気候変動の問題が叫ばれて久しい昨今。2015年に採択されたパリ協定にはすべての国が参加し、世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて1.5℃までに抑えるよう努力する「1.5℃目標」などが掲げられました。再生可能エネルギーの普及やエコカーへの転換など、脱炭素化への潮流が本格化し、途上国も含めた世界全体が待ったなしの環境的・社会的変化に直面する中、協力隊員としてできることはあるのか。OVでもある専門家のお話や、隊員の活動事例から考えます。
気候変動が進むことで、一体どんな影響が起こるのか。そして、地球規模の課題の中で協力隊員が貢献できることは何か。隊員OVで氷河・氷床研究者の杉山 慎さんに解説してもらった。
北海道大学低温科学研究所教授。パタゴニア、南極、グリーンランドなどを舞台に、氷河・氷床に関する物理現象と変動メカニズムの解明に取り組んでいる。次世代の極地研究者を育成する「国際南極大学」プロジェクトにも従事。2022年、『南極の氷に何が起きているか』(中公新書)にて第38回講談社科学出版賞を受賞した。
近年、世界的に豪雨や大雪、熱波、干ばつなど、激しい気象災害が続いている。日本だけでも、2022年の東北地方での記録的豪雨や、非常に強い勢力で上陸した台風14号、日本近海で発生した台風15号などが記憶に新しい。
「こうした現象にはさまざまな要因が影響していて、〝今年の異常気象の原因はこれだ〟と断定するのは容易でありません。しかしながら、今問題になっている気候変動の骨格はシンプルです」と氷河・氷床の変動について長年研究している杉山 慎さんは語る。それは、人間が排出した温室効果ガス、主に二酸化炭素によって地球の平均気温が上がっているという事実だ。
「ここ100年の気温上昇は約1℃。例えば、とても寒冷だった氷期と呼ばれる時代から現在まで、10℃の気温上昇が1万年以上かけて起きた(100年あたり0.1℃以下)のに対してはるかに急激です。2100年までに産業革命以降の気温上昇が世界平均で4~5℃に達する、とのシナリオもあり、温室効果ガス排出量抑制の努力が最大限に成功しても、1.5℃の上昇は免れません」
地球温暖化の影響としてよく取り上げられる問題の一つは海面上昇だ。
「最近100年間で海水面が20㎝上がっていることがわかっています。水は温度が上がると体積が大きくなる(熱膨張)ので、水温が上がるだけで海水面が上昇してしまうのですが、近年の海面上昇への熱膨張の影響は約半分。もう半分の原因は高山にある氷河やグリーンランドや南極の氷床が融解して海に流れ込んでいることです」
特に深刻なのが、北極圏のグリーンランドだという。日本の国土の6倍もの領土の約8割が平均1700mもの厚さの氷で覆われた、世界最大の島だ。現地調査に携わる杉山さんは、毎年5mも氷が薄くなっている氷河を目の当たりにしていて、仮にグリーンランドの氷がすべて解ければ地球の海水面は今より7mも上昇すると懸念する。
「陸地が大部分を占める南極では気温がほぼ年中0℃を下回るのに対し、海の影響を強く受ける北極圏は比較的暖かく、夏のグリーンランド沿岸では10℃を超える日もあります。気温が1℃も上がれば影響は大きく、氷が解け出してしまいます」
ただ、海面上昇に影響を及ぼす恐れがあるのはグリーンランドの氷床だけではない。「地球上の氷河・氷床全体に占める割合は、グリーンランドのものが約10%で、残りのほとんどは南極氷床です」。地球の気温上昇がさらに進み、もし南極の氷まで大きく崩壊するようになればどうなるのか。「南極の氷がほぼ完全に融解した場合、海水面が50m上昇し、日本の国土は関東平野など人口の多い平野部を中心に17%も海に沈んでしまう計算になります」。
気候変動の影響を特定・予想するには、長年のデータ蓄積と最新技術による分析が必要となる。「例えば、南極氷床の変動についても、かつては気候変動による大雪で氷がむしろ増えるのではという見方もありましたが、調査・研究が進んだ結果、雪の変化よりも、解け出す氷の量のほうが大きいことが判明しました。複数の大きな現象をそれぞれ慎重に調べなければ事実を正確に知ることはできないのが、地球科学の難しいところです」。
氷床の融解は、世界規模の影響だけが問題なのではない。例えばグリーンランドには約5万人が暮らしていて、氷が減ることによる生活への影響を冷静に見極める必要もある。協力隊OVでもある杉山さんは研究調査の傍ら、村の人たちに結果を共有する発表の場も設けている。「日本のお菓子を配ったりして集まってもらうのですが、この手法には協力隊時代の経験が生きていますね。氷を失うことによる利害をざっくばらんに話し合っています」。
例えば、現地では解けた氷が鉄砲水となって被害を出すことがある一方、海が氷に閉ざされる時期が減ることで、船による郊外の村への物資輸送がしやすくなる側面もある。だが、世界的な気候変動対策という視点の下では細かな現地事情は顧みられにくい。
杉山さんは、海外協力隊だからこそ気づけることがあるともいう。途上国で2年間暮らしながら現地の人と社会に向きあって活動する中で、任地の事情や、現場で実際に起きていることを知ることができるのはもちろん、現地で見聞きする物事の中に、逆に先進国の我々が学ぶべきことを見いだせるかもしれない。「私はザンビアに赴任した当初、乗り合いバスが時刻表どおりに来ないことに困惑しました。客がいっぱいにならないと発車しないからです。でも、しばらくすると、運転手にとっても環境にとっても良いことなのだと解釈するようになりました。航空会社がガラガラの座席でも時刻どおりに飛行機を飛ばすのと対照的です」。
そして、隊員としての活動そのものも、気候変動と無関係ではない。
「私がザンビアにいた当時、熱効率の良い七輪の普及活動をしている隊員がいました。ささやかな活動かもしれませんが、二酸化炭素の排出量を減らしつつ森林の保持に貢献し、同時に人々の生活を楽にすることもできます」
任地で生活をしながら、地に足のついた貢献活動ができるのが海外協力隊。この強みは、気候変動という地球規模の課題への取り組みにも生かせる場面があるはずだ。
Text=大宮冬洋 写真・イラスト提供=杉山 慎さん