協力隊活動は、個々の隊員が自らの配属先で要請内容に応じて行うのが基本だ。ただ、それとは別に、近しい職種の隊員などが「分科会」を結成して配属先の範囲外で活動する例もある。有志による自主的なグループなので規模も活動内容もさまざまだが、個人ではできない大きなイベントにチャレンジできたり、先輩や同期隊員のノウハウを学ぶことができたりするので、自分自身の活動にもプラスとなるだろう。先輩隊員の事例を紹介するので、派遣国での活動の参考にしてほしい。
看護大学卒。看護師・保健師資格を取得し、総合病院で5年半勤務した後、協力隊員としてホンジュラスに赴任。帰国後、大学院で公衆衛生の修士号を取得。アイ・シー・ネット株式会社に入社し、開発コンサルタント(アソシエイト)としてホンジュラスとパキスタンで保健分野の技術協力プロジェクトに従事している。
分科会は大抵、職種を冠して〇〇分科会などと呼ばれるため、特定の職種のメンバーだけで構成されているように思われがちだ。ただ、それぞれの分科会のスタンス次第ではさまざまな職種の隊員が参加していることもある。例えば、ホンジュラスの「保健分科会」は、看護師や助産師、保健師、感染症・エイズ対策、理学療法士、鍼灸マッサージ師、コミュニティ開発、障害児・者支援など多岐にわたる隊員で構成されている。さらに、保健分科会の傘下の小分科会として、少人数の母子保健分科会と感染症分科会が別途活動することがあったほか、理学療法士隊員による独自の見学会や講演活動も行われていた。
保健分科会では、活動経験が増えてきた2017年3月に、分科会の方針や意義、体制、活動内容などについて話し合い、会の目的を「ホンジュラスにおける保健分野に関連のあるボランティアの知識向上・情報共有」と明文化した。そして、会の取りまとめ役を担う総括・副総括・会計・書記などの役員を決めて、半年に1回、定例会議を実施することとした。年間のスケジュールや活動内容について各メンバーの都合を確認し合ったり、進捗報告を行ったほか、新たに着任した隊員には事前にメールで声をかけ、興味のある人には参加してもらった。
「それ以前は中心となる人がいませんでしたが、対外的な窓口があるとさまざまな企画を進めやすい、と役員を決めました」と話すのは、この時に副総括に就いた船水綾乃さんだ。16年に看護師隊員としてホンジュラスの保健センターに派遣されて、当初から分科会に所属してきた。副総括の後に総括も務めている。個人の活動に影響が出ないよう、あくまでも取りまとめ役という位置づけだったが、分科会の活動を通じて保健分野の隊員が知見を高められるよう、会の運営や各種イベントの補佐などに携わった。
船水さんが分科会として関わった活動の一つが、「健康祭り」の開催だ。これは分科会が定期的に実施していたイベントで、一般市民への健康意識の啓発活動として、メンバーの任地に集まって公園などの公共の場を借り、プレゼンテーションやデモンストレーション、ゲームなどを行っていた。
例えば、17年中頃に南部のチョルテカという街で実施した際には、現地に肥満の人が多いという背景から生活習慣病というテーマを掲げ、町の中央広場を会場としてイベントを行った。「自分の身体を知ろう」ということで身長・体重・BMI・血圧の測定を行ったほか、各種ブースで飲食物に含まれる砂糖・脂質の量を示したり、糖尿病・高血圧の影響について説明したりと、各自の専門性を踏まえた展示を実施。さらに、体育隊員との連携で体力測定や運動の助言を行うブースも設置できて内容の幅が広がり、150~200名ほどの市民が来場。2日目に行った日本文化紹介も好評だった。
「私は日本の病院では一般市民への啓発活動の経験がなかったのですが、経験豊かなメンバーと企画に携わったり、先輩隊員の活動の様子を見る中で、識字率などが異なる多様な来場者へのアプローチ方法を学べました」
