地域と共にある宿-OV宿と地域のつながり-

旅と移住の間、小さな泊まれる出版社[真鶴出版]

來住友美さん
來住友美さん
<タイ/日本語教師/2011(平成23)年度4次隊・神奈川県出身>


上:1階のショップを含む共有スペース。ここでイベントが行われることもある。下:古民家を改装した建物は風合いたっぷりだ

上:1階のショップを含む共有スペース。ここでイベントが行われることもある。下:古民家を改装した建物は風合いたっぷりだ

   町の魅力を出版社として発信しながら、実際に来てくれた人を宿へ迎えている「真鶴出版」。コンセプトは〝旅と移住の間〟だ。

   日本語教師としてタイのトラン県で活動した來住友美さんは帰国後、「ゆっくりした時間が流れる場所で人と人をつなぐ仕事がしたい」とゲストハウス開業を決意。協力隊として活動中に配属先の教え子たちが日本人家庭へのホームステイを経て日本をもっと知りたいと思うようになったことに加え、人々が小さな商いをしながら支え合い、來住さんを温かく受け入れてくれたトランのコミュニティに接した経験から、日本でもそんな風に暮らしたいと思ったからだ。

   來住さんはフィリピンの環境NGOで宿の運営ノウハウを学んで帰国すると、出版業を行おうとしていた夫の川口瞬さんと共に国内での拠点を探した。そのなかで「空気がきれいで食べ物がおいしく、人が優しい」と気に入ったのが神奈川県真鶴町。伊豆半島の付け根にあり、三方を海に囲まれた人口約6900人のこぢんまりとした港町だ。2015年に移住し、オフィスと自宅を兼ねて借りた平屋の一室をゲストハウスとして開業。当初、宿泊客の9割がAirbnb経由の外国人だったが、川口さんが真鶴の干物交換券付きの『やさしいひもの』など真鶴の魅力を伝える本を出版してからは、それを見た人が訪れて宿を利用してくれる循環が生まれた。

上:高台から見下ろす真鶴港。左下:19年出版の『小さな泊まれる出版社』では、好きな場所で小さな仕事をつくって暮らす理由や真鶴との出会い、「真鶴出版2号店」の完成までを予算・スケジュールなどリアルな情報も含めてまとめている。真鶴出版のWebサイトから購入可

上:高台から見下ろす真鶴港。左下:高台から見下ろす真鶴港。19年出版の『小さな泊まれる出版社』では、好きな場所で小さな仕事をつくって暮らす理由や真鶴との出会い、「真鶴出版2号店」の完成までを予算・スケジュールなどリアルな情報も含めてまとめている。真鶴出版のWebサイトから購入可

   開業から3年後、客室増と、本や土産物などを売るショップの設置を目的にクラウドファンディングで資金を調達。新たに木造2階建ての古民家を借り、同世代の建築家と共にリノベーションし、2号館として再スタートした。

   來住さんは、宿泊客に1時間半から2時間ほどかけて町歩きツアーを行う。細い路地を巡り景色を楽しみながら町の歴史や文化を紹介し、小さな商店の店主と話したり酒屋で角打ちを楽しんだりと、真鶴の暮らしを少しだけ体験してもらう。夕食は宿お薦めの飲食店に行くか自炊。朝食は近くのパン店とコーヒー焙煎店のものを提供する。「真鶴の魅力はコミュニティです。町全体を楽しんでほしい」と來住さん。

古民家をリノベーションした宿の入口に立つ來住さん。玄関ドアの取っ手は港で拾われた錨を再利用し真鶴在住の彫刻家にデザインしてもらったもの

古民家をリノベーションした宿の入口に立つ來住さん。玄関ドアの取っ手は港で拾われた錨を再利用し真鶴在住の彫刻家にデザインしてもらったもの

   真鶴町は14年には消滅可能性都市に、17年には県で初の過疎地域に指定された。來住さんたちは、そんな町が始めたお試し移住プロジェクトの移住者第1号。以前から真鶴への転入者は別荘を持つ年齢の高い世代が主だが、近年は20代から40代も増えてきたという。真鶴出版を通して移住した人は約30世帯60人以上にもなる。宿の朝食のパンやコーヒーも、そうして開業した人の手によるものだ。しかし、來住さんは移住を強く勧めてきたわけではないと言う。「真鶴のことを好きになってもらうことを大切にしています。気軽に通って関わってもらい、そして、いろんな生き方があると知ってほしい」。そんな思いで人と地域をつないでいる。

基本情報

真鶴出版

2015年6月開業/住所:神奈川県足柄下郡真鶴町岩217
部屋数・定員:全2室
(※コロナ感染拡大防止のため、当面の間は1日1組のみ。同グループの場合は2組までの受け入れ)
宿泊料金:[2名1泊の例] 27,500円(一人あたり13,750円)、(施設利用料16,500円+宿泊料金5,500円×2名×1日)、[1名1泊の例]22,000円
(施設利用料16,500円+宿泊料金5,500円×1名×1日)
※2回目以降の宿泊で町歩きを希望しない場合は、1泊目の宿泊料金から1,500円引き
アクセス:東京駅からJR東海道線で約1時間半、真鶴駅から徒歩7分 箱根湯本駅から小田急線とJR東海道線で約40分
Mail: info@manapub.com
※宿泊可能日は月、火、金、土曜
ウェブサイトはこちら

Text&Photo=工藤美和 写真提供=來住友美さん

知られざるストーリー