[特集]進路相談カウンセラー、
企業・NPO代表がアドバイス   協力隊後の仕事を考える

企業・NPO代表に聞く「必要とされる人材」

協力隊経験のどんなところが現場で役に立つか。現役隊員は何をしておくべきか。国際コンサルティング会社「パデコ」社長、農業で技能実習生や外国人材を育てる「農園たや」代表、NPOで国内外の弱者へ医療支援を行う「NPOシェア」理事に伺った。

Case1

株式会社パデコの国際開発コンサルタントに
求められるのは「専門性」と「柔軟性」

相馬 敬さん

株式会社パデコ   代表取締役社長

相馬 敬さん
ガーナ/理数科教師/1990年度1次隊、SV /ガーナ/理数科教師/ 1995年度9次隊・福島県出身

<株式会社パデコ>
1983年に設立された国際開発コンサルティング会社。JICAや国際機関などの援助計画に関する具体的なプロジェクトの調査、立案、実施までを遂行する。運輸・交通、都市・地域計画、教育、人材開発、ガバナンス、産業開発、環境および気候変動対策など幅広い分野の課題解決に取り組んでいる。


JICAの技術協力プロジェクト「バングラデシュの小学校理数科教育強化計画プロジェクト」をパデコと広島大学が受託。バングラデシュの教育関係者に向け、教育セミナーを行う相馬さん(2011年)

JICAの技術協力プロジェクト「バングラデシュの小学校理数科教育強化計画プロジェクト」をパデコと広島大学が受託。バングラデシュの教育関係者に向け、教育セミナーを行う相馬さん(2011年)

   パデコにいる約130名の社員のうち私を含めて24名がJICA海外協力隊の出身者(以下OV)です。経営陣には2名、部門長など管理職にも女性を含めて3名います。途上国の教育や人材開発をサポートする教育開発部には特に人数が多く、OVがすんなりフィットしているように感じます。人間性が特に問われる事業分野だからなのかもしれません。コンサルタントとしてチームで働いて成果を出すためには、専門知識と技術だけでなく人間性も重要なのです。

   OVに共通する人間性としては、コミットメントと責任感があることがまず挙げられます。プロジェクトの遂行中に思うように進まないことがあっても他人のせいにせず、「自分事」として最後まで取り組む傾向があります。協力隊は自分の意志で参加する活動なので、当事者意識が高い人が多いのも不思議ではありません。

   もう一つの共通点は「現場主義」です。不慣れな場所であっても目の前の現実から目を背けず、辛抱強く取り組む姿勢ともいえるでしょう。多様なプロジェクトにゼロから参加するコンサルタントには不可欠な資質です。

   実は、私自身には協力隊時代に職場から逃げ出してしまった苦い挫折経験があります。ガーナでの任地は他の教育隊員も多くいる海岸地域ではなく、北部のサバンナ。町の日本人は私一人きりでした。高校の50~60人クラスで数学を教える要請だったのですが、新卒の私には教育技術が伴っておらず、英語もあまりできません。何もできない自分と向き合うのはつらかった。食事も口に合わずに体力が落ちてマラリアにかかったりして。教室にどうしても足が向かわなくなり、病気と偽って他の隊員のところに逃げ込んだのです。

ラオスの基礎教育改善プロジェクト。初等教育の算数学習の改善を目指す

ラオスの基礎教育改善プロジェクト。初等教育の算数学習の改善を目指す

   その後、英語が少しずつ話せるようになり、同僚のガーナ人の奥さんがおいしい手料理を私にも振る舞ってくれることになって、教室に戻ることができました。その頃から気持ちにも変化が起こり、「自分がやりたいから」ではなく「相手のために何ができるか」という気持ちに変わっていったのを覚えています。その頃、隊員の仲間を事故で亡くしたことも大きく影響しました。

   ありがたいことに生徒たちは「僕たちには先生が必要なんだ」と言ってくれました。ガーナでは理数科を教えられる教師が少なかったので、本当に必要だったのでしょう。当時は授業を週28コマも担当していましたから。他の先生の見よう見まねでしたが、なんとか授業を進められるようになりました。それからの私は「とにかく授業を休まない」ことを自分に課しました。「現場感」を大事にできるようになったきっかけであり、コンサルタントとしての私の原点だと思っています。

