[特集] 開発コンサルタントとして活躍する
先輩隊員の失敗や経験に学ぶ
ニーズの引き出し方

JICA海外協力隊として着任したら、まずは要請内容と派遣先が抱える課題が合っているかを確認し、派遣先での真のニーズを見極める必要があります。現地の方々とどのように接して、どんな聞き出し方をするとよいか。現在開発コンサルタントとして活躍されている3人の先輩隊員に、協力隊時代の失敗を振り返ってもらい、また仕事を通して身につけた途上国の方々との会話や対応のコツや技法などを教わりました。

CASE1   ニーズを聞かない。
真のニーズは相手の話から自然と出てくる

菊地綾乃さん
菊地綾乃さん
ベナン/村落開発普及員/2012年度2次隊・秋田県出身

大学卒業後、協力隊活動を経て、ケニアのNGOでインターン、福島県で東日本大震災の復興支援をしているボランティア団体での活動を経て、2017年からNPO法人ムラのミライのセネガル駐在員として活動。現在はセネガルで農業指導員の育成をしながら、メタファシリテーション講座の講師も担当。

現地の人の話を聞くことが大切!
駐在先のセネガル現地NGOのスタッフたちと打ち合わせの合間に

駐在先のセネガル現地NGOのスタッフたちと打ち合わせの合間に

セネガルの駐在員になってから、プロジェクト地のファーマーズ・スクールで農業の従業員と活動計画について話し合う

セネガルの駐在員になってから、プロジェクト地のファーマーズ・スクールで農業の従業員と活動計画について話し合う

「任地のニーズを引き出すために大切なのは、要請内容に固執しすぎないことですね」。現在は、NPO法人ムラのミライのコンサルタントとして、セネガルに駐在している菊地綾乃さん。ベナンに赴任していた協力隊時代の体験を振り返りながら、こう話し始めた。

「村落開発普及員(現・コミュニティ開発)として首都ポルトノボの幼児・初等教育省に配属され、要請に沿って同僚と市内の学校を巡回し、ゴミやトイレ、手洗いなどの問題を解決しよう、学校保健をやるんだ、と一点集中していました。でも上層部と現場の意見は必ずしも一致していませんでしたし、私がこれをやらなければいけないと決めつければ決めつけるほど、真のニーズから遠ざかっていったことも。要請内容は柔軟に捉え、ニーズを決めつけないことがまずは大切だと思います」

   では、どうやってニーズを見つけていけばいいのだろう。

協力隊時代、NGOのスタッフを招き、ベナンの小学校教員にゴミの再利用に関する啓発活動を行った

協力隊時代、NGOのスタッフを招き、ベナンの小学校教員にゴミの再利用に関する啓発活動を行った

「現地の人から話を聞くことです。そこで重要なのは、ニーズを聞かないことです。例えば現地の人に『あなたの問題は何ですか』と聞くと、相手は『私には何か問題があるから、改善してもらわなきゃいけない』と思ってしまいます。問題がないケースもありますから、問題ありきが前提になるのはよくありませんよね。また、『困っていることはないですか』と聞くと、現地の人は『この人は何かしてくれるだろうから何か言おう』と考え、さほど必要がないもののあったらいいな、という程度のことを提案させてしまう可能性もあります。相手に主体性を持たせるにも、大切なことは、相手に話してもらうことです。聞いていくうちに相手の言葉のなかに何か引っかかることが出てくるかもしれません。それこそが本当のニーズ(課題)なんです」

   このようにニーズありきではなく、まず相手の話を聞く、相手から教わるというスタンスこそ、ムラのミライの創設者である和田信明氏が編み出し、現代表の中田豊一氏が体系化した対話型メタファシリテーションの手法の一つである。

「聞くときのポイントは、現場をよく観察し、相手の身近にあるものを切り口に聞いてみます。そうすると、その人の暮らしている環境や社会のことが見えてきて、こちらの思い込みや違和感に気づくことができます。そこから、さらに掘り下げていくと、その経緯などがわかり、自然とニーズ(課題)が浮き出てきます」

ダメなところでなくできているところから切り出す

   とはいえ菊地さんが、その大切さに気づいたのは、ずっとあとのこと。協力隊時代は、うまく聞くことも、ニーズを引き出すこともできなかったという。

駐在先のセネガルで、農業研修生の畑でモニタリング

駐在先のセネガルで、農業研修生の畑でモニタリング

「まず『何か困ったことはないですか』と聞いてしまって、自分の首を絞めたことは何度もあります。例えば私は、地域の小学校を回り学校調査をしていましたが、全校生徒400人に対して、トイレが二つしかないという学校もありました。そこで校長先生に問題点を聞くと『新しいトイレがほしいから、一緒に何かプロジェクトをやろう』と提案されます。それにはお金もかかりますが、協力隊は資金提供ができないので、私自身も苦しくなりました」

