派遣から始まる未来
進学、非営利団体入職や起業の道を選んだ先輩隊員

故郷の町で多様性促進に努める

山口考彦さん
山口考彦さん
パラオ/文化財保護/ 2003年度2次隊・山形県出身





皆が共生できる地域づくりを

   1993年のアメリカ留学から約25年ぶりとなる2018年に、故郷の山形県鶴岡市へ戻った山口考彦さん。地元にある外国人技能実習生の監理団体で、専務理事として実習生の円滑な出入国や、仕事・生活の支援をしている。取り組みは外国人支援にとどまらず、障害者、LGBTQ(※)、シングルマザーなどの自立支援や雇用の分野で、地元企業向けのアドバイザー活動にも着手した。さらに、「地域共創コーディネーター」というグループに所属して地域の課題解決の会合で司会役を務めるなど、社会貢献活動にも積極的だ。山口さんが目指すのは何か。

パラオでの隊員活動時代。配属されたベラウ国立博物館の館長と (「ベラウ」はパラオ語でこの地の通称)

パラオでの隊員活動時代。配属されたベラウ国立博物館の館長と (「ベラウ」はパラオ語でこの地の通称)

「考えの異なる人に変化を求めるのではなく、誰もがありのままに共存して助け合える社会をつくることです」

   その思いの原点には、パラオでの協力隊活動がある。

   山口さんはアメリカのコロラド大学で文化人類学を学び、卒業後に現地でしばらく働いたあと、02年に帰国を決める。日本への帰路の途中、シニア海外ボランティアとしてドミニカ共和国に赴任していた母・考子さん(SV/文化/2000年度0次隊)を訪ねた。そこで出会った協力隊員に共感し、協力隊へ応募。職種は文化財保護、派遣国はパラオだった。03年にパラオのベラウ国立博物館へ赴任すると、物事の進行の遅い状況を目の当たりにした。

「翌年パラオで開催される太平洋芸術祭の主会場となる新館の建設が大幅に遅れ、皆ピリピリしていました」

   そこでは、出稼ぎのフィリピン人労働者たちが寝食を削って働く一方で、パラオ人側は工事の遅れは外国人労働者のせいだとし、責任をめぐる対立が起きていた。山口さんは立場の異なる両者を融和させる〝中和剤〟が必要と意識した。「いずれの立場でもなく中間に入る」というスタンスで、それぞれの話を聞き、彼ら自身が良いと思う解決策を引き出そうと努めた。結果対立は治まり、開催直前に新館はどうにか完工し、芸術祭は成功に終わった。

フィリピン人の技能実習生たちと

フィリピン人の技能実習生たちと

   博物館での展示・保存方法についても、山口さんはこれまでのやり方を否定する立場を取らないよう心がけた。自身が派遣前に学芸員の実地研修を終えたばかりの〝新米〟だと自覚していたからだ。「ここはどうしたら一番良いでしょう」「なぜそうしているのですか」と聞くと、パラオ人のカウンターパートは一緒に考えてくれた。

   協力隊活動のなかで、文化の異なる者同士の橋渡しとなることや、考え方の異なる者と対話しながら課題解決の道を探ることを実地で経験した山口さん。帰国後は駒ヶ根訓練所での勤務を経て、08年に開発援助の手法を学ぶため政策研究大学院大学へと進学。在籍する大勢の留学生と接するなかで改めて、異なるバックグラウンドを持つ人と関わることが自分らしさだと実感したという。11年からはJICAの人間開発部に所属して、国内大学への留学生の受け入れや、職業訓練・労働安全衛生を海外に技術移転するプロジェクトなどを担当し、多くの国を訪れた。

「数々の国での出会いや経験が、他者との差異への好意的な認識につながり、異なる文化や考えの仲立ちをすることに何より充実感を覚えます」

   協力隊に入るきっかけを与えてくれた考子さんの死去に伴って鶴岡市に戻った山口さん。こうして、今は地元でマイノリティの人々も生きやすい地域づくりに努めている。

アマゾン資料を活用したワークショップの様子

アマゾン資料を活用したワークショップの様子

   そうした傍ら、19年には一般社団法人アマゾン資料館を設立し、文化人類学研究者の父・吉彦さんが南米奥地で収集した工芸品や標本など約2万点の資料の保護・活用を手助けしている。吉彦さんが掲げる、アマゾンの生物多様性や先住民の暮らしの知恵に見いだされる「共生」のコンセプトを展示などの手段で発信することは、目指す多様性の促進のテーマとも合致する。

「広く手を出し過ぎて、何に向かっているのか見失いそうなときもあります」と苦笑する山口さんだが、「通底するのは多様性を広げる仕掛けづくりです。私にできるのは、異質なものに抵抗や無関心を示す人が、多様な人々と関わって『人間の本質は大して違わない』と気づける場を設けることです。鶴岡をより〝カラフル〟な場所にするためにも、いろいろな人を巻き込んでいきたいです」。

山口さんの歩み

1976年、ブラジルのベレン在住の両親のもとに出生。

1996年、米コロラド大学に入学。文化人類学を専攻した。

2003年、青年海外協力隊員としてパラオへ赴任。

国立博物館の新館立ち上げの企画と、2004年にパラオで開催された第9回太平洋芸術祭が良い思い出です。

2008年、政策研究大学院大学に入学(2010年修了)。

国際開発プログラムで、マクロ・ミクロ経済学や統計分析、参加型企画の手法など多くを学びました。

2011年、JICAに入職。人間開発部に勤務する。

7年ほどの勤務期間のなかで高等教育チームや社会保障チームに配属され、さまざまなプロジェクトの立ち上げに携わりました。

2018年、鶴岡市へ帰郷。

2019年、一般社団法人アマゾン資料館を設立し、代表理事に就任。父・吉彦さんの集めた資料を活用したイベントを行う。

アマゾン資料の〝面白さ〟を広く伝えるため、父の思いと現在の日本人の関心事を結ぶ、いろいろな観点からの見せ方を試行錯誤しています。

2021年、市内の外国人技能実習生の監理団体、山形専門産業協同組合の専務理事就任。

フィリピンからの実習生たちが地域社会や企業に溶け込み、活躍し、コミュニティとの良い相乗効果を生み出す仕組みづくりに取り組んでいます。

※LGBTQ…レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシャル(両性愛者)、トランスジェンダー(生まれたときの性別と自認する性別が一致しない人)、クエスチョニングないしクィア(自分自身のセクシャリティを決められない、または決めない人)の頭文字で、性的少数者を指す。

Text=りり~郷 写真提供=山口考彦さん

知られざるストーリー