[特集]
青年海外協力隊事務局からの熱い思いを届けます!
これからのJICAボランティア事業

2022年12月1日付でJICA海外協力隊出身者の橘 秀治氏が青年海外協力隊事務局長に就任されました。そこで本特集では、橘氏と青年海外協力隊事務局でJICAボランティア事業を支える職員の皆さんへインタビューを行い、国際協力やJICAボランティア事業への思い、現役隊員の皆さんへのメッセージを頂きました。

青年海外協力隊事務局長   橘 秀治氏インタビュー
平和で安定した豊かな社会を一緒に築いていくために

世界情勢が大きく変化する中、JICAボランティア事業はどうあるべきか。
ご自身の協力隊経験も交えながら、事業への思いを伺いました。

橘 秀治さん
橘 秀治さん

1997年 青年海外協力隊に参加
(インドネシア/市場調査/1996年度3次隊)
1999年 国際協力事業団(現JICA)入構
2002年 インドネシア事務所
2010年 米国事務所次長
2013年 人間開発部基礎教育第二課長
2016年 企画部総合企画課長
                                        (2018年よりJICA開発大学院連携準備室副室長兼務)
                                        2019年 総務部審議役
                                        2020年 総務部審議役/企画部イノベーション・SDGs推進室長
                                        2021年 総務部審議役/次長
                                        2022年12月 青年海外協力隊事務局長に就任


自身の協力隊活動について

   インドネシア中部に位置するスラウェシ島南スラウェシ州バル県の、五つの村の総合開発に取り組みました。農業、家畜、村落開発普及員(現・コミュニティ開発)など、いろいろな職種の隊員が常時7~8名で現地に入る「チーム派遣」で、私は市場調査を担当しました。

   主に行ったのは三つです。一つ目は五つの村で作られる農畜産物の流通・販売方法や、価格設定がどこで行われているかといった調査です。二つ目はまだ市場がない村で、物理的に市場を造る、いわゆる肉体労働。三つ目が、村で栽培している農産物の加工販売でした。私自身はカシューナッツを選び、村の婦人グループと一緒に商品開発を行いましたが、村落開発普及員の隊員を巻き込んで一緒に取り組みました。


協力隊参加のきっかけ

   学生時代に国際経済を専攻していたので、国際協力・開発協力には関心がありましたが、背中を押されたのは阪神・淡路大震災です。社会人として関西で働いていた時、自分が被災しただけでなく、同い年の友人を亡くし、「この先の人生、どうせならやりたいことをやろう」と決意しました。

   また、日本の製造業がどんどん国外に拠点を移している時期でもあり、取引先企業の多くがタイやインドネシアをはじめとしたアジアに進出し始めていたので、アジアの経済にも興味がありました。自分の目で海外の現場も見てみたいと思ったことも、背景の一つとしてあったと思います。

   インドネシアは希望した国でした。要請内容にチーム派遣の記載もあり、一つの目標を達成するために、いろいろな人たちと切磋琢磨しながら活動できることに魅力を感じました。


協力隊で学んだこと

   教室で学んだり本で読んだりしてきたことを、自分の目で見て実体験できたこと、ふらっと訪れただけでは知り得なかったであろう途上国の貧困の現実を知ることができたことは大きかったと思います。当時チームに配属された協力隊員は活動先の村に住まわせてもらうのが一般的で、私も村人の家にホームステイさせてもらって一緒に生活しました。それでも、我々部外者が接することができる村人は村の中でも比較的豊かな人たちでした。しかし、長く生活していくうちに、なかなか豊かになれない人、貧困で苦しんでいる人たちと話をする機会も増えていきました。

   電気がまだ通っていない家も多い村でした。山の上の泉からパイプで水を引いてきて各家につなぐ活動をしている隊員もいたので、簡易的な水道がある家もありましたが、水道設備のない家も多く、私も川に水くみに行ったり、井戸から水をくみ上げたりと、貴重な経験をさせてもらいました。

   日本とは比べものにならないほど虫が多かったり、ネズミが出たりといったことはありましたが、暮らし自体が新鮮で、楽しみながら生活していました。時々週末に隊員同士で町に出て夕食を取ったり、活動について議論したりと、そうしたことが良い気分転換になりました。非常に恵まれた環境だったと思います。


