派遣から始まる未来
~進学、非営利団体入職や起業の道を選んだ先輩隊員

アンフィ合同会社 共同起業

坂本友実さん
坂本友実さん
トンガ/美術/2010年度2次隊・静岡県出身





骨の魅力を伝えたい。
博物館向けの精密な生物模型を製作する会社から発信

「自分で考えて、自分で動く。でも、私一人では何もできないので、みんなを巻き込んで協力してもらう――。協力隊としてトンガで学んだことはめちゃくちゃありました」

アートコースの生徒たちと一緒に垂れ幕(バナー)制作をしたときの様子。「さまざまな団体からバナーを描いてくれと依頼され、だいたい1週間で仕上げました」

アートコースの生徒たちと一緒に垂れ幕(バナー)制作をしたときの様子。「さまざまな団体からバナーを描いてくれと依頼され、だいたい1週間で仕上げました」

   さまざまな生物の精巧な模型製作を手がけるアンフィ合同会社。着色を担当する坂本友実さんは、2018年に共同起業をした際の苦労を振り返りつつ、ベンチャー精神の基礎は海外協力隊時代に培ったと断言する。

   多摩美術大学の卒業生である坂本さん。協力隊としてトンガの首都ヌクアロファにある職業訓練校に派遣され、美術教育を担当した。しかし、トンガでは「アートを学んでも食べていけない」のが現状。職を見つけやすい服飾や調理コースとの格差は歴然だった。

作製したアート作品を生徒自身が販売する様子。「アートでは食べていけない」というトンガの状況に一石を投じた

作製したアート作品を生徒自身が販売する様子。「アートでは食べていけない」というトンガの状況に一石を投じた

「私を含め、歴代の講師が外国人だったのでカウンターパートはいませんでした。アートコースの生徒は最大でも7人。要請書にあった『近隣の中等学校での出張授業』も実現せず、自分から提案して動くことが必要でした」

   坂本さんが特に力を入れたのは、トンガの人たちが「将来美術で食べていくという可能性の幅」を広げること。1年目は大規模な展覧会を開催して生徒に自信を持ってもらった。2年目は看板や垂れ幕、Tシャツなどの注文を外部から大量に受けて生徒たちと制作。販売代金をコースの活動資金に回した。

「調理コースの生徒たちはマンスリーディナーという一般向けの飲食イベントを毎月開催していました。それに乗っかる形で、アートコースもランチョンマットやポストカードなどの土産物を作って販売しました。外国人だけでなく現地の人にも売れたのは快挙です」。販売品は見事に完売。どのような物が売れるのか、どうやって販売するべきなのか。生徒たちは実践を通して学ぶことができた。

ティラノサウルスの実物大頭骨レプリカに着色する坂本さん。骨の魅力を伝える仕事を実現した

ティラノサウルスの実物大頭骨レプリカに着色する坂本さん。骨の魅力を伝える仕事を実現した

   12年末に帰国後、坂本さんはさまざまな職業に就いた。忙しく働く傍ら、静岡県の博物館内のNPO主催の標本作りのワークショップに参加。その職員だった佐々木彰央さんと知り合う。

「アーティストのペイントスタッフを務めたり、古生物や頭骨の標本やレプリカを博物館に納入する会社で働いた経験があったからこそ、生き物の専門家である佐々木さんのお眼鏡にかなう着色ができたのだと思います」

   子どもの頃から生き物全般に興味があった坂本さん。特に動物の骨に興味があり、多摩美術大学の在学時から「ボーンマスター」を名乗って骨とアートを融合させる多様な活動をしていた。一方の佐々木さんには専門家としての蓄積と技術があった。

「佐々木さんは研究活動の成果を学会などで発表し、論文掲載の実績もあります。骨格標本を正確に組み立てるスキルもすごいです」

   そんな二人だから起業できたのがアンフィ合同会社だ。依頼者の意図を反映したレプリカや模型を製作し、博物館の企画展などの需要に応えている。

「3Dプリンターといっても、完成形がそのまま出てくるわけではありません。バリ(型崩れを防ぐためのサポート材)を除去して、積層痕を研磨したあとに正確な色を塗らなければなりません。膨大な手間がかかります」

   本物を知らなければ博物館に展示できるレベルのレプリカを作ることはできない。坂本さんは本物の骨を見ながら着色したり、モデルとなる生き物をもらってきたりしている。

オオサンショウウオの生体模型と骨格レプリカ。「クリエイティブな仕事に見られがちですが、正確な再現が求められる職人的な作業です」

オオサンショウウオの生体模型と骨格レプリカ。「クリエイティブな仕事に見られがちですが、正確な再現が求められる職人的な作業です」

   アンフィ合同会社は佐々木さんの希望で和歌山県紀美野町に設立された。さまざまな生き物たちがいる自然豊かな土地だ。「リアルさをより追求していくためには生き物の知識を深めることが重要なので、自宅でもヒキガエルやイモリを飼育しています」。

   その後、SNS運用とECに秀でた営業担当が入社し、一般向け模型の販売が本格化。「オオサンショウウオ立体壁掛け模型」などの商品が継続的に売れたことで経営が軌道に乗り、現在はアルバイトも含めた6名体制で運営。化石から希少生物のレプリカ・模型製作と販売を一貫して手がける会社に成長した。高校時代からの趣味である「骨」が立派な仕事になったのだ。

   どのような物が売れるのか、どうやって販売するべきなのか。トンガの生徒たちと共に考え抜いた日々が、坂本さんの体のなかに今も生きている。

坂本さんの歩み

1986年、新潟県生まれ静岡県育ち。高校生のとき、牛の頭骨をデッサン。それ以来、骨の形態美に魅了され続けている。

「カバは愛きょうのある顔をしていますが、頭骨はりりしくてカッコいい。大型の脊椎動物全般に当てはまることですが、そのギャップが面白いです」

2006年、多摩美術大学絵画学部に入学。

「冬休みにダチョウ牧場で働いてダチョウの骨を手に入れたり、北海道でのバイク旅行中に白骨化したトドを見つけたり。また、ほかの大学の解剖学の教授と仲良くなり、小動物の骨を大量にいただくこともありました」

2010年、協力隊としてトンガへ。

「何とか乗り切った2年2カ月でした。トンガでは豚を放し飼いにしていて、お祝いがあるときに客人に振る舞う文化があります。豚の丸焼きを食べる機会は多く、食後に頭骨をお土産にもらい、入れ歯洗浄剤で一晩つけ置きにしていました」

2018年、アンフィ合同会社を共同起業。

「最初から順風満帆とはいきませんでした。コロナ禍で博物館が休館になり依頼がゼロに。食費を浮かすためにザリガニやウシガエルを捕まえて食べたりしていました」

2020年、SNS運用とECに秀でた営業担当社員が入社。一般向けの模型の製作・販売が本格化。

「着色作業も下塗りの段階まではほかの人にやってもらえるようになり、少し余裕が出てきました。世界中の骨好きとつながり、アート活動をするのが夢です」

Text=大宮冬洋 写真提供=坂本友実さん

知られざるストーリー