日本各地で、宿を経営する協力隊OVたちがいます。場所もバックグラウンドもさまざまですが、途上国の人々と共に奮闘した元隊員が、今は日本の地域に根を下ろして活動しています。
長崎大学多文化社会学部の「海外学生向けサマープログラム」のフィールドワークも受け入れている
森田屋の外観
長崎市と佐世保市の中心地から車で約1時間、角力灘に面した西彼杵半島の海・山・川に恵まれた自然豊かな小さな集落・西海市大瀬戸町雪浦に、「雪浦ゲストハウス森田屋」(※1)はある。
この地域で初めての宿泊施設で、雪浦村時代の村長宅だった築90年の古民家を改築したもの。サーフィン、磯遊びなどのアクティビティはもちろん、農業体験、さらに近くには15万枚ものレコードを所蔵する全国でも珍しい「音浴博物館」もあり、さまざまな目的で滞在できる宿だ。
渡辺督郎さんが代表を務めるNPO法人「雪浦あんばんね」(※2)が都市部との交流人口を増やそうと地域おこしを行うなかで生まれた。1階はイベント会場を兼ねたコミュニティカフェになっており、宿は旅人と地元の住民との交流の場でもある。
宿が面している雪浦川
1987年に渡辺さんがソロモンでの3年の青年海外協力隊員生活を終え、移り住んだのが幼い頃を過ごした雪浦。ソロモンの村で体験した、モノがなくても平和な「本当に豊かな暮らし」を日本でも送りたいと考えたからだ。
当時から人口減が深刻な過疎地域だったが、友人で協力隊OBの陶芸家が移住してきたことをきっかけに窯開き展を行うと、遠方から人が来てくれることがわかった。99年からは、渡辺さんの発案で町ぐるみのイベント「雪浦ウィーク」を開催するようになった。ゴールデンウィークの数日、地域の人々が自宅や工房を開放し、訪れた人に集落を歩きながら人々と交流してもらうものだ。
渡辺さんは雪浦で学習塾経営と無農薬有機農業を行いながら、JICAの企画調査員(ボランティア)としてソロモン、フィジーに赴任した。2007年から11年までは自身3度目となるソロモンでJICA支所長を務めるなど、協力隊を支える仕事を通算で10年続けた。
1999年から開催している雪浦ウィーク
05年の近隣4町との合併前には旧大瀬戸町で町会議員を務め、地元の人々からの信頼が厚かった渡辺さん。「そろそろ戻ってこい」という声に応えて地域おこしに本格的に取り組む決意をしたのは、渡辺さん不在の間も地元の人たちが雪浦ウィークを開催し続けてきたことが大きかった。また、当時、国の事業仕分けで「協力隊から帰ってきたOB・OGが日本でどう活躍しているのかが見えない」と指摘されたことが悔しく、「やらんばいかん」というモチベーションにつながった。
帰郷後、西海市議会議員になった渡辺さんは地元の人々と共に、雪浦ウィークを成長させた。当初は12軒だった工房や店舗の参加が50軒以上に増え、人口1000人の地区に4日間で1万人を超える人が訪れるようになった。
そして、14年に地域活性化事業に取り組み始めた。総務省の過疎集落等自立再生対策事業に応募し、空き店舗を活用したカフェ・レストラン「ゆきや」をオープンすると、ここを拠点に活動するNPOを立ち上げ、移住相談窓口や雪浦の情報発信などの事業を始めた。そして、県の補助金とクラウドファンディングも活用した宿・森田屋のオープンに至る。
人でにぎわう森田屋の様子。雪浦あんばんねの活動が地域に人を集めている
渡辺さんらは「雪浦に来たら元気になる、ウェルビーイング」をコンセプトに、マルシェや健康教室の開催、耕作放棄地を利用した有機農園や薬草カフェなどでの体験プログラムをつくった。今年10月からは隊員OGで宿のマネージャーを務める荒瀬美佐子さんが小学生を対象にした「親子で楽しむソトアソビ」を開始。近郊在住の隊員OBが手伝っている。コロナ禍で宿泊客は減っているが、地域の資源を生かし地域全体で観光経営する取り組みを続けている。
集落には居酒屋がないため、毎週金曜日には宿でビアガーデン&ライブを開き、旅行者と地元の人たちが一緒に盛り上がる。渡辺さんがソロモン仕込みの包丁さばきで提供するお刺身も好評だ。
雪浦に暮らす人も元気になる活動の積み重ねは移住者を増やし、高齢化と人口減に歯止めをかけている。
基本情報
2018年5月開業/住所:長崎県西海市大瀬戸町雪浦下釜郷504
部屋数・定員:和室2部屋、洋室2部屋
(※現在、コロナ感染拡大防止のため、ドミトリー、相部屋をなくし全部屋個室として提供)
宿泊料金:1泊/1名4,000円~4,500円、2名8,000円~9,000円、
3名10,500円~12,000円、4名13,200円、5名16,500円
アクセス:さいかい交通バス停・下の釜より徒歩1分。
長崎新地から大瀬戸・板の浦行きバスで約1時間半。JR長崎駅、佐世保駅から車で約1時間
Mail: moritaya@yukinoura.net
ウェブサイトはこちら
※1…雪浦村長宅のあとは森田さんが住んでいたことから名付けられた。
※2…「あんばんね」とは、雪浦の方言で「遊んでいきませんか」の意味。
Text=工藤美和 写真提供=渡辺督郎さん