多くのコンサルタントが
英語圏の大学院で修士号を取得している

インドのムンバイ地下鉄3号線建設に向け、現地調査を行ったトンネル

インドのムンバイ地下鉄3号線建設に向け、現地調査を行ったトンネル

   現役隊員には「目の前の仕事から逃げないで全力で取り組む」ことをまずはお願いしたいと思います。一度は逃げ出してしまった私が言うのだから間違いありません。最初は困難な状況にあっても急に好転する瞬間があります。今までアウェイだった自分が現地の目線になるようなパラダイムシフトです。こうして培われた人間性は、コンサルタントを目指すか目指さないかにかかわらず、これからの職業人生に大きな意味を持つでしょう。

   帰国してからは高校の理科教師をやり、2000年にJICAの専門家としてガーナの理数科教育改善のため、現職教員研修を制度化するプロジェクトに参加しました。10年前の教え子たちの一部が教員になっていて、研修会場での再会に感激しました。その時の専門家のチームリーダーの方から「この仕事を続けたいのなら(大学院)留学をしなさい」とアドバイスをしてもらったのも大きかったと思います。英語には苦労しながらもイギリスの大学院で修士号を取得しました。

   コンサルタントには専門性と柔軟性が必要だと私は実感しています。専門性とは「高い技術力」に他なりません。柔軟性は先ほどお話しした人間性にも通じる点があります。状況を俯瞰して見て、他人の立場を思いやり、チームをマネジメントする力も含まれます。

バングラデシュ銀行の都市建物安全化セミナー

バングラデシュ銀行の都市建物安全化セミナー

   個別の技術がどのような仕組みで生かされるのかを知るためには、大学院での学びが役に立ちます。特にイギリスは徹底した文献調査をした上での論文提出を求められるため、私も過去の論文を200本以上は読み込みました。すると、自然と俯瞰する視点が身につくようです。

   国際開発コンサルタントには英語力が不可欠なので、学術用語も含めた英語から逃げられない環境に自らを追い込んだのもよかったと思います。条件さえ許せば英語圏の大学院に行くことをお薦めします。実際、コンサルタントの多くが海外の修士号を持っています。

   国際開発の場でニーズがある専門性には移り変わりがあります。ただし、プロポーザル(案件受注のための提案書)で採点対象となるのは、チームリーダーおよびキーとなる専門家です。その他のスタッフは対象となる地域や技術分野が専門でなくても問題ありません。

   つまり、自分の専門性は磨きつつも他の分野にも挑戦することができます。チームメンバーから他の技術を学び、自分の履歴書を強くしていくルートです。「自分はこれが専門です」と自負することも大切ですが、他の人から「あなたはこれもできるんじゃないか」と求められ、評価されていることも忘れないでください。

[相馬さんの協力隊後のキャリア]

1994年   任期を1年延長して協力隊から帰国後、慶應義塾高等学校地学科講師などを務める。
1995年   短期のSVとして協力隊に参加し、再びガーナへ。また2000年にJICAのプロジェクト専門家としてガーナに赴任。

2003年   英国サセックス大学大学院国際教育学修士課程に留学(~ 05年修了)。「2000年のガーナのプロジェクトでご一緒した専門家の方から大学院留学を勧められ、思い切って留学しました」。

2005年   株式会社パデコ入社。教育開発部/海外事業推進管理部教育開発コンサルタント、教育開発部部長を経て、19年に取締役、執行役員。

2020年   同社代表取締役社長に就任。

現役隊員が今、すべきことは?

<国際協力プロフェッショナル検定>

世界110以上の国で国際開発を行ってきたパデコは、実践的なセミナーと検定試験「国際協力プロフェッショナル検定」を実施している。「国際協力・国際開発の仕組みを俯瞰するのに役立つ内容です。海外留学は難しいという方、初心者だけなく、プロとして基礎知識を固めたい方にもお薦めします。申し込みから受講、受験まですべてオンラインで完結し、世界中から受講できますので、ぜひ!」(相馬さん)
https://padeco-academy.jp/kentei-Info.html

Text=大宮冬洋 写真提供=相馬 敬さん

知られざるストーリー