[特集] 開発コンサルタントとして活躍する
先輩隊員の失敗や経験に学ぶ
ニーズの引き出し方

CASE3   全体をよく観察したら設計図を描いてプレゼンを

宇田川珠美さん
宇田川珠美さん
グアテマラ/野菜/1998年度3次隊・群馬県出身

大学と大学院で農業を学び、卒業後、協力隊に参加しグアテマラへ。帰国後、JICAや国連ボランティアなどで農業系のプロジェクトに従事。その後、看護師免許を取得し、救急病院の看護師として勤務。2017年にアイ・シー・ネットに入社し、保健系開発コンサルタントとして中米やアフリカを中心に活動を行っている。

現地の人との関係づくりも大切!
協力隊時代、大学圃場で学生に育種指導をしているところ

協力隊時代、大学圃場で学生に育種指導をしているところ

   現在は保健系開発コンサルタントとして中米やアフリカで活動している宇田川珠美さん。大学と大学院で農業を学んでいたため、協力隊の職種は野菜を選択し、グアテマラの大学の農学部に赴任した。要請内容は「大学の農学部で学生に野菜の栽培指導」だったが、その目的が国の農業に寄与する人材を育てるためなのか、大学の教育レベルを上げるためなのかなどが不明で、ニーズを引き出すまでに、ずいぶん苦労したそうだ。

「最初は要請があるぐらいだから、現地の人からあれをやってほしい、これをやってほしいと頼まれるだろうと思っていたんですが、いつまでたっても頼まれない。でも相手の立場からすると、言葉もろくにできない若者が来て、『あなたは何がしたいのですか』『私は何をしたらいいですか』って聞かれても、何も出てこないですよね。それで私は4カ月ぐらい時間を無駄にしてしまいましたが、今思うと最初に、大学やカウンターパート( 以下、CP)、同僚など、派遣先全体を俯瞰(ふかん)してよく観察して、そのなかで自分ができることを見つけるべきでした。そのうえで、こちらから提案してニーズを引き出していけばよかったと今は思います」

協力隊時代にお世話になった同僚たち

協力隊時代にお世話になった同僚たち

   提案する前には、自分のなかで課題を整理して、解決方法の設計図を描くことが大切という。

「私の場合、任地の大学の圃場(ほじょう)を見学したときに、問題点やここをよくしたらもっとよくなる、ということは感じました。でも、現地の人にこうしたいと説明するときに、きちんとした理由や将来の着地点が設定されていなかった。だから会話に発展性が出ないし、相手からのニーズも引き出せないということに、派遣途中で気がつきました。例えば当時のトマト栽培でいえば、収量も少ないし、サイズや品質もバラバラ。それを改善するには、剪定(せんてい)をしたり、棒を立てたりといった技術的な工夫が必要でした。結局のところ、品質と収量の向上を着地点として方法論を教えて、それから畑で実践していきましょうという設計図を見せました。特に難しい活動は計画していません。ただ、何もないゼロの状態から脱すると一気に活動が前進し始めました」

   またニーズを引き出すときには、CPと一対一で話すよりも、関係者全員を呼んでプレゼンしたほうがいいとアドバイスする。

「一対一で話すと、話が進まないことも多いと思います。隊員時代の私にはできませんでしたが、関係者全員を集めてプレゼンすればよかったと思います。メンバーのなかに積極的な人がいると、そこから意見が引き出せて盛り上がることがありますから。活動が波に乗ってきたところで、私の専門である育種や実験指導もリクエストされてやりましたが、それなら最初から全員で集まって話し合えていれば、相手に私ができることも理解してもらえて、もっといろいろなニーズが引き出せただろうと思います」

コンサルタントになってから、グアテマラの保健センターでハイリスク妊婦向け栄養指導のモニタリング

コンサルタントになってから、グアテマラの保健センターでハイリスク妊婦向け栄養指導のモニタリング

   そして、ニーズを引き出し、共通認識を持った活動が始まってからも、自分一人で取り仕切らないことが重要だ。

「関係者を集めたら、チームとしてやっていく。作業の責任者を決めてやっていくと、ここがまずいよね、こうしたほうがいいよね、と改善していき、より良い結果が導き出せます」

