年末年始は特に注意を!
[特集] セルフディフェンスの見直しと徹底
~派遣国における安全対策~

年末年始に向け、12月は世界的に犯罪や交通事故、テロ事案などが増える時期といわれる。加えて、今年は新型コロナウイルスの流行や物価高騰など、社会・経済の混乱などにより、世界的に治安が悪化する傾向にあるという。派遣国で地域の人々と共に活動するJICA海外協力隊員(以下、隊員)にとっては、地域に溶け込みながらもより緊張感を持った行動が必要になる。本記事でJICAの安全管理体制を確認すると共に、セルフディフェンスの基礎を見直し、安全対策を徹底していこう。

あなたの身にも起こり得る、先輩隊員が遭った事件・事故

事件・事故はいつ訪れるかわからない。大きな被害を受けた2人の先輩隊員が、「隊員が少しでも安全に過ごすための参考になるなら」と話してくれた経験談を紹介する。

CASE1

澁谷政治さん
澁谷政治さん
ウズベキスタン/観光業/2004年度3次隊・北海道出身

被害報告書
事案名:交通事故(衝突事故)
発生地域:アジア
発生場所:砂漠
発生時間帯:日中(平日の午前中)

   ウズベキスタンで交通事故に遭った澁谷政治さん。任地外の活動イベントに参加するため、早朝から5人乗りの乗り合いタクシーに乗車した。目的地までの400kmの道のりは周囲に何もない土の砂漠とあって、運転手は時速120kmで走行していたという。

観光案内業務中の澁谷さん(左)

観光案内業務中の澁谷さん(左)

   ところが、対向車線から車の列が向かってきた。ウズベキスタンでは結婚の際、新郎新婦をはじめ親戚などが街を練り歩き、地方では飾りつけをした車数台に乗り込み移動して祝う風習がある。澁谷さんが乗ったタクシーと衝突したのは、そのうちの1台だ。

「新郎新婦に喜んでもらおうと思ったのか、親族の若者が乗った2台がカーチェイスをしながら向かってきました。1台がもう1台に急な追い抜きをかけてきて、こちらのタクシーは避けられずに正面衝突しました」

   運転手の背後のシートに乗車していた澁谷さんは一瞬気を失ったが、目が覚めたときには運転手と共に車内で挟まれており、左ドアのガラスの破片が顔面から上半身に刺さって血だらけの状態だった。ほかに乗車していた3人は車外に飛ばされ、指を切断している乗客もいた。死者こそ出なかったが、対向車も含めた全員がケガをし、現場は惨状と化していた。「痛みを感じる間もなく必死で車外に出ました。トランクにパソコンを入れていたので『荷物を出してくれ』と周囲に懇願したことは覚えています。その後、企画調査員[ボランティア事業](以下、VC)に電話をかけましたが、声が出ない。それで口のなかにガラスの破片がたくさん入っていることに気づきました」。

事故後のケガの様子。もう少しで目にも傷を負うところだった

事故後のケガの様子。もう少しで目にも傷を負うところだった

   澁谷さんは現場近くの診療所で応急処置を受け、さらに近くの都市に車で移動して看護師隊員に処置をしてもらい、飛行機で首都の病院に搬送された。それから1カ月余りの療養生活を送ることになった。

   人が運転する車に乗る場合、こうした事故を防ぐにはどうしたらいいか。「『何か変だな』と感じた際には、具体的な行動に移したほうがいいと思います。ウズベキスタンでは、長距離の乗り合いタクシーは同乗者と安全祈願のお祈りをして出発することが多いのに、この運転手はしなかった。少し不安を感じていたところ、砂漠に入ってスピードを出したので、眠らずにしっかり前を見ていました。おかげで瞬時に身構えられました」と澁谷さん。

   しかしながら、スピードを落とすように注意したり、不安を感じた時点で降車したりしなかったことは後悔している。今でも時々事故の瞬間を思い出し、恐怖を感じることがあるそうだ。



CASE2

鈴木聖哉さん
鈴木聖哉さん
ニカラグア/野球/2016年度2次隊・岩手県出身

被害報告書
事案名:拳銃強盗
発生地域:中米
発生場所:首都・ホテル近くの歩道
発生時間帯:6月。平日の午後、明るい時間帯

   鈴木聖哉さんは、ニカラグアの首都からバスで40分ほどのマサヤ県で子どもたちに野球を教えていたが、社会保障改革を発端とした反政府デモが勃発。同国で活動するほかの隊員と共に一時避難のため、首都に集められていた。

   被害に遭ったのは、事態の収束が見込めず、在外事務所で帰国についての説明を受けた直後だった。お昼過ぎの明るい時間帯に、事務所から徒歩10分ほどの距離にあるホテルへ同期隊員と向かう途中、ピストルを持った強盗が現れ、金品を要求された。

「2人乗りのバイクが我々を追い越して止まったと思ったら、1人が降りて早口で何かをまくしたてながらこちらに歩いてきたんです。見ると手にピストルを持っていたので、同期も私も無抵抗で持っていたバッグを渡しました。ポケットも触られ、入れていたスマートフォンも取られてしまいました」

   強盗が去るまで1~2分と、あっという間の出来事。発生場所は大通りから1本入った人けが少ない道だったが、ホテルに向かうには通らなければならない道だった。バッグにはタブレット端末と帰国のために下ろしてきた現金や支給されたばかりの避難手当(日本円で合計10万円程度)が入っていた。

子どもたちに野球の楽しさを広める鈴木さん(中央)