同年10月には、やや小規模ながら感染症分科会による祭りもあり、船水さんも看護師隊員として参加。テーマは性感染症と蚊媒介感染症だった。性教育ブースではコンドームを模した着ぐるみを使うなど、インパクトのあるパフォーマンスで知識の浅い若年層に適切な避妊方法を印象づけた隊員もいた。
開催に際しては、企画・準備段階から、開催地の隊員のカウンターパート(以下、CP)など、同僚らを巻き込むことを特に心がけた。「多忙なCPたちが企画から携わるのが難しく、業務が隊員に偏ることが課題でした。CPが主体性を持つことで、同僚たちにも啓発活動への関心を持ってもらう契機になり、持続性を目指した活動となりました」。交通費や宿泊費、教材作成費といった諸経費は、あらかじめ年間活動計画と予算をJICA事務所へ提出した上で、各イベントの開催後に各隊員の業務出張経費として精算していたが、隊員のCPへの働きかけによって、開催地の隊員配属先が物品購入費用を負担してくれる場合もあった。
もう一つ、船水さんが分科会活動の一環で取り組んだのが、「学校保健冊子」の作成だ。「ホンジュラスの学校には日本のような保健体育の科目がなく、学校で保健教育を行うためにわかりやすいガイドが必要でした」。
そこで、過去に保健分科会が作成した保健ボランティア冊子に着目。地域住民への啓発活動用に作成された冊子を学校向けにアレンジしようと考え、現地教員へのアンケートや聞き取り調査を基に、けがの応急処置や思春期の二次性徴、性教育、メンタルヘルスといったテーマを追加した。編集では、看護師や助産師、理学療法士、感染症・エイズ対策といった有志の分科会メンバーがそれぞれの分野を担当したほか、体育・環境教育隊員にも加わってもらい、運動や環境問題といったテーマも盛り込んだ。「冊子をコピーして授業に活用することも想定し、子どもたちでも理解できるよう、絵やイラストを多く盛り込みました」と船水さん。完成した冊子は試験的に30部刷り、データ類は共有して活用した。
船水さんは「帰国までもう少し時間があれば教育現場や配属先で試行活動を進めたかった」と、心残りに感じていたが、その後、保健分科会の後輩隊員が中心となってさらに編集を加えるなど、成果物として受け継がれている。
また、母子保健分科会は、特に妊産婦ケアや新生児ケア、性教育などの分野で、現地の医師や助産師、看護師などへのフォローアップの場を増やしてモチベーション向上を図ろうと、各メンバーの配属先で母子保健ケア、超音波診断、性教育などの合同研修を実施した。また、活動の一環で作成された単語帳形式の母子保健用語集は日本語とスペイン語が併記されており、関連分野の隊員に重宝がられた。
「隊員数や職種、隊員派遣中の地域などが時期によって変わるので、必ずしも分科会の枠にとらわれず、柔軟な姿勢で活動のあり方や方向性を考えることも大切です。分科会活動が個人の活動にもプラスとなるよう工夫して、隊員同士でお互いを尊重しながら活動できると良いと思います」
3月
■定例会議で年間計画策定
隊員総会にあわせて年に2回定例会を開催し、役員を決定。1年間の活動方針も相談する。
■「健康祭り」の企画準備
定例会での決定に基づき、活動予定や必要な予算を企画書にまとめ、JICA事務所に提出。その後、参加メンバーに準備を割り振っていった(3月~)。
7月
■健康祭り開催
■感染症分科会の健康祭りを計画
9月
■定例会議
事前に議題を決めて活動の進捗などを報告。適宜、臨時の会議も実施。会にあわせて小分科会のミーティングや専門家の話を聞くイベントを行っていた。
10月
■感染症分科会の健康祭り開催
12月
■「学校保健冊子」の編集検討開始
船水さんが聞き取り調査などを始める。
翌年2月
■学校保健冊子の内容決定
■定例会議で年間計画策定
作業を分担し、冊子の制作を進める。
5月
■学校保健冊子が完成
Text=飯渕一樹(本誌 リード)、新海美保(分科会) 写真提供=船水綾乃さん