派遣から始まる未来
進学、非営利団体入職や起業の道を選んだ先輩隊員

ウガンダの村人のために起業

坪井 彩さん
坪井 彩さん
ウガンダ/コミュニティ開発/ 2017年度3次隊・福井県出身





井戸の維持管理システムを普及させ、アフリカの水問題を解決したい

「なぜ重要な水源である井戸を修理するためのお金が住民から集められないのか」。そんな素朴な疑問が、水の防衛隊として派遣された坪井彩さんの取り組みの出発点だ。井戸が設置されたまま維持・管理が適切に行われていないという課題は、派遣前に学んでいたとおりだった。管理費回収の難しさに着目した坪井さんは、隊員活動中に従量課金型の自動井戸水料金回収システム「SUNDA(スンダ)」を考案し、その後、起業した。革新性のあるアイデアが評価され、2021年には第6回日本アントレプレナー大賞を受賞している。

隊員時代、ウガンダの住民会議でSUNDAシステムのコンセプトを説明する坪井さんと村人たち

隊員時代、ウガンダの住民会議でSUNDAシステムのコンセプトを説明する坪井さんと村人たち

   理系大学院を卒業後、パナソニックのIT部門でデータ分析コンサルタントとして勤務していた坪井さん。社内ワークショップがきっかけで、学生時代から関心のあった途上国での社会課題解決への思いを強くした。そこで目に留まったのが、同社が行っていた、途上国向け人材を育てるトレーニングプログラムの募集だった。会社に籍を置いたまま民間連携でJICA海外協力隊員として途上国に1年間派遣され、復職後、同社の海外の販売会社で2年間勤務するものだ。「そのままIT部門にいればデータ分析の分野で活躍できる未来も見えていたので、挑戦すべきかすごく迷いました。でも、やりたいことがあるなら〝今〟やったらいいのでは?と踏み出すことに決めました」。

   18年1月、コミュニティ開発隊員として、ウガンダの地方県庁に配属された坪井さん。ある日、村の代表と井戸修理費の回収に行くと、「子どもが病気」「今はお金がない」などの理由で半数以上の世帯がお金を払ってくれなかった。住民会議を開いて話を聞くと、回収したお金の管理への不信感があり、現金決済がネックになっている事情や、月額定額制の料金回収への不公平感があることがわかった。

   そこで坪井さんが考えたのは、モバイルマネー(※)を利用した料金回収の仕組みだ。モバイルマネーはウガンダでも普及しており、チャージした分だけ水をくめるようにすれば不公平感もない。さっそく住民に提案すると「それがほしい!」と賛同してくれた。

   アイデアを具現化してくれるエンジニア探しに時間を費やし、最後に残った2人と共になんとか初号基を設置したのは帰国直前の19年1月だ。「ほっとしました。応援してくれていた村の人たちはチームのようになっていて、完成を待ち続けてくれましたから」。

SUNDAユニットを設置したハンドポンプ式井戸。おのおののIDタグをかざすと、チャージした料金分の水がくめるという仕組みになっている

SUNDAユニットを設置したハンドポンプ式井戸。おのおののIDタグをかざすと、チャージした料金分の水がくめるという仕組みになっている

   任期終了後も、SUNDA事業継続の道を模索した。しかし社内で事業化するのは現実的に厳しいことがわかり、悩んだ末に坪井さんが選んだのは会社を辞めて起業する道だった。

「なぜそこまでしてSUNDAを継続しなければならなかったのかといえば、村の人たちのためです。初号基が設置された瞬間の彼らの顔と感謝の声は忘れられません。ここでやめたら、彼らの期待を裏切ることになると思いました」。

   自ら株式会社Sunda Technology Globalを設立した坪井さんは、21年5月からウガンダの首都カンパラに拠点を移し、最前線でチームの指揮を執っている。会社には、SUNDAの開発から関わってきたウガンダ人たちのほか、日本国内で事業に携わる日本人スタッフもいる。「現在は、機器とオペレーションの改善と、実績づくりに注力しています。とりあえずやってみるウガンダ人と、石橋をたたいて渡る日本人。気質の異なる両者をワンチームとしてまとめるのは難しいですが、どんな仕事にも必要なのはパッション。お互いを尊重し、融合させることが大事だと思います」。

株式会社Sunda Technology Globalの共同創業者であるウガンダ人エンジニア2人と日本人エンジニア1人と共に。SUNDAとは、現地のルガンダ語で「くみ上げる」の意

株式会社Sunda Technology Globalの共同創業者であるウガンダ人エンジニア2人と日本人エンジニア1人と共に。SUNDAとは、現地のルガンダ語で「くみ上げる」の意

   退職してウガンダへ戻った時点で8基だったSUNDAは、現在110基に増えた。機器の販売が主な収益源で、25年末までに2000基を設置し、黒字化を目指している。だが、坪井さんが見据えているのはさらにその先だ。

「まずはウガンダ全土、そしてサブサハラ・アフリカの水問題を解決するというのが一つの目標ですが、できれば水問題はさっさと解決して、SUNDAの仕組みをベースにした新しいサービスを展開していきたい。ウガンダの農村部にも優秀な若者たちはたくさんいるので、彼らが自らの手で未来を選択できる環境をつくってあげたいのです」

   坪井さんが踏み出した一歩はイノベーションの種となり、ウガンダ、アフリカ、そして世界の社会課題を解決するために成長中だ。

坪井さんの歩み

1988年、福井県に生まれる。

将来の夢がない子どもでした。親から勉強しろと言われたことはないですが、ちゃんと勉強して進学校に行き、就職してお金を稼ごうと中学時代から決めていました。

2007年、奈良女子大学理学部物理科学科入学。

2回生のときにバスケットボールサークルでキャプテンになったことはリーダーシップの勉強になりました。

2011年、京都大学大学院で気象学を専攻する。

研究のために訪れたバングラデシュで、日本と何もかも違う途上国の様子に新鮮味と面白さを感じました。それまでの私は、〝日本=すべて〟。海外に目を向ける意識すらありませんでした。

2013年、パナソニック株式会社のIT部門に入社。データ分析コンサルタントとして勤務する傍ら、16年と17年に社内ワークショップに参加し、途上国の社会課題に触れる。

2017年、社内のトレーニングプログラムに応募し、民間連携で18年1月よりウガンダへ赴任。SUNDAを考案し、開発に励む。

村人たちから、「新しいことするって大変だよね!」と励まされながら開発して、任期満了ギリギリで初号基を設置できました。

2019年、復職をしたあと2年間、南アフリカとドバイに駐在。

2021年、日本に帰任し、SUNDAの取り組みで第6回日本アントレプレナー大賞を受賞。退職を経て、5月にウガンダへ渡航し、本格的にSUNDAの普及活動を始動する。

ウガンダ赴任中からビジネスコンテストには応募していましたが、この受賞で背中を押してもらえました。

※モバイルマネー…銀行口座やクレジットカードを用いず、携帯電話やタブレット端末のみで決済を行えるサービスの総称

Text=秋山真由美 写真提供=坪井 彩さん

知られざるストーリー