)

マラリア予防のために蚊帳の使用や修理法、水回りの管理の大切さなどを伝えるブルキナファソの協力隊員(写真提供=飯塚明夫/JICA)

マラリア予防のために蚊帳の使用や修理法、水回りの管理の大切さなどを伝えるブルキナファソの協力隊員(写真提供=飯塚明夫/JICA)

▶出張時に注意

「6月~9月の雨の時季は、湿度が高くなる地域であるため、ノミ、ダニに刺される人が増えます。出張などで利用したホテルで刺される人もいます。就寝時も肌の露出を避けたり、ダニよけスプレーを使用するなどで対策をしましょう」(アジアHA)

▶強い日差しに注意

「赤道直下の紫外線や乾燥などの気候や水質の違いによる皮膚トラブルは多いと思います。肌が弱い人は日焼け止めをこまめに塗り、長袖を着用したり日傘を使うなど、日光に当たり過ぎないようにしましょう」(アフリカHA)

CHECK!
虫対策に、ベッドリネンは
柄物、無地(白)、無地(紺)のどれがいい?

答え:白
  「ベッドに虫がいた場合に気づきやすいためです。虫を見つけたら、写真を撮って拡大して生態を確認しましょう。また、寝る前に粘着カーペットクリーナーでベッドを掃除してから寝ると、多少の虫対策になります」(大洋州HA)


口から

   日本ほど衛生環境が整っていない途上国では、消化器系や呼吸器系の疾患も日常的に起こり得る。

消化器疾患

「外食は揚げ物が多いうえ、古い油で調理したものも多く、油にあたる人もいます」(大洋州HA)

雨水をろ過し、飲み水として使っているガーナの協力隊員(写真提供=今村健志朗/JICA)

雨水をろ過し、飲み水として使っているガーナの協力隊員(写真提供=今村健志朗/JICA)

「下痢症などを含む消化器疾患が起きる原因の多くは、ウイルスに感染している調理者の手洗いが不十分だったり、不衛生な水や食品を食すことが考えられます。病名には、アメーバ赤痢(粘血便や下痢などの症状)やジアルジア症(次項)、腸チフス(高熱、だるさ、発疹や下痢などの症状)などがあります」(中南米HA)

   「途上国で多い病気の一つにジアルジア症(ランブルべん毛虫症)があります。ランブルべん毛虫により汚染された水や食べ物を取ることで感染します。主な症状は、卵の腐ったようなゲップや悪臭を伴うおならや便、水っぽい便、腹痛、吐き気、嘔吐、腹部膨満感、食欲減退などです。治療薬を内服すると症状は治ります。かからないためには火が通っていない食べ物や飲み物を摂取しないことです」(アジアHA)

CHECK!
乾燥地や高地では水分が失われがちです。脱水予防に経口補水液を常備しておくと安心ですが、ない場合は自分でも作れます。
※味がないと飲みづらい場合は、かんきつ類の果汁を加えたり、はちみつで味をつけたりして調整しましょう。

経口補水液の作り方
飲料用水…1リットル
塩…3.5g
砂糖…40g
写真:水道水をろ過器に通した水を飲み水として使うボリビアの協力隊員(写真提供=今村健志朗/JICA)


呼吸器疾患

「地方部は多くが舗装されていない赤土の道路で、また家庭での調理用燃料に炭、木やわらを使用していたり、屋内調理のケースもあるため、呼吸器感染症が多いです」(アフリカHA) 「年中気温が高く、野外は暑く室内はクーラーが効きすぎて体調を崩しやすいため、上気道感染症やインフルエンザを患う隊員もいます」(アジアHA)


その他

歯科疾患

   数年前まで隊員の疾病傾向の1位だった歯科疾患。日本で虫歯の治療をしてから派遣国へ行く隊員は多いが、途上国ならではの問題があるようだ。

「歯に関する問題として詰め物やかぶせ物が外れる、歯が欠けるケースが多いです。粘り気のある食べ物を食べていたときに起こったり、歯の清掃時、フロスに引っかかって取れたり、ご飯に石が交じっていたりして起きます」(アジアHA)

「ご飯に石が交じっていたり、鶏肉料理に骨が入っていたりなど、想定外に硬いものをかんで『歯が欠ける』ケースが多いです」(別のアジアHA)

