[特集]進路相談カウンセラー、
企業・NPO代表がアドバイス   協力隊後の仕事を考える

Case2

株式会社農園たやで、国際協力と農業の両立に必要なのは、
「パッション」と「ロジカルシンキング」

田谷 徹さん

株式会社農園たや   代表

田谷 徹さん
インドネシア/食用作物・稲作/1997年度2次隊・福井県出身

<株式会社農園たや>
福井市高屋町で代々農業を営む田谷家。日本で農園を営みながらインドネシアの農村開発に関わり続ける志を持った田谷さんが2007年に設立し、
18年に株式会社化。少量多品目で循環型の農業を実践しつつ、インドネシアからの技能実習生を常時受け入れている。


農園たやでは、同社スタッフがJICA海外協力隊の民間連携で派遣されるインドネシア・タンジュンサリ農業高校の卒業生を技能実習生として迎え、参加した若者を「考える農民」へと変えていく

農園たやでは、同社スタッフがJICA海外協力隊の民間連携で派遣されるインドネシア・タンジュンサリ農業高校の卒業生を技能実習生として迎え、参加した若者を「考える農民」へと変えていく

   インドネシアの農村部の開発に関わり続けたい、若い人が成長するのを見るのが楽しい―。そんな私にとって農業は手段でしかありません。2007年に農園たやを設立してからも、技能実習制度を活用して、インドネシアの若者と農園で働いてきました。さまざまな問題が指摘される技能実習制度ですが、私たちはこの制度の本来の目的である国際協力を常に念頭に置いています。具体的には、実習生たちに学びの場を提供しつつ帰国後の活躍につなげてもらうことです。

   実習生は、インドネシアの農業高校出身者の中から地域貢献できそうな人材を高校主導で選考しています。また、日本に来る前から、技能実習終了後に手がけるビジネスを調査して考えてもらっています。日本で得られる経験とお金の投資先をイメージできれば、3年間の実習中も主体的に活動できるからです。それをしているため、例えば、帰国後は飲食店を開きたいという人は、農園の定休日に日本の飲食店を見学したりと積極的です。

   農園での実習は圃場での多品種の野菜作りが中心ですが、実習生がその栽培技術をそのままインドネシアで使うことは想定していません。日本とインドネシアでは生産条件も市場特性も異なるからです。実習生に身につけてほしいのはマネジメント力であり、グローバルな視点を持ちながらローカルで持続可能な行動を起こせる力です。弊社では1年2学期制で座学も用意しており、実習生は農業と食の基礎から社会学、さらにはビジネスプラン作りまでを学習。最終年である3年目にはそれぞれが作ったビジネスプランを基に卒業研究をして、日本語でプレゼンテーションをしています。

取れたて野菜の出荷作業

取れたて野菜の出荷作業

   もちろん、弊社にもメリットはあります。現在、農園の日本人スタッフは高齢の両親も含めて7名。同じく7名の若いインドネシア人スタッフのほうが主力です。彼らが一人の大人として主体的に働いてくれるか否かは農園の経営を左右します。農業の現場はもともと人の入れ替えが多いので、素人でも短期間で最大限の成果を上げられるような合理的な仕組み作りも必要です。

   土曜日は定休日で、冬場は週休2日になり、残業は一年を通じてありません。インドネシアからの実習生には余暇を活用して日本のいろんなところを見て楽しんでほしいと思っています。

   実習生たちはインドネシアに帰った後は、それぞれのプランに沿ってビジネスを展開しています。農園たやも支援を惜しみません。私は年に1回はインドネシアを訪れて実習修了生の地域を巡回して相談に乗っています。修了生の中には若くして村の集落長を務めるまでに成長した人もいて、嬉しく感じているところです。

協力隊の失敗体験から学んだこと。
採用面接ではそれを語るべき

   弊社で日本人スタッフに最も重要なのは、外国人への拒否感を持たず、同じ人間としてリスペクトできる姿勢です。自分が海外でマイノリティになった経験があるOVの場合、この条件は難なくクリアする人が多い印象があります。

   国際協力と農業を同時に行うためには「パッション」と「ロジカルシンキング」も不可欠で、弊社の入社試験では作文を書いてもらうことでそこを見ています。ロジカルといってもキレイにすらすらと読める文章でなくて構いません。むしろ、いい意味での「いびつさ」があるような人に私は興味を持ちます。

