[特集] 活動に+α  応援制度を活用しよう

地域に密着して活動する協力隊員だからこそ、そこで暮らす人々が抱えるさまざまな課題が見えてくる。もちろん一個人ではどうしようもできない課題もあるが、制度を利用することで改善に向かったり、解決できることもある。使えそうな制度があるなら申請してはいかがだろう。今回はJICA「世界の笑顔のために」プログラムと(一社)協力隊を育てる会「小さなハートプロジェクト」を利用し、2年間をより厚みのあるものにした4人の事例を紹介する。

JICA「世界の笑顔のために」プログラム

どんな制度?

サッカーボール、コンパス、アコーディオン、歩行器……。開発途上国で必要とされている関連物品の提供者を日本国内で募集。JICA海外協力隊を通じて世界各地へ届けるプログラム。ジャンルはスポーツ、文化、教育、福祉などの多岐にわたる。国際協力を身近に感じてもらいつつ、途上国に貢献することが目的。次回の公募は2022年秋を予定している。


CASE1   中古でも本物の用具に触れる機会を

中野友絵さん
中野友絵さん
(ネパール/ソフトボール/
2018年度3次隊・愛知県出身)
                                                   

   ソフトボールの名門校である中京大学在学時に全日本選手権3位に入った経験がある中野さん。協力隊員として、2019年1月に赴いたのはネパール。ソフトボールはおろかベースボールという言葉すら聞いたことがない人がほとんどという国柄だ。

日本から送られてきたソフトボール用具。「ボールは思った以上の数を送っていただきました」

日本から送られてきたソフトボール用具。「ボールは思った以上の数を送っていただきました」

「インドの影響もあってクリケットは盛んです。投げることと打つことはなんとかできる人が多いのですが、野球やソフトボールの道具やルールにはまったくなじみがありません。クリケットのように、野球のボールを素手でキャッチする人もいました」

   子どもたちに至っては野球やソフトボールの用具の使い方もわからない。グローブを逆の手にはめたり頭に乗せたりというかわいらしい反応だった。

   前任隊員が指導していたソフトボールチームは中野さんの赴任時には解散してしまっていた。野球・ソフトボール協会という団体はあり、社会人の野球チームは数少ないながらも活動していた。西アジア大会優勝を目指す男子の野球ナショナルチームもあり、アメリカ人のヘッドコーチが指導。中野さんもコーチとして加わった。

   草の根活動としては学校に通う子どもたちへの普及と指導がある。ネパールの公立中学校には体育の授業がなく、生徒がスポーツをする機会がほとんどない。学校の教師からも要望があった。

グローブやボールが追加されたことで、一人ひとりが用具を使って練習する時間が増えた

グローブやボールが追加されたことで、一人ひとりが用具を使って練習する時間が増えた

「ソフトボールでなくてもよかったのだと思います。新しいスポーツの授業が求められていました。授業は男女混合で行いました」

   中野さんは前任者が残してくれたソフトボール用具を持って各校を巡回。素振りの練習をするようなレベルではないのでバットは数本あれば足りる。しかし、グローブとボールはたくさんほしい。足りなければキャッチボールすらできないからだ。

   ネパール国内には野球用品店が存在せず、道具は誰かが海外から持ち帰るしかない。逆にいえば、新品のブランド品をわずかに導入しても、数が不足して無用の長物になってしまう。

   企画調査員[ボランティア事業](以下、企画調査員)から制度のことを聞いた中野さんの申請内容はまずグローブ15個。30人クラスの半分にあたる数だ。そしてベース一式(4個)と練習用のソフトボールを申請。赴任から約半年後、19年秋のことだ。

「練習環境を少しでも整えるために、使える制度はすべて使おうと思いました。荷物が届いたのは翌年1月です。それから1年間は活用できるはずだったのですが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で2カ月後には帰国することになってしまいました」

バットやグローブを触ったことがないネパールの子どもたち。中野さんは持ち方から教えた

バットやグローブを触ったことがないネパールの子どもたち。中野さんは持ち方から教えた

   中野さんが驚いたのは、ボールは段ボール2箱分など想定以上の数が届いたことだ。すべて中古品だが、初めてソフトボールに触る生徒たちには十分。一人でも多くの人が用具を使うことを主眼に置けば、質より量が重要なのだ。

   中古でも貴重な用具であることには変わりない。中野さんはあえて新品の値段を伝えて大切に扱うことを周知。ボールが遠くに飛んでいってしまったときは、子どもたち自身が見つけるまで捜させるようにした。

「グローブを乱暴に扱った子には周囲の子が『投げるな!』などと注意してくれました」

   各学校に譲渡するほどの数はない。用具は授業後に中野さんが回収、在任中は自宅で管理していた。帰国する際にはカウンターパート(以下、CP)にすべての用具を托し、新型コロナウイルスが収束した際には学校巡回を再開するように依頼した。

