派遣から始まる未来
進学、非営利団体入職や起業の道を選んだ先輩隊員

siimee代表・デザイナー

加藤菜穂(旧姓:梅谷)さん

第1回JICA海外協力隊 帰国隊員 社会還元表彰
アントレプレナーシップ賞

加藤菜穂(旧姓:梅谷)さん
ラオス/コミュニティ開発/2017年度3次隊・東京都出身

※写真右は夫の加藤友章さん。siimeeでは運営の補助を担当している



ラオスの布と縁を生かしたアパレルブランド

研修会を実施し、ラオスの手工芸品の品質やデザインの向上に力を入れた協力隊時代

研修会を実施し、ラオスの手工芸品の品質やデザインの向上に力を入れた協力隊時代

   多くの少数民族が暮らすラオスでは、部族ごとに異なる織りや柄、染色の技術が、人々の暮らしの中で受け継がれている。そんなラオスの布を使い、自由で、優しく、軽やかな洋服を展開しているのが、アパレルブランド「siimee(シーミー)」の代表兼デザイナーの加藤菜穂さんだ。

   大学時代からバックパッカーとして東南アジアの国々を訪れていたという加藤さん。2017年、「現地の人と顔を合わせて仕事がしたい」と、3年4カ月勤めたインフラ専門商社を退職し、協力隊への参加を決めた。

   配属先は、ラオス中部のボリカムサイ県にある産業商業局。加藤さんは県内にある竹細工、木製品、ラタン製品、織物などの生産者グループと関係性を構築しながら、日本人目線の商品開発や販路拡大を模索した。その過程で特に気になったのが、絣織りの生産者であるチャップさんだった。「彼女が織る絣織りがとても美しいのです。モノ作りへのモチベーションが高く、関わっていきたいと思える人でした」。

草木染めをした糸。左は生産者のチャップさん

草木染めをした糸。左は生産者のチャップさん

   チャップさんが織っていたのはラオスの伝統衣装であるシン(スカート)にするための布だったが、加藤さんはその布で日本人や外国人向けにポーチやコースター、シュシュなどの雑貨を作ることにした。毎年秋に開催されるラオス・ハンディクラフト・フェスティバルにも他の生産者の商品と共に出品した。「ところが、同じく参加していた他の県の隊員が関わった商品は売れるのに、私が関わった商品はほとんど売れないんです。他の県の商品は日本人好みの色柄でクオリティも高い。悔しくて、そこから奮起しました」。

   目をつけたのが、天然の草木染めだ。カリン、ウコン、ソリザヤなどの木の皮を煮出して糸を染めると、淡く、優しい色合いになり、外国人が興味を持ちやすい。安価な化学染料を使っていたチャップさんも、過去に草木染めの経験があり、「もう一度やってみたい」と言ってくれた。色落ちしやすいなどの品質の問題や縫製の質は、他県の生産者を訪問したり、専門知識を持った講師による研修を実施したりして改善していった。1年後に迎えた2度目のハンディクラフト・フェスティバルでは、加藤さんが関わったボリカムサイ県の商品は「すごく良くなった」と大好評で、売り上げも2倍以上に伸びた。同じ商品でも、デザインと品質を向上させ、付加価値をつければ売れることを実感した。

「旅するように、生きる服」をコンセプトに、手紡ぎ手織りの布から作られるsiimeeの服。オンラインショップのほか、展示会などで販売している

「旅するように、生きる服」をコンセプトに、手紡ぎ手織りの布から作られるsiimeeの服。オンラインショップのほか、展示会などで販売している

   生産者たちと商品開発を行う中で、加藤さんは自分でモノを作る楽しさにも目覚め、服作りに興味を持つようになった。

「大好きなラオスの布を、自分がデザインした形で日本に届けたい」。そう決意し、帰国後、昼は会社員として働き、夜は文化服装学院に3年間通い、服飾デザインの基礎を学んだ。そして21年3月、立ち上げたのが「siimee」だ。

「最初はつながりのあるラオスの生産者から仕入れた雑貨がメインで、ラオスの布を使って自分がデザインした服は数着というところから始めました」

   ブランドを設立してからは、ビジネスとして成立させる難しさも痛感した。「日本人向けに高いクオリティを求めているので、現地とのやりとりには気を使います。心がけているのは、〝こうしてください〟ではなく、〝こうしたらいいんじゃない?〟と相談し合える関係づくりです。販売価格も、原価率3割が最低ラインだと知りましたが、いかに付加価値を付けるか、いまだに悩ましいところです」と心境を語る。

ラオスのアトリエ。縫製手順書やサンプルを渡すだけでなく、縫製チームと相談しながら進めている

ラオスのアトリエ。縫製手順書やサンプルを渡すだけでなく、縫製チームと相談しながら進めている

   新型コロナウイルスの感染拡大や家庭の事情でチャップさんがラオスを離れるという不測の事態も起きた。それでも、協力隊時代に出会った生産者や講師、夫の友章さん(ラオス/コミュニティ開発/2018年度1次隊)が関わってきた生産者など、ラオスの人々とのつながりを糧に、可能性を模索した。23年からはラオスの縫製チームと提携。それに伴い、ブランドリニューアルも行った。

「協力隊時代も小さな挑戦をたくさんしながら、トライアンドエラーを繰り返してきましたが、今も同じです。迷いが生じたら方向性を整理し、トライ、修正の繰り返しです。今後は、旅をしているときの開放感や心躍る気持ちを感じてもらえるようなオリジナルデザインの洋服をメインにしていきます。ラオスの手仕事の素晴らしさと人とのつながりをかけ合わせ、世界に一つだけの価値を生み出すことが自分の仕事です」

加藤さんの歩み

1992年、東京都に生まれる。

2010年4月、立教大学異文化コミュニケーション学部入学。

大学2年の時にアメリカに短期留学し、その後、東南アジアを中心に一人旅をするように。インフラが整っていない現地の状況を肌で感じ、国際協力に興味を持つようになりました。

2014年4月〜17年8月、貿易商社にて東南アジア担当として貿易関連の仕事に従事。

社会人2年目の夏に、認定NPO法人very50の主催する社会人向けのプログラムに参加し、ネパールへ。現地の人たちと協力して何かをする楽しさを感じ、協力隊にも参加したいと思いました。2017年8月に商社を退社し、派遣前訓練に参加しました。

2018年1月、協力隊としてラオスへ。

ラオスの手仕事だけでなく、文化や人々の温かさにも魅了されました。

2021年3月〜、アパレル・雑貨ブランド「siimee」を立ち上げる。

日本で売るために、ラオスの標準以上の高いクオリティを要求しています。ラオスと日本、離れた場所から意思疎通する難しさも感じました。

2023年3月より、ラオスのアトリエにて現地縫製チームと生産を開始。

ラオス人の知り合いのツテで、ラオスのファッションデザイナーの縫製チームと一緒にアトリエを使わせていただけることになりました。ラオスにも素晴らしい技術や思いを持っている人たちがたくさんいるので、ゆくゆくはラオスと日本、二つの拠点から自由な発想でモノ作りができるプラットフォームが作れたらいいなと思います。

Text=秋山真由美 Photo=ホシカワミナコ(本誌 プロフィール写真) 写真提供=加藤菜穂さん

知られざるストーリー