▶巡回指導で「やる」と言ってくれたのに、次に行った時に何も変わっていませんでした
(栄養士/女性)
農村を巡回し、村の女性たちに普段の食事内容を聞きながら成長期の子どもの健康のための栄養教育を行っています。炭水化物過多で発育のために必要なタンパク質が不足していることがわかりました。肉を買うことが難しければ飼っている鶏の卵を食べることなどをアドバイスし、女性たちも食生活を変えていくと言ってくれました。ところが、その後村に行ったところ、状況は何も変わっていませんでした。皆が賛同してくれたと思っていたので、ショックを覚えました。
JICA海外協力隊技術顧問(家政・生活改善、栄養士、料理)。横浜国立大学都市科学部長・同大学大学院都市イノベーション研究院教授。お茶の水女子大学博士(ジェンダーと開発)、カアグアス国立大学名誉博士号(地域開発)。社会的弱者のエンパワーメントをテーマに研究を行う。認定NPO法人ミタイ・ミタクニャイ子ども基金理事長としてパラグアイ農村部の女性や子ども、スラムの若者たちの教育、保健・栄養改善を目指して活動。JICA理事長表彰、パラグアイ上院議員表彰ほか、パラグアイにおける国際協力活動に対する表彰多数。
▶栄養面だけでなく、地域の文化的背景にも目を向けて、生活全体が改善できるように活動していきましょう。
専門性がある方ほど課題を的確に捉え、その点の解決策のみを見いだしてしまいがちですが、現地の人の生活改善を考える上では、社会的・文化的側面やジェンダー的な視点も加え、もう少し広く物事を捉えるとよいと考えます。
今回の場合、栄養教育の講習会を聞いた村の女性たちは、「子どもの発育のためにタンパク質をとったほうがよい」ことは理解したはずです。村人たちからすれば隊員たちはその道のプロ、先生のようなものですから、卵を食べることの提案にも「イエス」と言ってしまったのだと思います。
しかし、実際にそれを実行できるかは別です。今回のご相談内容は人間関係の問題ではなく、村の一番の課題が経済的な課題であるということ。お金がないために子どもたちに市場価値のある栄養のあるものを与えられないといった背景があるからです。飼育している鶏から生まれた卵はその家の貴重な収入源で、それを売って苗や農業に必要なものを買うことが先決ですから、子どもに食べさせるという選択肢が少なかった可能性があります。
タンパク質をとってもらうための解決策として、私は卵に加えて豆類の摂取を薦めます。豆類は村で作っていることもあるでしょうし、家庭菜園でも作りやすく、市場でも安価で手に入ります。栄養価が高く、食物繊維が豊富なことから生活習慣病の予防にもなり、家畜を飼って殺すこともないので、地球環境にも優しい食材です。
近年、「プラネタリー・ヘルス・ダイエット」という動物性たんぱく質の消費を抑え、植物性たんぱく質や全粒穀物などを多くとることで、健康的な食事と持続可能な食糧生産を実現する取り組みが注目されています。世界の飢餓問題を考えると、豆類の摂取量の増加は良いことであり、生活や栄養改善に関わる職種の隊員にとって追い風、腕の見せどころだと思います。
また、広く課題を見ていくと、経済面のフォローも必要になってきます。栄養士であるご相談者の方からすると専門から少し外れてしまうかもしれませんが、収入向上を提案することも一案です。地域で栽培されている野菜や果物を加工したり、伝統的に受け継がれてきた刺繍や織物を商品化するなどして、女性たちが自分たちで作れるものに、付加価値をつけて販売できるようになるとよいですね。
先輩隊員の例では、現地の食材を使ったかりんとうを作ることを提案し、派遣国の国際空港で販売した家政・生活改善隊員がいます。その方は派遣当初、カウンターパートが忙しく、活動があまりうまくいかずに苦労されていたのですが、農村の女性リーダーの理解を得ることができ、商品開発に成功しました。
他にも、スーパーフードとして注目されている地元産のアマランサスやキヌアを使ったクッキーを地域の女性たちに作ってもらい、町のキオスク(売店)で売ってもらった栄養士隊員もいました。彼女はSNSを駆使してプロモーション活動を積極的に行っていました。
2年間で収入向上にまで結びつけることは容易ではありませんし、隊員の活動では地域で販売するなどの活動はできても、流通に乗せるといった活動までもっていくことは難しいでしょう。それでも、隊員が関わる2年が過ぎても、村の人々の生活は続きますので、持続可能なものになることが大切です。
私が隊員だった時に生活改善指導で巡回したパラグアイの37の農村地域の中で、私の帰国後も発展を続けた村があります。当時村にいることが当たり前とされていた女性たちが村の外に出て、自分たちが作ったジャムや野菜を販売したり、農協の活動に参加するようになり、村における女性の地位が改善されました。目に見える成果にならなくとも、外部者として村人たちの可能性を開花させるサポートをしていきましょう。
Text=ホシカワミナコ(本誌) 写真提供=藤掛洋子さん ※質問は現役隊員やOVから聞いた活動中の悩み