派遣から始まる未来
進学、非営利団体入職や起業の道を選んだ先輩隊員

フェアトレードショップ 「Teebom」を立ち上げ

今井奈保子さん
今井奈保子さん
スリランカ/村落開発普及員/1993年度2次隊・静岡県出身





スリランカでの経験を糧に生産者とお客様とフェアな関係を築く

協力隊時代。農村部の女性たちに向けて開いたパッチワーク教室の様子

協力隊時代。農村部の女性たちに向けて開いたパッチワーク教室の様子

   新卒でNTTに入社し、社会人としてのキャリアをスタートさせた今井奈保子さん。ところが45歳にして小さなフェアトレードショップを開くことになったのは、27歳で青年海外協力隊としてスリランカへ行ったことに端を発する。

   社会人5年目。出向・出張に忙しく外資系企業との仕事も多い中、外国人との価値観の違いに翻弄されつつも、面白味を感じていた。そんな時、目にしたのが青年海外協力隊のポスターだ。「会社の業務以外で海外へ行き、自分で考えて行動する経験を積むチャンスだと思いました」。

   1993年、ボランティア休暇を取得し、現職参加で派遣されたのはスリランカ。農村部の現金収入向上を目指し、女性たちと民族衣装であるサリーの端切れを縫い合わせたパッチワーク小物を作って売り歩いた。

「私は縫い物が苦手なので、サンプル制作は先輩隊員にお願いしました。村の女性たちには何度も作り直してもらい、きれいに仕上がった物を街へ売りに行きました」

   ところがある日、いつも買ってくれていた店から取引を打ち切られてしまう。代わりに店に並んでいたのは大量生産されたコピー商品。

今井さんが主宰するフェアトレードショップ「Teebom」。店名はシンハラ語で「お茶にしましょう」の意。JR静岡駅から徒歩約10分

今井さんが主宰するフェアトレードショップ「Teebom」。店名はシンハラ語で「お茶にしましょう」の意。JR静岡駅から徒歩約10分

「私が文句を言おうとしたら、一緒にいた村の女性たちが『もう帰ろう。もっといい物をまた作ればいい』と止めるんです。でも、こんな扱いはフェアじゃないと思いました」

   任期終了後、復職したNTTの仕事で再びスリランカに駐在することになった今井さん。村の女性たちに再会したが、日本人の今井さんがいなくなったことで対等な交渉ができず、取引条件が悪くなったと聞かされた。「生まれた場所や職業で差別や格差があり、仕事を正当に評価してもらえない。それを解決する方法がわからないことにも悔しさが残りました」。

   結局、村の女性たちの行商は途絶えてしまい、釈然としない思いを抱えながらも、今井さんは仕事に没頭した。転職したIT系会社ではスリランカやミャンマーでの新規事業を成功させ、2005年からはJICAサモア事務所で企画調査員(ボランティア事業)として勤務。フェアトレードについて知ったのはその頃だ。

Teebomの店内には世界各国の品物が並ぶ

Teebomの店内には世界各国の品物が並ぶ

   フェアトレードとは、開発途上国の生産者が作った製品を公正に取引することで、途上国の人々の生活を助ける仕組みのこと。今井さんは、かつて直面した状況を解決するヒントがそこにあると考え、シドニー大学大学院でフェアトレードや社会的企業について学ぶことにした。修了後の10年7月、地元の静岡県にオープンしたのがフェアトレードショップ「Teebom(テーボム)」だ。約3坪の空間に、ペルー産の手編み・手織り物、スリランカの紅茶やスパイス、ケニアやガーナのバスケットなど、世界各国から仕入れた食品や雑貨が所狭しと並ぶ。世界フェアトレード連盟などに登録された280以上の生産者団体から生産者をえりすぐり、お客様に喜んでもらうための商品開発にも労力を惜しまない。

「既存品をそのまま輸入することはせず、顧客や周りの人たちの力も借りて試作を重ね、オリジナル商品を作り上げています。正式発注までに3年以上かかることもあります」

   フラットな関係性を築くため、現地には行かない主義。試作にかかるコストは前もって支払い、完成した商品はすべて買い取っている。

2014年からは静岡大学の非常勤講師として「NPOボランティア論」や「フードシステムデザイン論」の講義を行っている

2014年からは静岡大学の非常勤講師として「NPOボランティア論」や「フードシステムデザイン論」の講義を行っている

「たくさんの在庫を抱えてしまうこともありますが、勉強代として受け入れています(笑)」。試作がうまくいかず、ペルーの編み物生産者を日本へ招待し、日本の国柄やこだわりの理由を伝えたこともある。今では商品の完成度が大幅に高くなった。

   開業当時、日本国内のフェアトレード小売店の平均寿命は2年程度というデータもあったが、その中で今井さんは20年間続けるという目標を掲げ、今年で13年目を迎えた。「頑張ってくれている生産者のためにも、長く続けていくことを考えています。自分に負荷をかけ過ぎず、長い目で見て諦めないことが肝心です」。

   ライフワークを見つけた今井さんは、今日もお店のシャッターを開ける。国籍も人種も境遇も超え、信頼する生産者とお客様をつなぐために。

今井さんの歩み

1965年、東京都生まれ、静岡県育ち。

1988年、NTTに総合職で入社。

1993年12月、協力隊に現職参加し、スリランカへ。

忙しい部署だったので直属の上司には反対されましたが、さらに上の上司が社長決裁を取ってくれました。現地では、NTTから支援を得て、村の青年たちが電柱を建てる手伝いもしました。

1996年1月、NTT復職。その後、スリランカテレコムへ出向する。

隊員時代に取り組んだパッチワーク商品の取引条件が悪くなっていることを知り、個人的に商品を買い取って現地の邦人に配ったりもしましたが長くは続きませんでした。

2000年11月、NTTコミュニケーションズを退職し、アルプス技研入社。スリランカ現地法人Altech Lanka Pvt Ltd.に出向し、スリランカやミャンマーでソフトウェア開発の請け負いなどの新規事業を立ち上げる。

2005年3月、アルプス技研退職。

ハードワークで体を壊し、退職して入院しました。療養期間中にミャンマー総合研究所とコンサルティング契約を結び、ヤンゴン大学大学院のプロジェクトマネジメントコースの準備に関わりました。

2005年12月、JICAサモア事務所で企画調査員(ボランティア事業)として働き始める。

途上国の人々のためになるスキームを改めて考えたくて、再び国際協力の分野に携わりました。

2008年2月、シドニー大学大学院入学。

2010年7月、フェアトレードショップTeebom開業。

自分が関わっている生産者にはどんな荒波の中でもやっていける力をつけてほしい。お客様ともフェアでいたいので、ちゃんと生産者や商品を理解して、手に取ってくださる方を大事にしています。

Text=秋山真由美 写真提供=今井奈保子さん

知られざるストーリー