   結果的に、任期後半の大学の畑は大豊作。品質と収量向上という明確な目標に沿った大学での栽培指導を達成できた。

自分の予測した活動ができれば万々歳

   しかし冒頭でも述べたように、赴任後、最初の4カ月は何をしていいのかわからず、棒に振ってしまったという宇田川さん。実質活動できた期間は約1年間だという。特に農業は、そのシーズンを逃すと活動できなくなってしまうので、任期の中盤以降は若干焦ったそうだ。

「できれば授業期間に、種まきから収穫まで行いたいけれど、自分がいる任期中にできそうになければ、やることを絞るなどの工夫をしなくてはなりません。あとになればなるほどできることが小さくなってしまいます。2年なんて、あっという間です。だからこそ最初の活動の設定は肝心なんです」

JICA の「グアテマラ国妊産婦と子どもの健康・栄養改善プロジェクト」で供与した超音波診断装置で、異常が見つかった妊婦の出産後の様子を家庭訪問

JICA の「グアテマラ国妊産婦と子どもの健康・栄養改善プロジェクト」で供与した超音波診断装置で、異常が見つかった妊婦の出産後の様子を家庭訪問

   それでも協力隊時代は、自分の予測したとおりの活動ができれば、万々歳ではないかと話す。

「こういう成果を出しました、と堂々と言える協力隊員のほうが少ないと思うんです。専門家がやるような成果というのはなかなか残せないでしょうし。私の場合は栽培の技術を教えましたが、それよりも大切なのは、活動のなかで関わった人たちとの関係値です。特に配属先、つまりCPや同僚に、仕事に対する意識の変化が芽生えていたら、それこそが成果だと思います。協力隊にしてもコンサルタントにしても成果を求められますが、大事なのは継続性です。そのために必要なのは現場の人々の意識の変化です。ですから、隊員の皆さんにはこれもやらなきゃ、あれもやらなきゃと目に見える成果を求めるだけでなく、配属先の人たちとの関係づくりを大切にしてほしいと思います」

保健系こそ宇田川式手法を取り入れてほしい!

   冒頭にも記したように、宇田川さんは現在は保健系開発コンサルタントとして活動している。そこで最後に農業系と保健系のニーズの引き出し方の違いについて尋ねてみた。

バングラデシュでのプロジェクト開始にあたり、まず看護師に対してプロジェクトの説明とニーズの引き出しを行う

バングラデシュでのプロジェクト開始にあたり、まず看護師に対してプロジェクトの説明とニーズの引き出しを行う

   「農業系は新しいことを提案すると、いいね、それやろう、と気軽にできるところがありますが、保健系は真逆。どんなにいいことを提案しても、その国の保健省などの方針に反することは無視されます。それは保健が国の機微な情報を扱うデリケートなものだからです。ですから、これまでお話しした『全体を俯瞰して設計図を組み立てる』『いろいろな人を巻き込んでやる』というやり方は、保健系の人にこそ役立つと思いますよ。その国の伝統や文化や考え方がありますので、そこは重んじながら、時に要請内容を柔軟に見直し、軌道修正しながら、ゴールを目指すといいでしょうね」

観察のコツ

人間関係の観察は、業務に関することで行います。例えば、ある人に業務について相談したときに、誠実に対応してくれるのか、適当にあしらわれるのか、そのあたりの見極めが重要です。特に協力隊は不安定な身分ですから、きちんと対応してくれない人もいます。また内輪話は、相手を批判するようなことをポロッと漏らす恐れがあるので避けましょう。

落ち込んだときの対処法

私の隊員時代は、隊員の人数が多かったこともあり、地方へ派遣された隊員の方が隊員連絡所(現在は廃止されつつある)に泊まったりしていました。活動帰りなどに隊員連絡所に寄ってみんなで日本食を作って食べたりすること、それが私にとってのストレス解消法でした。漫画もたくさんあったので、活動と関係のない漫画をひたすら読んでリフレッシュすることもありました。今なら電子書籍で読めますね。

ニーズを引き出す3つの効果的な方法

1.全体を俯瞰して観察する
2.課題を整理して設計図を描く
3.関係者全員にプレゼンする

Text=池田純子 Photo=ご協力いただいた各位

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