   さらによくなかったのは、最初に相手の弱い部分を突いてしまったこと。

「ダメなところから話し始めると『政府がお金を出してくれないからできない』など、言い訳ばかりになってしまいます。そればかりか支援する側、される側という立場もつくってしまう。でも、よくできているところから話し始めれば、こちらは相手の立場に立てるし、相手もモチベーションが上がり、お互いにそこから何か応用していこうという発想にもつながります。実際、教室のデコレーションを頑張っている学校や定期的に一斉清掃している学校もありましたから、そこから別の活動に結びつけることもできただろうと思います」

何かしてやろうというスタンスは危険

   また、何かしてやろうというスタンスでいたため、活動のあちこちにほころびをもたらしたという。

上:ファーマーズ・スクールで作っているコンポスト。下:土壌保全のわらマルチが施されていたセネガルの農業研修生のピーマン畑

上:ファーマーズ・スクールで作っているコンポスト。下:土壌保全のわらマルチが施されていたセネガルの農業研修生のピーマン畑

「先輩隊員の時代から使われてきた、学校に対する評価表というものがありました。例えば〝校庭はきれいですか〟〝トイレの構造は頑丈ですか〟などです。ただ、当時の私は、詳しいことはわからないのに主観でチェックしていました。〝先生のやる気はありますか〟という設問もあって、それこそ主観ですよね。一方的にジャッジしたり、評価したりすることで、自分で立場をつくってしまい、優越感に浸っていました。相手のことを知ろうというスタンスではなく、何かしてやろうというスタンスだと、そうなってしまうんですね。主観で評価を低くつけていた先生も、あとになって実は情熱あふれる人ということがわかり、自ら可能性をつぶしていたと反省しました」

   しかしながら、ニーズを思うように引き出せなければ焦りも出る。

「わかります。でも自分が何かしなくても、相手との関わりのなかで、相手自身がこうしないといけないと気づくことがあれば、それは一つの成果だと思います。例えば私は今、農家の人たちとやりとりをしていますが、みなさん『水がない、だからこの栽培ができない』とおっしゃる。そうしたときに『井戸を掘りましょうか』とこちらが言ってしまうと、農家の人たちは『じゃあお願いします』と、自分ごとになりません。そうではなく『今、井戸に使える水がどれくらいあるか知っていますか』などの事実質問(※)を重ね、農家の人たちに話してもらう。すると農家の人たちは自分たちの課題に気づくことができます。相手の主体性を引き出すことで、こちらもまたさまざまな気づきが得られます。双方の気づきがあって初めて次の行動につながりますから、ニーズが思うように引き出せないと焦るときは、事実質問から始めてみてください。必ず突破口が開けるはずです」

※事実質問……相手の感情ではなく、事実に迫りたいときに聞く質問の方法。いつ、どこ、誰、何といった単純な疑問詞を使い、「なぜ~?」は使わない。「~したことがありますか?」と経験を、「~を知っていますか?」と知識を、「~がありますか?」と何かの有無や存在を尋ねていく。

落ち込んだときの対処法

“ 草の根の外交官” として草の根活動を行うことが協力隊の存在意義ですから、大きな変化を起こすことは難しいかもしれません。「何かできたらすごい」「できなくても当然」というスタンスでいれば、それほど落ち込むことはありません。困ったことが起きたら、現地の人に相談すると対処方法を示してくれるので、一人で抱えないことが大切です。

ニーズを引き出す3つの効果的な方法

1.要請内容に固執しない
2.ニーズを聞かない
3.相手の話を聞く

メタファシリテーションの実例

   メタファシリテーションとは、NPO法人ムラのミライの創設者である和田信明氏が一連の国際協力の経験を通して培った対話技術を、現代表の中田豊一氏が体系化したもの。現地の人への会話や事実質問を通じて、相手が自分の置かれている状況を的確に把握し、そこから自分たちで課題に気づき、解決まで導く方法を指します。相手から課題が出てくる働きかけを促すことから、こちら側の主観が取り払われて、客観的に同じ景色を見ることができるのが大きなメリットです。主役は、あくまでも相手。国際協力の場だけでなく、日常生活や仕事の場面でも大いに活用できる方法です。菊地さんのお話とブログから実例を紹介します。

