派遣から始まる未来
進学、非営利団体入職や起業の道を選んだ先輩隊員

ラジオパーソナリティほか

長井優希乃さん
長井優希乃さん
マラウイ/小学校教育/ 2018年度2次隊・東京都出身





ラジオパーソナリティ、ヘナアーティスト、教員、エッセイスト
――型にはまらず、多様性を発信する

「おはようございます。マズカブワンジ〜(※1)」。朝5時、ラジオから聞こえてくるのは、長井優希乃さんの声。現在、J-WAVEの番組「JUST A LITTLE LOVIN'」のパーソナリティを務める。「大好きなマラウイの文化に親しんでもらいたくて、チェワ語で挨拶しています」。

   長井さんは中学3年の時、ネパールの民族舞踊の特別授業をきっかけに世界の民族や文化に強く関心を持つようになった。「大学で文化人類学を専攻し、3年次に選択したスワヒリ語の講師がタンザニアOVの岩井雪乃さんでした。岩井さんが行う現地調査に同行させてもらえたのが、世界への扉を開く第一歩となりました」。

ファッションショーと結びつけて社会問題を考える取り組みは大きな話題となった。思い思いのコスチュームに身を包み、メッセージを発信する生徒たち(右:森林保全・動物保護、左:HIV/AIDS啓発、下:アルビノ差別反対)

ファッションショーと結びつけて社会問題を考える取り組みは大きな話題となった。思い思いのコスチュームに身を包み、メッセージを発信する生徒たち(右:森林保全・動物保護、左:HIV/AIDS啓発、下:アルビノ差別反対)

   その後、再びさまざまな文化を肌で感じながら学びたいという気持ちが強くなり、大学を休学してバックパッカーに。ネパールでヘナアート(※2)を生業とするインドの移民からヘナを習い、ヘナを描きながら約20カ国を旅した。さらに文化人類学を深く学ぶため大学院に進学し、インドでのフィールドワークも精力的に行った。 

   そうした経験から「人々と共に暮らしながら生活を中から見つめたい」と協力隊に参加した長井さん。加えて、あちこちの国を実際に訪れ文化人類学を研究する中で感じていた疑問、「開発支援、というもの自体が植民地主義的ではないのか?」「現地の人々と真の意味で共に生き、対等に行う開発は可能なのか?」に対し、実際に国際協力、開発の現場に飛び込み実践してみたい、という思いもあった。

   現地では管轄地区の小・中学校で教員へのエクスプレッシブアーツ(※3)のサポートを担当。12校を巡回し、児童・生徒・教員たちと芸術教育についてのワークショップや、クラブ活動などを行った。また、ジェンダー格差やアルビノ(※4)差別など各校が取り上げたい社会問題について表現するファッションショーを企画・開催した。身の回りにあるモノで衣装を作るというテーマの中で工夫を凝らして衣装を作り、主張を踊りや歌で表現する生徒たちのパワーに圧倒されたという。また、大統領選挙の際には投票体験をしてもらおうと、全校投票壁画プロジェクトを実施。芸術活動とつなげて世の中を考える企画を多数行った。

   そんな長井さんだが、日常生活では皆から学ぶことばかりだったという。

「最初は火おこしもできず、困り果てていたら子どもたちが助けてくれました。畑の耕し方、天気の予測の仕方や野草の調理方法を教わりました。私が困っていたらいつでも手を差し伸べ、知恵と力を貸してくれました。『ユキノが〝ジャイカ(JICA)〟なら、マラウイの私たちは〝マイカ〟だ。いつでも日本の人々に教えに行くよ!』と言われ、なんていいアイデアと、感銘を受けました」

上:現在、月曜から木曜の朝5時から生放送を行っているラジオのスタジオで
ヘナアートを描く長井さん(右写真は現在。イベント時などに描く。左写真は大学院時代、フィールドワークで滞在したインドで)