「CPは自分たちのクラブチームがあり、道具もそろっています。でも、子どもたちが使える道具は学校にはほとんどないのが現状です」

   一時帰国中はオンラインで社会人チームの指導を行った中野さん。ネパールにソフトボール経験者の後任が赴き、道具を活用してくれることを期待している。


CASE2   貴重な5台の車椅子で病院機能を改善

長嶺快多
長嶺快多さん
(パプアニューギニア/理学療法士/
2018年度2次隊・鹿児島県出身)                                                             

   理学療法士とは簡単にいえば患者の運動能力の回復や強化を手助けする職種だ。例えば寝たきりの状態から日常生活に戻るためには、座る、立つ、歩くといった基本的な動作を改めて学ばなければならない。

「車椅子の使い方指導も理学療法士の仕事です。生活環境はバリアフリーとは限りません。段差もあれば坂道もあります。自分で前輪を上げてバランスを保ったり、坂道を上る体力をつけたりするには訓練が必要です」

簡易車椅子は廃材などを加工して自作。現地ではどうしてもつくれないものだけを「世界の笑顔のために」プログラムで申請した

簡易車椅子は廃材などを加工して自作。
現地ではどうしてもつくれないものだけを「世界の笑顔のために」プログラムで申請した

   はつらつとした表情で教えてくれるのは「運動大好き」を公言する長嶺さん。子どもの頃から水泳に親しみ、空手などの格闘技にも取り組んできた。今も筋肉トレーニングは欠かさない。

   そんな長嶺さんが協力隊の理学療法士として赴いたのはパプアニューギニア。犯罪件数が比較的多く、日常的に注意が必要で、政情不安による行動制限もあったと振り返る。首都以外では病院の数が極端に少なく、医療や福祉に必要な機材がほとんどない。

「州に設備の充実した病院が一つしかなく、電子機器はX線装置ぐらいしかありません。リハビリ器具も使い古された歩行器があるぐらいでした」

   一方で、脊髄損傷などの重大なけがを負う人はたくさんいる。強盗などの銃撃、ココナッツ収穫時の事故、サメやワニといった野生動物の襲撃などが原因だ。衛生状況も悪く、虫刺されから病原菌が脳に回って小児まひを起こす子どもも絶えない。回復のためには理学療法が欠かせないが、理学療法士という職種はほぼ認知されていない。

   そんな状況でも長嶺さんがパプアニューギニアを大好きになったのは仕事熱心なCPと同僚のおかげだ。みんな笑顔で前を向いていた。長嶺さんによればパプアニューギニア人は手作業が得意で、優秀な義肢技工士もいる。

日本から届いた車椅子は5台。各病棟に1つずつ設置し、大いに役立てられている

日本から届いた車椅子は5台。各病棟に1つずつ設置し、大いに役立てられている

「廃材で何でも作ることができて、松葉づえなどは朝飯前でしたね」

   車椅子をみんなで自作したこともある。余命わずかしかない女性患者を家に帰らせてあげるためだ。材料は自転車のホイール、鉄パイプ、プラスチック製の椅子など。

「もちろん自走はできません。押してもらえればなんとか移動できるレベルです。ジャングルのなかに小さな子どもたちと一緒に住んでいる方だったので、川はおんぶして渡りました」

   現地では、一般的な自走式の車椅子は病棟にすら少ない。トイレに行くことができずに失禁してしまう患者もいるぐらいだ。

「日本で買えば2万円ぐらいなのに、オーストラリアからの輸入品は7万円以上もしました。地方の病院ではとても買えませんし、首都の病院が多く買うため在庫もありませんでした」

   赴任からちょうど1年後、長嶺さんは「世界の笑顔のために」プログラムのリストのなかに「車椅子」があることを発見。すぐに申請することにした。

   五つの病棟にはそれぞれ使い古しの車椅子が1台あるのみ。あと2台あれば、患者の誰かが移動で使っていてもほかの患者はトイレなどに行くことができる。

   10台申請して届いたのは5台。それでも各病棟に車椅子2台ずつという体制をつくることができた。送られてきたのはいずれも中古品だが、病院で使い古されたものよりは明らかにキレイで機能面でも優れていた。スタッフも患者も大喜びで、大事に管理した。

日本から送られてきた車椅子。体を固定して自走できるタイプは現地では大変貴重

日本から送られてきた車椅子。体を固定して自走できるタイプは現地では大変貴重

   新型コロナウイルスの影響で長嶺さんの滞在期間は1年半に短縮された。それでも、届いた車椅子の管理体制まで見届けることができたと振り返る。

「スタッフカウンターの裏が車椅子の置き場所に決められていました。本当に必要な機材なので、誰かが使っていたら『早く持って帰ってきてくれよな』と声をかけ合っていました」