JICA入団の経緯

   帰国してすぐ、国際協力事業団(現JICA)の短期専門家として約3カ月間インドネシアへ赴任しました。当時のインドネシアは、スハルト政権が倒れて初めて民主的な選挙をやろうとしていました。選挙管理委員会の下、地方を回って投票用紙が届けられるかをチェックしたり、選挙のやり方を指導したりしました。その後、JICAの社会人採用試験を受けました。

   入団を決めた理由は、隊員として村で生活する中で格差や貧困の問題を自分事として経験し、この問題を解決していきたいという強い思いが生まれたからです。特に「子どもたちには公平なチャンスがある社会にしていきたい、そのために開発協力を生涯の仕事にしていきたい」と思いました。

JIC A全体で取り組む20の「JICAグローバル・アジェンダ」に即した活動を行う隊員もいる。

JICA全体で取り組む20の「JICAグローバル・アジェンダ」に即した活動を行う隊員もいる。上:ルワンダで「水の防衛隊」として活動する隊員。左:インドネシアで母子手帳の活用などの活動を行う隊員(2点とも写真提供=JICA/今村健志朗)

インドネシアで母子手帳の活用などの活動を行う隊員(2点とも写真提供=JICA/今村健志朗)

   インドネシア事務所、アメリカ事務所、企画部、人間開発部などを経験しました。人間開発部ではアフリカの基礎教育を担当し、この分野ではまだ課題が大きいアフリカの基礎教育を少しでも良くしたいという思いで、技術協力中心に取り組みました。

   例えば「みんなの学校」プロジェクトです。ただ学校に行かせることだけではなく、学んで成長につながるよう、算数のドリルを親子でやって成長を促す。当時デジタル教材が出てきた頃で、理数科教育で従来型と並行して新しい取り組みができないか――など。

   こうしたことを現場に落とし込んでいくと、協力隊の方々の活動にも関わってきます。決して我々が東京のオフィスで考えて、体のいい文章を書いて終わりではありません。実際の現場がどう変わるか、実際に学校に通った子どもたちがどう成長したか。協力隊の活動を通じて、現場が本当に変わるか、少しでも現場で役に立つかを考えること。それが我々の仕事にとって一番大切なことだと思っています。

協力隊事業への思いと、これから取り組みたいこと

   まずお伝えしたいのは、協力隊事業は、戦後日本という国が各国の方々とどのような関係を持っていきたいかを具体的に表している事業ということです。「現地の人たちと共に汗を流し、考えて、一緒になって課題を解決する。そうすることで少しでも平和で安定した豊かな社会を一緒に築いていきたい」、これが戦後、日本の諸外国に対する姿勢であり、それを最も具体的に表している活動の一つが協力隊であると考えています。

   協力隊事業は、日本が誇るべき取り組みです。ロシアによるウクライナへの侵攻、新型コロナウイルスの感染拡大、気候変動など、複合的な危機に直面する中で、日本は世界にどのように貢献していくのか。今、協力隊が求められていますし、我々はより一層、力を入れてこの事業を行っていく必要があります。日本は世界とつながっていないと生きてはいけません。だからこそ、人と人とのつながりを回復させ、国と国の信頼関係につなげていきたいのです。

   そうした中で特に力を入れたいことが二つあります。

   一つ目は、隊員の派遣人数を早期に回復させることです。コロナ禍の一斉帰国から徐々に再派遣が始まっているとはいえ、以前は常時2000人の隊員が派遣されていた状況からすると、まだ800人弱です。派遣水準を戻すことが最も優先すべき課題です。

   派遣中の隊員の方には、これまで以上に情報提供やサポートができるようになってきています。その一つが「課題別支援LinkedIn」のネットワークです。このネットワークに参加してもらえば、同じ分野で活動する多くの隊員や隊員OVとつながることができます。さまざまなネットワークを維持・強化しながら、隊員活動の質の向上を目指し、安心して協力隊に参加していただける環境や仕組みをしっかりつくっていく。途上国から協力隊派遣の要請は続いていますので、それに応えたいという思いや責任があります。