上:現在、月曜から木曜の朝5時から生放送を行っているラジオのスタジオで 下:ヘナアートを描く長井さん(右写真は現在。イベント時などに描く。左写真は大学院時代、フィールドワークで滞在したインドで)

   何かを「指導した」というよりも、共に生活をする中で彼らとお互いに「学び合った」という感覚が強く、支援という枠にとらわれず、お互いが呼応し協力し合って生きていくのはこういうことだと腑ふに落ちたという。

   帰国後、マラウイでの体験を発信したいと考えていたところ、タレントで友人の三原勇希さんのポッドキャスト(※5)に出演することになった。これがきっかけでWEBコラムの連載(※6)やラジオ番組のリポーターなどの活動につながった。さらに今年3月までは小学生から高校生までを過ごした母校で教鞭を執り、日本とマラウイの生徒らの交流にも一役買った。

   昨秋からは冒頭で紹介したラジオ番組がスタート。「番組のテーマは、マラウイで考えていた『豊かさとは何か』。マラウイは経済的には『貧しい』とされる国ですが、人々は身近にあるもので暮らしを豊かに彩る知恵や創造性、エネルギーに溢れています。日本は経済的・物質的には『豊か』な国であっても、生きづらさを抱えている人が多くいます。マラウイの日々から、多様な『豊かさ』の在り方や価値観を発信したいと思っています」。

   世界には多様な文化があり、自分の当たり前の範疇に当てはまらない人々がいる。「違いを受け止め、『面白いね』と思い合いながら、一人ひとりが尊重される『共に生きる社会』を実現したい」と長井さん。今後も型にはまらず、行動や発信を続けてゆく。

長井さんの歩み

1991年生まれ。東京都出身。

中学3年生の時に受けたネパール舞踊の授業が、民族や文化に関心を持つきっかけになりました。

2009年、文化人類学を学ぶために大学に進学。

実際に自分の身体でさまざまな文化に浸ってみたい!と1年間休学してバックパッカーに。ネパールでヘナの描き方を習ってからは、いろいろな国の路上で道行く人にヘナを描きながら旅をしていました。

2015年4月、大学院に入学。

ヘナの持つ意味や役割、ヘナに関わる人々について文化人類学的に研究したいと考え、ヘナアートの本場であるインドでフィールドワークを行うことにしました。

2018年、協力隊参加。小学校教育職種でマラウイへ。

文化人類学を研究していたので、現地の人々と生活を共にしたいと参加を決めました。コロナ禍により半年を残して一時帰国、任期満了となってしまいましたが、その後もプライベートで訪れています。

2021年1月、母校の教員となる(~2023年3月)

タイミングよく、産休の先生の代わりに声をかけてもらい、担任も受け持ちました。

2022年10月、J-WAVEの番組「JUST A LITTLE LOVIN'」のパーソナリティに。

何度かラジオのレポーターや代役出演を務めていたら、番組を持たせていただけることになりました。3月までは教員もしていたため、早朝の生放送との両立はハードでしたが、自転車で12校を巡回していたマラウイの日々同様、体力勝負で乗り切りました。

※1 マズカブワンジ…マラウイの母国語であるチェワ語で「おはよう」の意。
※2 ヘナアート…植物染料を使って肌の表面を染める、インドや中東などで行われる伝統的な身体装飾。1週間程度で消える。メヘンディともいう。
※3 エクスプレッシブアーツ…音楽、体育、図工などの総合科目にあたる。
※4 アルビノ…先天性色素欠乏症。社会的弱者として不当な差別や迫害を受ける事例が後を絶たず、マラウイでは差別反対のデモなども起こる。
※5 ポッドキャスト…音声や動画のデータをインターネットに上げて公開する仕組み。
※6 バイブス人類学…生活の中に漂う「空気感」=「バイブス」を言語化し、人々が共生していくための方法を考える長井さん執筆のWEBコラム。 https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/column/cc/vibes-anthropology

Text=海原美帆 写真提供=長井優希乃さん

知られざるストーリー