   同僚と意気投合して現地の医療改善に取り組んだ長嶺さん。必要性を強く感じて申請し、送られてきた車椅子は今も病院で使われている。


ココに注意!   申請は早めが吉

「世界の笑顔のために」プログラムは、申請があった物品を日本国内で広く募集し、送り届ける。中野さんも長嶺さんも申請から到着まで4カ月はかかったと証言する。「物品の到着が遅くなればなるほど自分が責任を持って管理して使用できる時間は短くなってしまいます」(中野さん)

   しかし、地域で何が本当に求められているのかを見極めるためには時間と経験が必要だ。着任1年後に車椅子を申請した長嶺さんは「取捨選択」の重要性を強調する。

「脊髄損傷などの患者さんをケアするためにも、病院で一番大きな問題は車椅子の不足だと認識しました」

   この制度はグローブなどの小さなものしか申請できないと思い込んでいたと明かす長嶺さん。過去に募集した物品リストを見返したところ、車椅子を発見。急いで申請した。

「ただし、車椅子のように大きなものは輸送費も高くなります。現地で買ったほうが安いようなものであれば、頼むべきではないでしょう。ただ使いたいからという判断で申請すると、その後の活動がやりにくくなる恐れもあります」

   長嶺さんたちは車椅子を自作していた。しかし、車輪を自分で回して進めるような高度なものは作れない。ハンドリム(自走用車椅子の後輪の外側についている輪)だけでなく、タイヤすら手に入らなかったからだ。

「後ろから押してもらってホイールだけでガタガタしながら移動する椅子を作るのが限界でした」

   だからこそ、日本の施設で普通に使われているような車椅子の希少性を痛感できた。申請書には「成人用の車椅子で年式・型は問いません」と記した。5台も集まったのはこの付記があったからかもしれない。

   車椅子が届いたときはスタッフにも患者にも大喜びされた。しかし、その直後に「松葉づえも20本送ってもらってくれ。日本のものが見たい」と周囲から求められたという。

「ほかの隊員も経験していることだと思いますが、途上国ではモノやカネを求められることが多いです。しかし、協力隊の本来業務は技術や知識を供与して地域社会に貢献することです」

   松葉づえならば病院スタッフが自作できることは1年間の活動でよく知っていた。それなのに安易に応じたらそのスタッフの仕事とやる気を奪うことになりかねない。「見るだけのために 20本も要らないだろう。車椅子以外は申請できない」とはっきり断ったと長嶺さんは振り返る。

「自分の置かれた環境をよく見て、本当に必要なものだけを選ぶべきだと思います。そうしないと、協力隊が新しいモノを与えるだけの存在と見なされてしまいます」

   何を申請するかは慎重を期するべきなのだ。ただし、物品の「質」にこだわり過ぎず、「量」に重きを置く視点も大切だと中野さんは強調する。

「ソフトボールになじみがない人たちが高級な用具を手にしても、価値がわからず、適切な管理もできずに、宝の持ち腐れになってしまいます。使い古した用具であっても、一人でも多くの人が同時に使える量があったほうがいいと思います」(中野さん)

   なお、自分が帰国しても適切に使ってもらえるかという視点も必要だ。実は、長嶺さんが本当にほしいと思ったのはCT装置だったという。

「レントゲンでは骨しか映らず内臓の様子がわからないからです」

   しかし、仮にCT装置が届いて使い方を現地スタッフに教えたとしても、故障したら一巻の終わりだ。先を見通す視点が求められる。

   現地で本当に求められ、多くの人に頻繁に使用されて、価値を認められるモノならば、管理体制も整いやすくなる。中野さんを介して届けられたソフトボール用具は、子どもたち同士が注意し合うほど大切に扱われた。長嶺さんの車椅子は各病棟で置き場がちゃんと確保され、なくてはならないモノになっている。

   自分が帰国したあとも長く大切に使われるようなモノを精査し、必要な数を申請する。これがこの制度を利用するコツだといえる。

申請の流れ

JICA青年海外協力隊事務局(以下、事務局)から在外拠点に要望調査の依頼

企画調査員が各隊員に当プログラムの情報共有

隊員が配属先や活動先で要望調査

当プログラムを利用する場合、隊員が要望調査票に記載して、企画調査員に提出

在外拠点で査定し、適切と判断されたものを要望として事務局に提出

要望のあった物品を事務局で採択。
結果を隊員に告知し、採択された物品は公募(約1カ月間)

物品の輸送

物品提供者への礼状発送

Text=大宮冬洋 写真提供=ご協力いただいた各位

知られざるストーリー