実例1
農家の人が「水がない」から、作物の栽培ができないと言った場合。

「今、どれぐらいの水が使えるか知っていますか」

↑まず事実を聞く

相手「知らない。井戸にちょっとはあるけれど、ちょっとしかないんだ」

「ちょっとというのは、どれぐらいですか」

↑相手の答えに対して質問

相手「わからないけど、少ししかない」

「作物の栽培期間は、何カ月ぐらいで、全部でどれぐらいの水が必要なんですか? それでどれぐらい水が足りないんですか?」

相手「わからない……」

相手は「水がない」という感覚だけで話をしていましたが、水がどれぐらい不足しているかは知りませんでした。ニーズ(課題)は「水がほしい」ではなく、作物の栽培のためにどれぐらいの水が必要で、その水を確保するには、どういう方法があるのかを知るということだったのです。このやりとりで、私自身も彼らの認識が間違っていたことを理解しました。

実例2
「村に十分な水がない」と言っていた村の人たち。最近、洪水が起こったという話も出ています。

「このなかで、いちばん年上なのは、どなたですか?」

↑簡単な事実質問からスタート

村人1「私です。57歳です」

「あなたが覚えている限り、最初に洪水が起こったのはいつですか」

村人1「うーん、1960年代かな」

「そのあとは?」

村人1「1990年から2000年の間かな」

「そのあとは?」

村人1「……去年」

「今までなかった洪水が起きているようですが、いったい何が起きたのでしょうか」

村人2「雨の量が多くなったのかな。それとも……」

「ではその流れ出た水はどうなりましたか? その水を使うことができますか?」

村人3「はい。水をためて、畑の水やりに使えます」

「ため池などに残っている水ではなくて、あふれ出た水はどうですか?」

村人2「……」

↑あふれ出た水は使えないと気づいた

あふれ出た水はもう使えないという事実を、村人たちが知ったやりとりです。このあと、みんなで村を歩き、村人たちは干上がった井戸や根が露出したヤシの木などを目にし、洪水が起き始めた40年前から、土壌を守るために何もしてこなかったことに気づきました。どうやって土壌を守り、水を蓄えるのか、これらを一緒に考えていくことがニーズ(課題)になります。」

実例3
ある農家から「井戸を掘ってほしい」と言われたときのこと。

相手「新しい井戸が二つほしい。井戸づくりの支援はしてもらえないのか?」

↑よく聞く要望

「井戸が二つ必要というのは、どうやって計算したのですか? あなたの畑にどれだけの水が必要かわかりますか?」

相手「はっきりとは、わかりません」

「結婚式でチェブジェン(魚の炊き込みご飯)を作るときには、ゲストが100人来るなら100人用、1000人来るなら1000人用って作るんですよね?」

↑相手に身近な例で話す

相手「そうですね。どれぐらい水が必要か計算してみます」

「井戸を掘ってほしい」は、現場ではよくある要望です。しかし井戸を掘るだけでは、費用がかかるうえ継続的な支援になりませんから、まず畑にどれぐらいの水が必要なのか、チェブジェンといった相手の身近な例に置き換えて質問していきます。その結果、相手に「必要な量を計算する」という気づきをもたらし、そのうえで水を手に入れる方法を考えることがニーズ(課題)とわかりました。

❶ 『途上国の人々との話し方』❷『対話型ファシリテーションの手ほどき❸『南国港町おばちゃん信金「支援」って何? “おまけ組”共生コミュニティの創り方』

左から❶ 『途上国の人々との話し方』❷『対話型ファシリテーションの手ほどき❸『南国港町おばちゃん信金「支援」っ何?“おまけ組”共生コミュニティの創り方』

メタファシリテーションを勉強したい人は……

❶はメタファシリテーションの基本的な考え方から実践方法までを網羅した一冊。❷はそのエッセンスが詰まった簡易版。薄いので読みやすい。❸はムラのミライの職員が、インドでプロジェクトを行ったときの出来事をつづった本。失敗談の「あるある」がたっぷり盛り込まれており、人の振り見てわが振り直せといった教科書になる。
❹ムラのミライ主催の各種オンライン講座「メタファリシテーション講座」…オンライン講座では講師の対話例を聞いたり、対話の練習ができる。


ムラのミライウェブサイト

Text=池田純子 Photo=ご協力いただいた各位

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