失敗に学ぶ
~専門家に聞きました!現地で役立つ人間関係のコツ

今月のテーマ:着任時のコミュニケーションの取り方

今月のお悩み

▶言葉がうまく話せないことで、思うように授業に溶け込めません
(小学校教育/女性)

   配属先の小学校に来て1カ月がたちました。授業の質を向上させるために同僚の授業に参加しています。言語は訓練所と現地の語学学校で学んだものの、イントネーションの違いもあって容易に聞き取れません。

   自分自身もよく考えてからでないと言葉が出てこないので、子どもたちの集中力が持たず、同僚との信頼関係も築けていないように感じます。

今月の教える人

 三枝大地さん
三枝大地さん
チリ/バレーボール/2004年度3次隊・兵庫県出身

協力隊から帰国後、女子バレーボールU20、U23日本代表コーチ、U18日本代表チーム監督を歴任。2020年4月より岩手県紫波郡紫波町の「ノウルプロジェクト」運営責任者。23年開校する学院の学院長に就任予定。並行してバレーボールアンダーエイジカテゴリーへの指導やJOCVバレーボール会会長として、隊員への指導も行う。

三枝先生からのアドバイス

▶まずは相手の話を聞くこと。
言葉が出なければ書いて整理し、翌日になっても伝えるべきことは伝えましょう

   着任してすぐ信頼を得られる人のほうが少ないのではないでしょうか。自分を知ってもらわなければという焦りから、自分のことばかり話してしまう人も少なくないかもしれません。私のお薦めは「自分が話すのではなく、相手の話に耳を傾けること」です。相手のことを知るだけでなく、その言葉の後ろにある文化、人と人の関係性や歴史を知っておくことで、相手への理解度が変わるからです。

   JICA海外協力隊は、着任してみると要請内容に対して課題やニーズが変わっていたということも少なからずあります。まずはカウンターパートや同僚、現場の話を聞き、現場の様子や、何が課題かを見極めることが重要です。話を聞くと、そもそもの課題は別にあると気づくこともあるかもしれません。

   そのうえで、理解できないことがあれば、問いかけてみましょう。ある言動の後ろにある意味を知ることで互いにわかり合えることもあると思います。

   協力隊時代に大学バレーボールの指導とその普及のため、チリへ赴任しました。着任後、1~2週間ほどしたある日、学生の一人が練習中に体育館のコートの床に唾を吐くのを目撃しました。バレーボールをさせてもらう神聖なコートに唾を吐くことは、私にとっては心が折れるほどの衝撃的な出来事でしたが、ほかの学生を見ても気に留める様子はありません。すぐにその場で指導したかったのですが、まだ言語能力が備わっておらず、とっさの一言が出ませんでした。でもこのまま2年間、この行為を容認することはできないと、家に帰って辞書を片手に手紙を書きました。

「皆さんにとってはコートに唾を吐くことは当たり前のことかもしれません。でも、我々バレーボーラーにとって、バレーボールコートは聖域だと考えています。靴の裏が滑るからと唾を吐いて滑り止めにするのはどうだろう」と書き、翌日の練習のときに手紙を読み上げて学生たちに問いかけたのです。

   彼らは、私の話を聞いて「確かに神聖なコートに唾を吐かないほうがいいな」と納得してくれました。そして皆で話し合い、コートの近くに雑巾を置き、コートに入る前に足の裏を拭くことで滑り止めになるといった結論に達しました。

   その後、学生たちとは話ができるようになり、徐々に打ち解けていったのですが、この時点では、学生らとは言葉の壁もあり、まだ完全な信頼関係は築けていなかったと思います。というのも、数カ月たっても、学生との間の空気に距離を感じていたからです。

「話を聞いてニーズを確認したり、会話ができていたりしても、どうも距離が縮まらない」と感じたときには、ほかにも原因があるかもしれません。

   当時、私は訓練所で習った標準的なスペイン語を使って会話をしていました。でも、現地ではチリ特有のイントネーションのあるスペイン語が話されています。赴任から6カ月もたった頃でしょうか。学生をまねてチリのイントネーションのスペイン語で彼らに話しかけてみました。すると、その場の空気がふっと和らぎ、彼らとの距離がぐっと縮まったのです。些細なことかもしれませんが、この一件で学生たちは少なくとも私を受け入れてくれたようです。

   私の着任当初の学生らとの信頼関係はこうして少しずつ築かれました。初めから注意や指導をすることは難しいかもしれません。そんなとき、まずは手紙にして文字で自分の思いを伝える、相手の話を聞く。現地では当たり前のことで気づかないことでも、外から来た日本人だから見えることもあるはずです。

Text=梶垣由利子 写真提供=三枝大地さん
※質問は現役隊員やOVから聞いた活動中の悩み

知られざるストーリー