子どもたちに野球の楽しさを広める鈴木さん(中央)

「中米でも治安が良く、気をつけていれば夜間に歩くこともできる国だったのに……。自宅近くは『革命の聖地』で家に荷物を取りにいくこともできず、リュック一つで首都に避難していました。ニカラグアでの思い出の写真がたくさん入ったスマートフォンやタブ レットを取られたのが特に残念です」

   すぐに事務所に引き返して被害を伝えたが、現地の警察は反政府デモ対策に追われて出払っており、泣き寝入りするしかなかった。

   5分前に1人でホテルに戻った女性隊員は被害に遭わなかった。また、一部始終を見ていた道沿いの雑貨店の店主からは、「この辺りを何回も周回するバイクがいた」といった証言も出てきている。鈴木さんに被害を小さくする方法があったか聞いたところ、次の答えが返ってきた。

「デモに伴う治安の悪化に鈍感だったかもしれません。ニカラグアで1年8カ月活動し、首都には何度も来ていたこと、男性2人だったので多少の気の緩みもあったと思います。シークレットポーチを使うなどして貴重品を分散したり荷物を最小限にしておけば、被害は少なくできたのかもしれません。訓練所で習った無抵抗主義が思い浮かびましたが、ピストルが小さかったので、『おもちゃでは?』と疑いかけました。しかし同期隊員がすぐ荷物を渡したので、私も『無抵抗で』と考えを改めることができました。のちに外国人への暴行事件も起きたので、無抵抗だったから物だけで済んだと思います」


あらゆる事件・事故に備えるJICAの安全対策の体制

冒頭に2人の先輩隊員の実例を紹介したが、未然に事件・事故を防ぐために、また実際に事件・事故に遭ったときに備えて、JICAの安全対策はどのような体制かを知っておこう。安全管理部に取材した。

   隊員をはじめ、JICAの在外拠点の職員やスタッフ、専門家、本邦からの出張者など、JICA関係者の海外渡航件数は年間2万人を超える。その安全管理を担うのが「安全管理部」だ。各国・地域の担当者が所属する「安全対策第一課」「安全対策第二課」、安全対策研修や教材・機材の準備、制度面での検討などを担当する「計画課」があり、総勢38人。警察の豊富な経歴を持つ【安全対策アドバイザー】4名も所属し、専門的見地から具体的な安全対策を助言する。また派遣前訓練や現地への巡回指導を通じ、個人の安全意識や行動変容に働きかけを行っている。

   このほか、世界約100カ所にあるJICAの全在外拠点には安全担当の事務所員や次長(もしくは所長)がおり、現地の事情に詳しい安全対策アドバイザーを配置する。「すべての関係者が安全に渡航し、安全に業務や活動を行い、安全に帰国する。その結果にコミットするのが安全管理部です」と、計画課の大宮航時課長。

   隊員の安全対策は、派遣前訓練で実施される安全対策講座から始まる。在外拠点では到着時のオリエンテーションに加え、年に数回、安全対策連絡協議会を実施し、各国・地域に合った安全対策を取っている。新型コロナウイルス感染拡大による隊員の一斉帰国から、派遣は再開され始めたものの、既に被害報告が出ており(下枠参照)、なかには重大な被害につながりかねなかった事案も含まれているそうだ。

JICA 海外協力隊員の被害は?

(2020年秋頃からの派遣再開~ 2022年9月上旬の一般犯罪の件数より)

1位 スリ………………人混みで気づかないうちに貴重品を盗まれる
2位 置き引き…………置いていたはずの貴重品がなくなる
3位 ひったくり………スマホやバッグをいきなり奪われる
4位 空き巣……………留守宅に侵入されて貴重品を盗まれる

   安全管理部に席を置く安全対策アドバイザーの市橋幸夫さんは「事件・事故に遭遇したり被害に遭いそうになったりしたときには、すぐ担当のVCに連絡を取ってほしい」と重要性を強調する。現地警察が事件として扱う可能性を踏まえ、状況が許すなら現場の証拠写真なども撮っておくといいそうだ。

   再発防止の観点からは、事件・事故後に作成する「犯罪被害報告書」が重要になる。被害(未遂も含む)に遭ってしまった隊員は様式に従って報告書を作成、在外拠点で確認・コメントを加えたものが、本部に提出される。「安全管理部ではまず安全対策アドバイザーが報告書を確認し、今後同様の被害や二次的被害が起きないよう、部でまとめたコメントが在外拠点に返送されます。在外拠点では、そのコメントを参考に対策をとったり、他の隊員への注意喚起に生かしたりする体制を取っています」(市橋さん)

   しかし、22年8月ごろには特にアフリカ地域でスリ・盗難・路上強盗などの犯罪被害数が急増した。多くはちょっとした注意を怠らなければ、避けられた事案と分析されている。

「健康で犯罪被害に遭わずに2年間活動して帰国すること」が至上命題だが、隊員自身の行動や意識なくして、これは達成し得ない。協力隊事務局としても、犯罪被害はいかに未然に防ぐかが重要という考えがある。そのため、自分の行動を見直し、律するような意識づけを目的として、派遣中隊員に対し、小林広幸局長から注意喚起メッセージを発出したり、安全管理部の協力も得て安全対策セミナーを実施したりしている。

協力隊員への安全対策の体制

Text=ホシカワミナコ(本誌) 図版作成=岡村裕美   写真提供=澁谷政治さん、鈴木聖哉さん

知られざるストーリー