   農園のナンバー2である農場長を務めている佐藤高央(ボリビア/野菜栽培/2009年度3次隊)にもそのいびつさがありました。彼は東京都出身のOVです。「国際協力はもうからないよ」と面接の時にくぎを刺したのですが、「収入面も気にはなるけれど、農業だけをやっている自分は想像ができない」ととつとつと語ってくれました。ならば一緒に苦労しようかと現在に至ります。

   私は技能実習制度と協力隊は似ていると感じています。どちらも期限つきで海外に派遣されることで、自分が立っている位置を客観的に知り、その上で自分の近い将来をじっくり考えることができます。

農園たやのスタッフとインドネシア人の技能実習生たち

農園たやのスタッフとインドネシア人の技能実習生たち

   自国の社会通念が通じない場所では今までの価値観が揺らぐ体験をします。既存の人間関係も一時的に断たれます。そんな時間で自分の考えが整理されていくのです。

   技能実習生も協力隊員も、本人の成長という観点からは主体性が何より重要です。失敗をしてもいいから、自分が「やりたい!」と思ったことをアクションにつなげてみましょう。もちろん、これからやりたい仕事についてインターネットで情報収集することもアクションの一つ。私はそれを「能動的な経験値」と呼んでいます。受け身でやったことは血肉にはならないからです。

   現役隊員の方には、考える時間を大切にすると同時に、成功だけでなく失敗体験も心に留めることをお薦めします。

   私自身、1997年にインドネシアのバル県に派遣された時は何をやってもうまくいきませんでした。県の制度に乗っかって水田の裏作用に農家に落花生を配布。しかし、芽が出ず彼らの労力が無駄になりました。生活のために見込んでいた収入を得ることができず、村人から責められ、ストレスで顔面がマヒした時期もあります。

   その失敗に懲りて、私はやり方を根本的に変えました。自己資金をデポジットしてでも参加したい人だけを募って、三つのグループに分けてエシャロットの栽培と販売をしたのです。現地の農業については私よりも彼らのほうが詳しいのでタネの選定や栽培はすべて自主性に任せて、私は預かったお金の管理とプロジェクト進行に徹しました。

   栽培には成功したのですが、インドネシアは1999年に通貨危機に陥り、IMFの方針で農業分野の自由化が進みました。フィリピン産の安いエシャロットが大量に流入して、価格が75分の1になってしまい、結果としてこのプロジェクトも失敗に終わってしまいました。しかし、今度は誰も私を責めませんでした。村人一人ひとりが与えられたことをただやるのではなく、自分事として取り組んでいたからです。

   人が気持ち良く動くためには何が必要なのか。その行動原理のようなものをつかんだ経験です。現役隊員の方々にも失敗から学んだことを大事にしてほしいと思います。それは採用面接でも有効なはずです。

   繰り返しになりますが、技能実習生と同じく、協力隊員も「主体性」を持つことが肝です。主体的になるためには目的意識を持つことが必要で、できれば出発前に「協力隊での経験を何に生かすのか」を具体的にイメージしておくべきなのです。今からでも遅くはありません。目的意識を持って明日からの活動に取り組んでみてください。

[田谷さんの協力隊後のキャリア]

1997年   海外協力隊に参加。「現地の方に『もう1年いてくれ』と頼まれて、1年延長しました。この1年では公務員女性グループと農家グループを引き合わせ、学校や病院での野菜の移動販売を実施。直販によって高い利益を上げましたが、野菜の振り売りは社会的な地位が低いため、私が帰国した後はやらないと農家の方に言われました。社会に目を向ける必要性を痛感しました」。

2003年   インドネシアのボゴール農科大学大学院に入学。「農業ではなく社会学を2年間かけて学びました」。

2007年   地元にて就農。農園たや設立。「父親とは方針が異なるので経営を分けて自分の農園を営むことにしました。大学院時代にインドネシアの農村部の開発に関わり続ける方法を考え続け、行き着いたのが技能実習制度の活用です」。

2012年   インドネシアとの交流活動や地域づくり活動が認められ、第8回JICA理事長賞を受賞。

現役隊員が今、すべきことは?

<サマサマ手帳>

外国人と関わる場を重視し、その場から生まれる双方の社会の創造に力を入れることを目指す農園たや。インドネシア人の技能実習生・研修生を受け入れる農業事業者が理解を深め、より良い受け入れ環境を作れるよう同社の取り組みを紹介するサイト。
https://www.sama-sama.jp/

※サマサマ(sama sama)はインドネシア語で「どういたしまして」という意味。

Text=大宮冬洋 写真提供=田谷 徹さん

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