旭川市から100kmほど北に位置する北海道下川町。市街地を離れた林間に、特徴的な三角形の小屋がある。「ぐるっとしもかわ」の名称で地域案内ツアー付き宿泊業を営む大石陽介さんが運営する一棟貸しの宿、「A-frame cabin iwor」(※)だ。
小屋は約10㎡のワンルームで、特に目を引くのは片側の壁一面の大きな三角窓。三角形に切り取られた森の風景を望める、いわゆる〝映える〟宿だ。室内には洗面台やガスコンロ、調理器具やカトラリー一式がそろっており、屋外には焚き火スペースもあっていろいろな楽しみ方ができる。
大石さんが手配する町内ツアーは、宿泊客の希望でさまざまにアレンジする、地域密着の体験型。町の一般人と交流することもある。「下川町は人の層の厚さが魅力です。この町での日常を体感してほしい」という大石さんだが、実は遠く離れた静岡県の出身だ。
大学卒業後、県内の小学校に勤務していた大石さんは、現職教員特別参加制度でモンゴルへ赴任。復職後は2年間教職を続けたが、「派遣前、先輩教員に『困っている人は日本にもいるのに、なぜ海外へ行く必要があるのか』と問われ、ずっと心に残っていました」。
そこで特に課題を抱える日本の地方に飛び込もうと、世界自然遺産の町・羅臼町へ。地方での暮らしを楽しみながら、道内各地を旅するなかで何度も足を運んだのが下川町だった。大石さんは、「楽しく自然体で好きなことに打ち込んでいる人が多い印象で、また来たいと感じました」と振り返る。
2020年に起業型地域おこし協力隊の制度を利用して下川町に拠点を移し、以前から関心のあった宿泊業を志す。〝ゼロ円ガイド〟を掲げて無償で町案内をしながら人脈づくりに奔走しつつ、林業の盛んな下川町の木材で宿をつくるなどのコンセプトを練った。
そして、地元の製材所から木材を安価で提供してもらったり、工具を借りたりしながら、全くの未経験ながら独力で小屋を造り上げた。「日本では何でもお金で簡単に解決しがちですが、自ら試行錯誤して取り組めたのは、モンゴルで活動した日々が生きています」と話す大石さん。21年6月の完成後、現在の場所へ運んで内装やトイレなどを整備し、10月に正式オープンした。
何かと周囲に助けられてきただけに、今度は自らが町の役に立ちたいという意識は強い。
「東京から来たお客様に、町内にあるこだわりのパン工房を紹介したところ、のちに通信販売での注文につながったと聞きました。そのときに初めて、町に少しだけ貢献できた実感がありました」。宿では地元の作り手による木製食器やアロマオイルなどを採用して紹介しているほか、特徴的なキャビンがメディアに取り上げられることも増え、町の知名度向上にも一役買っている。
基本情報
2021年10月開業/住所:北海道上川郡下川町班渓2893
部屋数・定員:1日1組限定※小屋の屋外に自然に配慮したバイオトイレあり。徒歩数分の五味温泉の入浴チケット付き
宿泊料金:オーダーメイド型ローカルツアー1day付きプラン 44,000円~、オーダーメイド型ローカルツアー1/2day付きプラン 36,000円~、素泊まりプラン 24,000円~
アクセス:JR名寄駅より車で30分、下川町市街地より車で5分(名寄駅-下川町間は名士バスで30分弱)
Mail: contact@gurutto-shimokawa.com
※年末年始のみ休業
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※…宿の名称は、アイヌ語で「周囲」を意味するiwor(イウォロ)にちなんだ。
Text&Photo=飯渕一樹(本誌) 写真提供=大石陽介さん