   日本では、外食時に提供された食べ物に石が入っていたりしたら大ごとだが、途上国では勝手が違う。火が通ったものでもかむときには気をつけたい。

CHECK!
習慣化したい「ベロ回し体操」

かみ合わせのずれの改善で考案された体操ですが、唾液の分泌が促進されることで虫歯予防になったり、脳の迷走神経を刺激して自律神経が整ったり、表情筋が鍛えられたりと、いいことづくめです。毎食後や就寝前などに行いましょう。(日本歯科大学・小出馨名誉教授考案)
方法:唇を閉じ、上下の歯の外側を歯茎に沿って舌をぐるりとなるべく大きく回す。2秒に1回くらいのペースで、時計回り、反時計回りに回す。20回×2クール。慣れてきたら回数を増やしていく。


転倒

   ケガというとスポーツ系の隊員が活動中にすることが多そうだが、「普段運動をしない職種の隊員が、活動外で同僚とちょっとした運動をしたときや、任国外旅行をした際にケガをするケースが多い」と日髙さん。転倒によるケガの事例も寄せられた。

「活動中ではなく、通勤時などに、足首の捻挫や骨折といったケガをした事例があります」(アフリカHA)

「転倒による顔面打撲(歯の破折や顔の骨にひびが入る)がありました。道路がボコボコであったり、夜道が暗いうえ、酔っぱらっていて穴にはまって転んでしまったり、家のなかがタイル張りで、お風呂上がりに滑って転倒、ということもありました」(アジアHA)

   普段運動不足を感じている人は、日頃からストレッチやラジオ体操をするなどして、体をほぐしておこう。

メンタルヘルス

「派遣国で現地の人々と積極的に会話し、2年間充実した活動をしたい」と、思う気持ちは大切にしたいものの、人間関係のトラブルが、精神面に影響を及ぼすこともある。HAの方々から寄せられた事例のいくつかを見ていこう。

「文化や気候、生活の違いはわかったうえで派遣国に来ていても、適応障害(ストレスによる気分の落ち込みや心身の不調)を起こしてしまう人は少なからずいます」(アフリカHA)

「上司との関係がうまくいかず、睡眠不足や食欲不振に陥るケースがありました。上司が悪かったとしても、日本の考え方や常識のままでいると状況は改善しません。上司の良い面を探したり、自分の考えを理解してくれる同僚から上司に話をしてもらったり、考え方の幅を広げられるとよいと思います」(アフリカHA)

「島国で非常に限られた行動範囲と狭い社会ですので、いったん何かのトラブルがあると逃げ場がなくなり、精神的に行き詰まる方も少なくありません。早めに事務所に相談いただくと、事務所からの介入もできます。発覚した時点で自宅に引きこもりになっている例も散見します」(大洋州HA)

   このように、職場やホームステイ先、ご近所づきあいなどの人間関係がうまくいかないケースのほか、セクシャル・ハラスメント(以下、セクハラ)についても、さまざまな事例が上がった。

「大洋州は開放的な雰囲気があり、セクハラ被害は多いように感じます。気候のせいで気分が高揚し、肌の露出も多くなりがちなうえ、飲酒の機会も多いせいかもしれません」(大洋州HA)

「外国人は目立ってしまうので、特に女性は油断せず、現地の慣習や女性に対する視線や考え方をしっかり理解して行動することが必要です(好意をもっていると勘違いされない対策、一人きりにならないなど)。配属先の関係者や、近所の顔見知りなど、身近な人がセクハラの行為者になってしまうリスクもあります」(アフリカHA)

   また、男女のトラブルでは、「隊員側が男性で、ドアを開けた状態であっても、近所の女性と会話をしただけでうわさが立ち、女性の夫から殴られたといった事例もあります。こういったときには金品を要求されるといった事件に発展することも考えられます。男性、女性かかわらずレイプ被害もありえますから、注意喚起は必要と感じます」(別のアフリカHA)という意見もあった。

   人間関係のストレスが大きくなると、「女性は生理不順・無月経になったり、男女とも睡眠に影響が出たり、頭痛・胃痛・食道炎、今までなかったアレルギー症状などで体調を崩し、長引くこともあります」(アフリカHA)というように、さまざまな身体面で不調が生じるケースもあるようだ。人間関係のトラブルは見極めが難しいこともあるかもしれないが、不安がある場合は、早めに在外拠点のHAやVCの方々に相談したい。

CHECK!
先輩隊員たちからは、ストレスがたまったら、好きな音楽を聴いたり、DVDを見たり、首都に上がって買い物をして気分をリフレッシュしたという意見もある。自分なりの気分転換法を見つけてみては。

写真左:エチオピアの首都のカフェ(写真提供=久野武志/JICA)
写真右:キルギスの首都にある音楽CDショップ(写真提供=鈴木革/JICA)

Text=ホシカワミナコ(本誌) illustration=岡村裕美(ベロ回し体操)

知られざるストーリー