   二つ目は、帰国隊員の方々への支援の強化です。さまざまな経験をされた隊員の皆さんは、日本の宝です。地方創生や多文化共生社会を実現する上で活躍していただける方が非常に多いと思います。昨年からスタートした「グローカル・プログラム」や、今年から行う「社会還元表彰」、このほかLinkedInの「災害ボランティアグループ」「社会起業・兼業グループ」「帰国後の社会還元における情報共有グループ」も動きだしています。隊員の皆さんが帰国後、日本をもっと元気にするさまざまな活動を行おうという時に、我々が人と人をつなげるなど、少しでもお手伝いできる部分があれば行っていきたいと思います。

   協力隊活動が自分の人生の宝物になった、参加してよかったと感じられるものとなり、帰国後にさらに輝いて社会に貢献していく方が増えれば、協力隊に参加してみようという方も増えていくでしょう。若い方々はもちろん、一定の経験を積んだシニアの方々も、これまでの経験を生かしながら社会に貢献していこうという人が増えていくのではないかと期待しています。

現役隊員の皆さんへ

青年海外協力隊事務局長 橘 秀治さん

青年海外協力隊事務局長 橘 秀治さん

   さまざまな要因で世界情勢が厳しい中、協力隊に参加してくれていることに、まずもって感謝を申し上げたいと思います。安全第一なので健康と治安に留意しながら精いっぱい活動していただいて、必ず無事に帰国していただくことを心から願っています。

   2030年を達成期限とするSDGsは折り返し地点を迎えており、その取り組みを加速していく必要があります。協力隊員の皆さんはSDGs達成に向けての実践者でもあります。派遣された地域・配属先で課題を見つけ、多くの方とつながり、議論しながら少しでも良い解決策を実現していく、こうした隊員の方々が行う小さな積み重ねがなければSDGs達成は難しいでしょう。

   協力隊の活動はうまくいくことばかりではありません。私自身、大成功で活動を終えたわけではありません。先ほど申し上げたカシューナッツの加工では四苦八苦しました。ただ、その過程で学ぶことが多かったと思います。

   加工すれば利益が上がるとアイデアを出しても、村の人たちの中には収入は少なくとも、加工せず今までどおりの安定した収入のほうがよいと考えている方もいました。活動プロセスの中で村の人たちとの接し方を学んだりといった経験を積むことができ、次の活動へとつながっていきました。

   皆さんには派遣国への貢献だけでなく、自分自身のチャレンジや成長の実現の場として、さまざまな活動をしていただきたいと思いますし、できればそれを楽しんでもらえたらと思います。うまくいかなくて悩んだ時には、悩みを一人で抱え込まないで、同じ任地の隊員やボランティア担当のJICA事務所員等と意見交換するなど、いろいろな人と話をしながら解決策を見いだしてください。失敗も貴重な経験と捉え、学んで、それを次の活動や帰国後の次のステップに生かしてもらえたら、こんなに嬉しいことはありません。

橘事務局長から現役隊員の皆さんへ、お薦めの本

1.中村哲『希望の一滴 中村哲、アフガン最期の言葉』

1.中村哲
『希望の一滴 中村哲、アフガン最期の言葉』

アフガニスタンの方々のために人生をかけて取り組んだ中村先生の生きざまと、協力隊活動にも通じるいろんな学びや視点がふんだんに盛り込まれています。

2. 三戸岡道夫『二宮金次郎の一生』

2. 三戸岡道夫
『二宮金次郎の一生』

協力隊の先輩から薦められた本です。二宮金次郎は日本の貧しい村の村落開発に取り組んでいて、今でいう参加型の開発協力を実践していた人です。

3. 高橋和志、山形辰史『国際協力ってなんだろ――現場に生きる開発経済学』

3. 高橋和志、山形辰史
『国際協力ってなんだろ――現場に生きる開発経済学』

活動後に国際協力分野に進みたい方、勉強したい方への入門書です。著者の一人、高橋和志さんは協力隊OBです。

Text=干川美奈子   Photo=阿部純一(本誌)

知られざるストーリー