失敗に学ぶ
~専門家に聞きました!   現地で役立つ人間関係のコツ

今月のテーマ:慣習をやめさせたい

今月のお悩み

▶お茶に参加せずに園児らと過ごしていたら、先生方に嫌われました(幼児教育/女性)

   着任して半年が過ぎました。地域の幼稚園を巡回指導しています。どの園でも、朝はまず先生方だけでお茶をする慣習があります。

   そのため、どの園も伺うと「朝食を食べていないならここで食べなさい」とか、「まずはお茶の時間よ」と私にも声をかけてくれます。ただその間、園児のいる部屋は大人が一人もいない状態になるので、事故が起きないかと気が気ではありません。

   ある園でお茶を丁寧に断って園児たちと過ごしたところ、先生方との関係性がうまくいかなくなってしまいました。

今月の教える人

坪川紅美さん
坪川紅美さん
マレーシア/幼稚園教諭/1988年度2次隊・大阪府出身、JICA海外協力隊技術顧問(幼児教育)

マレーシアにおけるJICAの技術協力プロジェクト「全人教育推進プロジェクト」幼児教育短期専門家。ピアジェ理論(※)を土台に、子どもの発達に視点をおいた保育実践の在り方について、国内・海外で現場の先生方と模索している。

※ピアジェ理論…スイスの心理学者、ジャン・ピアジェが提唱した認知発達の理論。乳幼児期から青年期までを四つの発達段階に分け、子どもが能動的な行動から認知を発達させていくことを説いた。

坪川先生からのアドバイス

▶郷に入れば郷に従え。
まずは信頼関係を築くことを優先させましょう。

   幼児教育職種の技術顧問として14年にわたり隊員を見ています。「朝、先生たちが園児をほったらかしにして別室でお茶の時間を楽しんでいて、そこに誘われる。園児たちを放っておけないので、どうしたらいいか」といった悩みは、歴代の隊員からよく聞きます。特にお茶の文化を大切にするイスラム圏に派遣された場合は、避けては通れない悩みかもしれません。

   イスラム圏では、お茶による親睦の機会は欠かせないもので、お茶に誘われることは、相手のおもてなしであり、善意の表れです。特に着任して半年くらいの時には、あなたが任地の文化や先生方のことがわからないのと同じように、先生方も日本人のあなたが考えていることがわかりません。だからこそ、お茶をしながら会話をしたり、言葉がわからなくても同じ時間を過ごしたりすることで、コミュニケーションを取ろうとしているのでしょう。

   もちろんそんなことくらいあなたもわかってはいるものの、「別室にいる園児たちに何かあったら」と心配になり、「自分が幼児と遊ぶ姿を見せることで先生たちに気づいてもらうしかない」と、お茶の時間を断ってしまったのだと思います。

   しかし、今あなたがいるのは日本ではありませんから、正解は「お茶に参加して他の先生と過ごすこと」しか選択肢はありません。お茶に参加した上で園児の安全が気になることを伝えてみるのはいかがでしょうか。

   幼児教育隊員が派遣される国や地域では、「幼児期の遊びを通じた学び」が認識されておらず、情操教育の必要性は浸透していません。園ではカリキュラムが組まれ、先生たちは復唱方式などで「教える」のが一般的で、園児と「遊ぶ」ことは仕事ではありません。保護者も「読み書き計算ができる」ことをわが子に望み、お金を払って園に通わせています。

   現場にいる隊員が相手国のカリキュラムを変えることはできない中で、「先生たちは教えるのではなく、子どもと向き合って遊ぶ。子どもが楽しんで遊ぶなかに学びが生まれる」という考え方に共感してくれる先生を一人でも見つけなければなりません。

   そのためには郷に入れば郷に従え。まずは相手の考え方を受け入れ、文化に溶け込んで信頼関係を築いていくことしかないと思います。

   よく聞く悩みがもう一つあり、「指導のために園児への体罰が日常的にある。言うことを聞かない園児をムチでたたくこともある。やめさせるにはどうしたらいいか」です。体罰は法律で禁止されているにもかかわらず、多くの国で聞きます。

「幼児をほったらかしてお茶」や「体罰」は良いことではありませんが、一方で、現地のやり方に疑問を感じるのは、まだあなたが日本の考え方を捨て切れていない、「日本人頭」のままだからという見方もできます。

   体罰は先生方が好んでしているわけではなく、100人近い子どもたちを先生1~2人で見ているような園もあり、収拾がつかないといった事情もあることでしょう。かつて「先生方がたたきたくなる環境に置かれていることも理解しなければいけないと思った」と話してくれた先輩隊員がいました。

   また、「生徒をムチで打っている時に、隊員が悲しそうな顔をするのを見て、少なくともその場に隊員がいる時には体罰が減った」という報告を受けたこともあります。根本的な解決になっていなくても、多少なりとも現地の先生が隊員のことを気遣ってくれた、それだけでも大きな変化だと思います。

   幼児教育職種に限らず、どの職種でも、傾向として「着任後の半年から1年の期間」に悩む隊員が多いように感じます。おそらく着任して半年以降くらいから「日本人頭」が解けていくプロセスが始まっていきますから、自分はちょうど空回りする時期と思って耐えましょう。

   お茶の時間、「今日はどんなお菓子があるの?」などと言いながら、先生の輪に積極的に入っていけるようになれば、前進した証拠です。先を急ぎ過ぎず、あなたの声に耳を傾けてくれる先生を一人でもつくっていけるとよいですね。

Text&Photo=ホシカワミナコ(本誌) ※質問は現役隊員やOVから聞いた活動中の悩み

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