[特集]〝職種〟を生かして日本で活躍する

協力隊参加で得た経験と、職種に関する知識を生かして、帰国後も社会貢献を続けたいという隊員は多い。今号の特集では、協力隊時代の職種を生かしながら、長年にわたって日本でテーマを持って取り組みを続けているOV4人に現在の活動を中心にお話を伺った。帰国後の活動の可能性を広げるヒントにしていただきたい。

職種:小学校教諭▶「寺子屋運営」

堤 真人さん
堤 真人さん
フィリピン/小学校教諭/2006年度3次隊・三重県出身

大仙寺副住職。横浜国立大学大学院の教育学研究科を修了後、フィリピンで協力隊員として2年間活動する。帰国後、大阪市や横浜市の小学校教員として11年間勤務し、研究主任や横浜市カリキュラムマネジメント策定委員などを経験。2020年4月、退職して故郷の三重県伊賀市へ戻り、同年8月に小中学生向けの寺子屋を開設した。JICA三重デスクも担当。


教える先生から、
寺子屋で共に学ぶ仲間へ

協力隊OVの友人や、その知人のウクライナ人を招いた特別ワークショップ

協力隊OVの友人や、その知人のウクライナ人を招いた特別ワークショップ

「協力隊時代のすべてが原体験となって今に生きています」と話すのは、三重県伊賀市にある大仙寺の副住職、堤 真人さん。11年間の小学校教員生活にピリオドを打って実家のお寺へ戻り、放課後の学びの場・寺子屋大仙寺を開いて4年目になる。学びの柱は、子どもたちがみんなで決めた目標を達成するために話し合い、役割分担して実行するプロジェクト学習だ。誰かにやらされるのではなく、自らが主役になることを大切に、子ども食堂を運営したり、縁日の出店や募金などのボランティア活動にも取り組んでいる。

   大学と大学院で教育学を学んだが、学校を出たばかりの自分が子どもたちに何を教えられるのか疑問もあり、2007年、協力隊に新卒参加した。

   任地はフィリピンのボホール島。島の教育委員会で、教員の授業力向上プロジェクトの推進を任された。堤さんは島にある17校ほどの小学校を巡回し、精力的に模擬授業や研修講座を企画したが、半年が過ぎた頃、現地の先生たちがよそよそしくなった。話しかけても返事すらない。戸惑う堤さんに先生の一人がこう言った。「日本から来て偉そうにするおまえのことなんか誰も好きじゃない。だいたいなぜ英語を話すんだ? 現地の言葉を覚えろよ」。

「カチンときて、もうこんな所にはいたくないと1週間島から離れたりしましたが、薄々は気づいていました。外から来た自分に上から目線であれこれ言われて嫌だろうな、と」

フィリピンでの協力隊活動の様子

フィリピンでの協力隊活動の様子

   このことがきっかけで堤さんは現地の言葉を必死で覚え、食べる物も着る物も現地の人と同じくし、残りの任期をボホラノ(ボホール島の人)として生きようと決めた。

「みんなも心を開いてくれ、一緒に授業づくりを進めていけました。何より、支援者と被支援者は常に相互関係であることを学んだのです」

   帰国後は大阪府の臨時的任用教員を経て、学生時代を過ごした横浜市の正規教員となった。

「学校では協力隊時代の経験を生かし、自分が生徒に教えるスタイルではなく、先生と生徒が同じ作業をし、時には生徒同士が教え合うような教室づくりを実践していました」

   教員歴が11年を過ぎ、40歳を目前にした19年の夏、ふと考えた。「残りの人生、何に命を燃やしたいのだろう」と。当時、携わっていた教科書の制作や研究主任としての役割に一区切りついた時期でもあった。

「学校教育の中でやれることはやり切った。次は、放課後を楽しく過ごせる場所をつくろう」と20年3月に小学校を退職して帰郷。その5カ月後、安価で通える寺子屋を開いた。現在は、小学生45人と中学生20人が週1〜2日の頻度で通ってくる。

寺子屋に通う子どもたち。「先生が一方的に何かを教えるのではなく、共に学び合う場所づくりを心がけています」(堤さん)

寺子屋に通う子どもたち。「先生が一方的に何かを教えるのではなく、共に学び合う場所づくりを心がけています」(堤さん)

   小学生に対しては学び・遊び・友達づくりに重点を置き、中学生には将来も見据えて受験勉強を行う。「地方から都市圏へ進学するには費用が非常にかかるので、低料金の塾としての役割も果たしています」。さまざまな分野で活躍する大人を招いて、話を聞く機会も設けている。

「子どもが自ら育つ環境をつくるのが自分のミッションで、私も共に学んで育つ学習者だと思っています」

   22年からはJICA三重デスクとしても活動する堤さん。伊賀市は人口の約7%を外国籍の住民が占めるが、経済的に学習機会の少ない家庭も多く、寺子屋へ通うことも難しい場合がある。将来的には奨学金制度を作り、外国籍の子どもたちが気軽に通えるようにしたいと考えている。

「いずれは多文化共生社会を推進する民間の拠点となり、地域に暮らす外国人が〝日本に来てよかった〟と思える機会を増やしたいです。日本人の子どもたちには、自分の暮らす地域で異文化に触れ、外にはもっと広い世界があると感じながら成長してほしいと思います」

寺子屋を運営するには

   堤さんの場合、2020年6月から、まずは休日に「お寺で遊ぼう」と題して子どもたちが参加できる催しを開始。8月に行った4日間の「夏の寺子屋」などを経て、本格的に平日の運営に移り、徐々に規模を拡大してきた。

   現在、月謝制で小学部は週3日、中学部は週1日。タイムスケジュールを設けて授業を実施している。

※授業イメージ(小学部)

Text=秋山真由美 写真提供=堤 真人さん

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