[特集]デジタル技術が役立った!   ITを使った活動事例

手探りで基礎データを集めて
現行のハザードマップをブラッシュアップ

市川龍之介さん
市川龍之介さん
フィリピン/防災・災害対策/2018年度2次隊・東京都出身

大学卒業後、建設コンサルタント会社に入社。自分の知識をより広いフィールドで役立てたいという思いから協力隊への参加を決めた。コロナ禍での一斉帰国後は、任期満了まで北海道で農業に従事。現在は協力隊経験も生かし、東京のIT企業で働いている。


必要な基礎データが手に入らない

町役場の災害危機担当者たちとミーティング。ハザードマップの作成の進展状況について説明している

町役場の災害危機担当者たちとミーティング。ハザードマップの作成の進展状況について説明している

   市川龍之介さんがフィリピンのルソン島北部の町、ラ・トリニダードに赴任したのは2018年のこと。現地受入機関からの要請内容は、小学生への防災教育だったが、それ以前のデータ整備の必要性を感じたという。

「この地域は急峻な斜面の多い山岳地帯で、地滑りや洪水などの災害が発生していました。しかし既存のハザードマップでは広範囲が大雑把に危険ゾーンとして指定されていて、いざ災害が起きたらどこに避難すればよいかわからないような内容でした」

   そこで市川さんは配属先の同僚らと話し合い、より細かく危険な場所を特定し、避難場所の情報も追加したハザードマップを作成することにした。ところが、そこで直面したのが、必要な基礎データが手に入らないという問題だった。

「マップを作る上では建物のデータやDEMデータ(地形データ)などの基礎データが必要で、日本ならばネット上などで簡単に手に入るようなデータなのですが、フィリピンではなかなか手に入らず、役場でも保有していませんでした」

   特に地図のベースとなるDEMデータはどうしても必要で、JICAフィリピン事務所を通じて購入することを図った市川さん。だが、データの販売元がフィリピン国外の企業だったことから、事務所で直接購入することが規定上できなかった。結局は、フィリピンの商社を介して事務所が購入するという手順を踏むことになり、いつ手に入るかわからない状況になった。市川さんは、DEMデータが手に入らなかった時のことも考えて、別の方法でのデータ収集も始めた。

役所の入り口の右上に設置された、防災アプリの宣伝看板

役所の入り口の右上に設置された、防災アプリの宣伝看板

「役場が災害調査用のドローンを持っていたので、職員に飛ばしてもらって航空写真を撮りました。私自身、ドローンを使ったデータ収集は、この時が初めてでしたが、ネットで調べながら、ドローンが飛ぶ範囲を指定できる無料アプリなどを活用して、撮影したデータを素に3Dマップを作成していきました」

   結局、DEMデータは1年後に購入でき、ドローンによる詳細なデータで精度の高いデータが求められる地域の情報を補いつつ、新しいハザードマップを完成させた。そして、そのハザードマップを住民が自由に見られるように役場のウェブサイトを立ち上げて公開し、さらにそれらのデータも活用して、一般市民向けの防災アプリを開発した。

「デザインやプログラミングは私が担当しましたが、どんな機能が欲しいのか、何があると便利かといったことはCPらと相談しながら進めました」

   ハザードマップやアプリは配属先の人たちから、かなり好意的に受け止めてもらうことができた。特にアプリはフィリピン国内の自治体では初の施策でもあり、役場の入り口に大きな看板を掲げて紹介されている。

一斉帰国後にマニュアルを
作成して現地に共有

   アプリ開発後、市川さんは洪水が発生する場所をシミュレーションで解析した。それを素に改修工事の計画に取りかかろうとした矢先に新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、任期8カ月を残して帰国となった。

役所の人にドローンを飛ばしてもらい、建物のデータなどを集めた

役所の人にドローンを飛ばしてもらい、建物のデータなどを集めた

「中途半端に終わってしまい、このまま終わらせたくないという思いがあったので、任地で行ったすべての活動をマニュアルにして現地の同僚たちに送りました」。マニュアルには、各データの基礎情報をはじめ、ドローンでの地形撮影の手順、3Dマップを作る方法、洪水シミュレーションの仕方などをまとめてあり、総ページ数は115ページに上る。これがあれば配属先の人々はもちろん、後任の隊員も次の活動につなげやすくなるとの狙いだった。その後、コロナ禍を経てようやく任地に後任が派遣されることが決まった。

「防災アプリは現在も継続して運用されていますが、町の人口14万人に対してダウンロード数は数千ほど。まだまだ少ないので、今後は学校での防災教育とも合わせて家族などに普及させることで、防災に関する取り組みが広がっていくのではないかと思います」。

   協力隊活動でITを活用するメリットとして「費用対効果が高いこと」を挙げる市川さん。

「草の根活動でありながら広い範囲に影響を与えられますから、活動でどんどん活用していくといいと思います。私も、建設コンサル時代に地図ソフトは使っていたものの、プログラミングは大学時代に1コマ授業で取った程度。現地で必要に迫られて学びましたから、調べて答えにたどり着くエネルギーがあれば、誰でもできるはずです」

   任期終了後は東京のIT企業に就職した市川さん。入社したのは、隊員時代に1年かけて手に入れたDEMデータを作っている会社だった。市川さんにとって協力隊活動自体が、次のステップにつながる経験になったという。

避難所の確認から個人情報の登録まで、これ一つで備えられるアプリ


市川さんのプログラミングの学び方

市川さんの場合、まず自分の書きたいプログラミング言語をGoogleで調べるところから始めた。「アプリの場合ならJavaになるので、Java、入門と入力して検索。PDFを印刷し、冊子にして、読みながら勉強しました」。ひととおり読んだら、プログラミングの練習問題を解きながら学べるサイトでトレーニング。「基礎的な問題から複雑な問題まで、段階的に解けるので、自分のつまずいているところがわかるという利点がありました」。

Text=池田純子   写真提供=市川龍之介さん

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